第56話 思わぬ記念日

「おい、いつまで腕引っ張んだよ!?」


 それを聞いてふと立ち止まった。

 確かにいつまでもズカズカ歩いても仕方がない。

 だが、このまま放置するわけにも……。


 どこか監視が出来て周囲に違和感を与えない場所は無いか?

 ……あ、あそこはどうだ?


 前方に見えるのは最近オープンしたと噂になっていたカフェだ。あそこなら……。


「こっちだ、ついて来い!」


「え、行きたくない俺」


「つべこべ言わずに来るんだ!」


 文句を許さず、さっさと店内へ連れ込んだ。


 店内はまだ午前中だというのに人がそれなりにいて、流石は最近オープンしたばかりだなと妙な関心をしてしまった。


「いらっしゃいませ~、空いているテーブルへと案内させていただきます~」


「!?」


「ああ、たの「お嬢さん。いやぁまさかこのような所でお嬢さん程のお美しい女性と会えるなどと、いやはやこのカフェの店長の審美眼は疑いようもなく本物のようだ。どうです? 仕事終わりにでも僕と夜景の映えるデパートのレストランにでも行ってそこで今後の二人の人生など」引っ込んでろ不審者が!!」


 先程まで嫌な顔しかしていなかったクセに、女の私から見ても美人と言える女性を見た途端にこれだ。

 この男、何も変わっていない! 全くあの頃のままだ。


 なんなんだ! 少しばかり……ある程度……そこそこは! 私よりウェイトレスの胸が大きいからといってこの態度の差はっ!


「はぁ、あの、案内をさせていただいても?」


「えぇお願いします。ご安心を、この男は黙らせますので」


「んん!? んごぉ!!?」


 頭を私の脇で挟み込み、その口を塞ぐ。抗議の声が聞こえるような気もするが言葉になっていないので無視していいだろう。


 私達は無事、テーブルへと案内された。


「ご注文が決まったらベルでお呼びくださいませ~」


 そう言うとウェイトレスは去っていった。


「何すんだお前よぉ! 人のせっかくのナンパチャンスを邪魔しやがって!!」


「貴様はバカか! あんなもの成功するはずがないだろうが! 何がナンパチャンスだ! ただの迷惑行為ではないか!!」


「多少強引なぐらいで行かないと、ものにはできねえだろ? ほら、女って生き物は基本的にシャイなもんだから」


「ほざけ。そんな考えを捨てない限り貴様に恋人などありえないと思うんだな」


「ああ? 彼氏の一人も作った事のない女に説教なんかされたくねぇな」


「わ、私は修行中の身なのだ! 恋愛事など二の次、最悪このまま独身でも……」


「お前さ、そんな傲慢な事言えるのも若いうちだけだぜ?」


 うっ!? いやいや、そんなことはどうでもいいのだ!

 それよりも、カフェに入ったのだから何か注文をしなければ。

 メニューを……。


「あっ」


「なんだよ? 仕方ねぇな、俺は心が広いから先に譲ってやるよ。ほら」


 メニューを見ようとしたら同時に指先が触れてしまった……。

 目の前に奴がメニューを突き出してきたのだが、一瞬反応が遅れる。


「見ないの? じゃあ俺が適当に注文してやろう」


「ま、待て!? 見ないとは言っていないだろう」


 メニュー表を強引に奪い取り、目を落とす。

 何を意識しているのだ私は! いかんいかん落ち着け。

 目の前の男に悟られないようにメニュー表で自分の顔を隠す。


「うん?」


 私を怪しまれるかもしれんが仕方がない。

 そんなことよりもメニューだ。何々……。

 やたらと甘いものが多いな、どれもこれもスイーツばかりだ。


 はっ! しまった!? そういえばここはスイーツカフェでは無かったか!?


 とっさに店内を見回すと、他の客は女性……というより男連れが多いような。

 女性ばかりならともかく、一体どういうことだ?


「あっ。おいおい」


「何だ? 私は今考え事を……」


「あれ見ろよ、今日は男女で入ると全メニューが五パーセント引きだってよ」


「え?」


 慌てて店内の張り紙を見ると、確かに今日はそういう日だと書いてある。


 今日はカップルデーだったのか!? 何という事だ……!


「いやぁラッキーだぜ。とっとメニュー回してくれよ」


 何故こんなにものん気なんだこの男は!?

 こ、これでは焦ってる私が間抜けみたいではないか!


 い、いやまて、落ち着くんだ。そうだ、落ち着いて冷静になるんだ。

 よく考えてみよう。別に私達が付き合っているわけではない。ただ単に偶然居合わせただけに過ぎない。偶々久しぶりにあって、広場で待ち合わせをしていた関係に過ぎないのだ!


 こういう時はいつも通り振る舞えばいい。何も問題はないはずだ。

 大丈夫、何もおかしなことはない。

 

 再びメニューを見る。

 そうだな、甘い物しか無いのであれば、別段それを注文しても不思議では無いわけだし、仕方ないから甘い物を選んでやろうじゃないか。


「この、フレンチカステラにでもしようか。それに、冷たいもの……このストロベリーパフェ。それにこのホットチョコレートドリンクと、ベイクドチーズケーキに」


「…………まだ頼むのかよ」


「何か言ったか?」


「別になんもねぇよ。わかった、もう好きにしろって。…………これで隠してるつもりかよ」


 出来るだけ数を絞って、決して甘い物好きだと思われないように吟味する。これは中々に難しくて頭を使うな。


 それから三つ程選んでメニュー表を渡した。


 何故、げんなりした顔をされたのか?

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