戻ってきたのは、逃げないのは
空花 星潔-そらはな せいけつ-
ギア革命
「カクヨム」に戻ってきたのは、本当にただの偶然だった。
他サイトには無い能力の機能が追加されたのが魅力的だった事が大きいのは間違いない。
しかし、残念ながら強い力には強い代償をの理念で生きている
本当に何となく、何となく戻ってきただけの事だった。
たくさんの作家が少しづつ用意して生まれた、異世界ファンタジーの舞台のような広場のベンチに座り、星花はメニュー画面とにらめっこをしている。
「うぅ……ID変えれない……1回も使わなかったペンネームが……」
小学生の時、CMで見た小説を読みたかったから、という理由だけで登録した際につけたペンネームがアカウントに染み付いてしまっている。
ふぅっとため息をついて、星花は首を振った。
「まずは何しよっかな〜、公開作品もそんなに無いし……他サイトから作品持ってくるのもちょっと面倒だしなぁ」
父親のお下がりの、それでも同世代が持っている中では相当良い部類のVR装置を使っている星花。
現実世界とほとんど遜色ない感覚で動けるし、グラフィックは現実よりもかなり良い。
なので、少し体を伸ばして当たりを見渡せば、現実なら見えないくらいの距離まで見渡す事ができる。
「あっ! ヒーロー居る!!」
広場の奥の道を抜けて、次にある広場で、メカメカしい4人組が何かと戦っているのが見えた。
「すごい! オリジナルのヒーローショーかも!」
ひょんっ、とベンチから立ち上がった彼女は、ヒーローのいる場所へと走る。
ショーだと思ったのは、周りの人集りが穏やかに彼らを見守っていたからだった。
「俺達が居る限りお前たちの好きにはさせない! ハァッ!」
どうやらショーは終盤なようで、決めゼリフと共に派手なキックや銃撃、パンチに更なるキックで、敵が倒される。
現実のヒーローショーと違い、ヒーロー達が変身アイテムと思しきギアを胸から外すと、イケメン3人と美少女が姿を現した。
「みんな! 応援ありがとう!」
「お前らの応援が僕たちを強くする」
「革命ヒーローズ、今後もよろしくね!」
「今日は、本当にありがとう」
個性豊かな4人組が決めポーズとキメ顔でセリフを言い、頭を下げ、ショーは終了。
観客達は各々役者に声をかけ、じわじわとその場を後にした。
「えっ、1人で全部やってるんですか!?」
プロフィールを表示して、星花は驚きの声を上げる。
アカウント名「ギア 革命」
紹介文「革命ヒーロズの作者で役者。1人で4人+αのスーパー俳優作家。
角谷 アカ、筧 アオ、角野 モモ、角坂 クロ、そして悪の組織を1人で演じるヒーローショーを毎日開催しています。
場所は常に変わっているので、見かけたら是非見ていってくださいね!
SNSに公演予定投稿しています。」
個性豊かな4人組と敵役1人の計5人で作った共作だと思っていたのだが、能力を使って分裂している1人の作者だったのだ。
「おー、そうだよ。へぇ……君カクヨム初心者さんなのか」
ギアの姿が1つになり、さっきまでとは別のイケメンになる。
「あっはい、そうなんです」
「高校生かぁ……懐かしいな、俺がカクヨム始めたのもそのくらい。……ヒーロー好きなの?」
「はい! 大好きです! 革命ヒーローズでしたっけ、これ、返事後の見た目って、龍騎とクローズとツクヨミとクウガイメージしてますよね!」
「おっすごい! よく分かったね。この後時間ある? ナンパって名目で特撮トークしようよ」
現実ならナンパされても絶対に着いていくことは無いが、ここはバーチャルの世界だ。
特撮トークの魅力に負け、星花はギアについて行った。
——————————
それから数週間。
「革命ヒーローズ面白いです!」
「いつも応援ありがとうね」
すっかり、ギアの公演後に2人でカクヨムを周りながら話をするのが日課になっていた。
ヒーローショーの内容は毎回違っていて、小説の更新も毎日あって、毎回面白い。
ギアは公演準備、公演、撤収作業と星花との会話で少なくとも3時間ほど執筆できない時間があるはずで、どこからそんな時間を捻出しているのかが疑問だった。
ギアは現実世界では劇団員として活動しているらしく、出演費と講師としての給料、それからリワードで生活をしているのだそうだ。
ギアは、星花の憧れの的となっている。
飽きたら別のサイトに行こうと思っていた星花は、すっかり「カクヨム」に居着いていた。
「いつか絶対ヒーローモノ書くので、絶対絶対読んでくださいね!」
「もちろん、楽しみにしてるよ」
元々変身ヒーローが大好きな星花は、常に夕暮れ時の空が投影されている美しい場所で、ムードに押されて高らかに宣言する。
それを、ギアはいつもの穏やかで爽やかな態度で受け止めたのだった。
——————————
「星花ちゃん、闘技場のイベントの事知ってる?」
ある日曜日の朝、ギアは星花に問いかけた。
普段はギアのショーの時間が夕方からだから、2人は夕方以降会っているのだが、日曜日はニチアサを見終わったらすぐに集まって感想を言い合うのが恒例だ。
しかし今日は、感想よりも先にギアに問いかけられた。
「バトロワするんでしたっけ! 龍騎みたいでちょっとアツいですね〜って言ったら真司くんに怒られるかな」
星花は軽い雑談のつもりでいたが、ギアはそうじゃないらしい。
「俺、参加しようと思ってるんだ」
「えっすごい! かっこいい!」
「教えてた子が1人減っちゃってね、来月からまた新しい子が入るんだけど、生活費が苦しいから……10万リワードは魅力的でさ……」
「現実的な理由だった……あっでも、応援します!」
「ありがとう、ちょっと自信はないけど……頑張ってみるよ」
「ギアさんなら勝てますよ〜」
戦闘技能が無いどころか、場合によってはお荷物な星花は、応援くらいしかできないが、それでも全力で応援すると誓った。
——————————
そして迎えたイベントの当日。
そう、「カクヨム」の運命が大きく変わったあの日だ。
「うわぁ、塔のカード出た!」
「やっぱ俺来月までグッズ買うのやめた方がいいかな」
「安心してください! ボクの占いは外れるので!」
受け付け開始までの待ち時間を使ってタロット占いをする星花と、ドキドキしながら結果を聞いてきたギア。
緊張には慣れているギアも、バトロワは初めてで、少し固まっていたがあまりにも悲惨な占い結果に、むしろ緊張が解けたようだった。
イベントが開始する。
事前に協力を打ち合わせていた作家を中心に、持ち前の演技力と変身で相手を騙し、着実に倒すギア。
容赦の無いやり口に、本気で困っているんだろうなと星花は思った。
やがて騙せる相手が居なくなったギアは、漁夫の利を狙った戦い方を始める。
「容赦無いなぁ……」
今月はグッズが大量に出るから、10万リワードが欲しい気持ちはよく分かった。
しかし、ライダーの中にもそういう戦い方をする人が居るとはいえ、憧れの人の手段を選ばない姿を見ているのは辛く、星花は観戦席から空を見上げた。
「あれ……なんだろう、誰かの能力かなぁ……」
空にひび割れが有った。
そしてその亀裂から、何かが降ってきている。
何でも起こる闘技場だ。壮大な能力を使う人が居たっておかしくないだろう。
観客は初め、呑気に眺めていた。
しかし徐々に——
「なぁ、あれ、ヤバくないか?」
「えっあの人何してるの」
騒ぎ始める。
それでも観客席は様子見だった。
当たり前だろう。ちょっとした不具合だと考えるのが自然だ。
「えっ、ギアさん?」
星花がこれが不具合の類ではないと気付いたのは、残念ながら他の観客達も同じ様に気付き始めた頃で。
ギアが訳もなくショーの時のように分裂し、仲間割れしたように戦い始めたのを見て、やっと異常さに気付いたのだった。
「え……あ……ぁ……えっと……」
逃げる必要が有る。
そう理解して、咄嗟に能力を使って闘技場から逃げ出せたのは、彼女がとてつもなく身の危険に対して臆病だったからだ。
逃げた先はギアに初めてであった広場だった。
そこでも作品に襲われかけた星花は、ろくな戦闘技能も無く、貧血も酷かったため、路地裏に逃げ込んだ。
「もうやだ……なにこれ……」
震える手でログアウトをして、VR装置を外し、ベッドに飛び込む。
そのまま眠ってしまった星花が次に目を覚ました時、カクヨムのアカウントは全てログアウトさせられていた。
ずっと貧血が残っているように気持ち悪くて、このまま「カクヨム」からアウトする事を考えた星花は、最後の挨拶をするためにギアのSNSを開く。
「カクヨム」に戻ってきたのは偶然だったのだ。
こだわる必要は無い。
「嘘……」
ギアのSNSは、イベントに参加したその日で止まっていた。
正確には、ギアの更新はそこで止まっていた。
ギアの母親の投稿。ギアはカクヨムでの騒動により、脳に重大なダメージを負い、入院しているらしい。
死んでいなくて良かった。そんな安堵と……大きな不安。
「カクヨム」はいずれは修復、いずれは救出と言っているが、それがいつになるかは分からない。
——星花は、「カクヨム」に残る事にした。
自分がエディターをどうこうできるだなんて全く思わなかったが、何もしない事はできなかった。
それに、何よりも大事な事が有る。
ギアが、普段SNSではヒーローショーについてしか発言をしないギアが、一つだけ無関係な事を言っていたのだ。
「最近仲良くしてる子がヒーロー小説を書くらしい。楽しみだな」
もし、上手にヒーロー小説を書く事が出来たなら、ギアは戻ってくるかもしれない。
ただ、それだけを願って。
戻ってきたのは、逃げないのは 空花 星潔-そらはな せいけつ- @soutomesizuku
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