國井コウタ
県の剣道連盟副会長の家で、一人の男が吠えていた。
「
肌は浅黒くて、スダレハゲのオッサン。
剣道連盟の理事を務めていたが、セクハラが問題になり、追放を食らった男である。
見た目からして、いかにも女好きな雰囲気の男は、名を『
わざわざ、自分の住む田舎町から、地方都市まで二時間かけて車で来たのは、無視できない事情があったからである。
「今までは男女別で大会してたろ! 混合戦なんて、正気の沙汰じゃねえぞ! 腕力も体格も違うのに、強さを競い合う競技で、あんた、……圧倒的に女が不利なのは当たり前じゃねえか!」
國井は確かに女好きで、世間からすれば最低で、女の敵と言われても差し支えない男である。
しかし、女を蔑み、下に見ているかと言えば、全く違った。
彼は彼で、本気で剣の道を歩む男女を応援しているし、若者の事を考えている。
「國井。こればかりは仕方ないんだ」
「何が仕方ないんだ!」
二人のいる和室には、怒号が響く。
テーブルを挟んで向かいに座る國井に、志波はため息を吐いた。
「今じゃ、野郎が何かすりゃ、差別だの、何だのと騒がれる。今回の件だって、そうした時代の移り変わりを受けてのこと」
去年とは違い、剣道の規則は大幅に改変されたのだ。
国の法律が変わり、世間の声が変わり、参加する剣士達が変われば、大会の趣旨が変わっていくのは当たり前の事。
これが良い意味で変わっていくのであれば、目を瞑るしかない事もたくさんある。
しかし、混合試合は違う。
「今の時代、ただでさえ勝ち負けの意味すら知らねえ偽物ばかりじゃねえか。そこで、負けの意識植え付けられてみろ。女ばかりが、心死んでいくじゃねえか! ええっ!?」
志波が俯くと、蓄えた顎肉が盛り上がった。
腕を組んで難しい顔をしているが、國井は止まらなかった。
追放された身で、恥知らずなのは百も承知。
だけど、大人として見過ごせない事情なら動く。
こういった性格のオッサンなのだ。
「そっから、何だ? 男が悪いって始まるのか? 心技体の心はどこいったんだよ! 馬鹿しか生まれねえじゃねえか!」
「國井!」
大きな声を上げ、志波は相手の怒りを制する。
連盟の面々だって、思う事は多々ある。が、世間の風潮に逆らえないのが、実態だ。
「分かってると思うが、お前は追放された身だぞ。弁えろ」
「確かによぉ。オレはどうしようもない奴だよ。そんな俺でも、アンタだって思う所があったから、話くらい聞こうって門を開けてくれたんじゃないのか!」
志波は眉間に皺を寄せ、難しい顔で溜め込んだ息を鼻から吐き出した。
「……時代なんだよ。國井。分かってくれ」
それ以上は何も言えず、國井は膝の上で拳を握り締めた。
皮膚と皮膚の擦れ合う音が鳴り、國井は何も言わずに立ち上がった。
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