第34話 逃げたい男

 そんなこんなで欲しいものを買い揃えたホクホク顔のラゼク。それに付き合わされて服まで着替えさせられた俺は、フードコートまで来ていた。


 両手に荷物を抱えながら思う事。

 しかし、まさか母ちゃん以外の女に自分のパンツまで買え与えられるとは、さすがに初めての経験だぜ。


 なんだろう……、なんだろうな?



 昼も近く、フードコートにある店はどこも人だかりが出来始めていた。こりゃ早く決めんと待たされるな。


「で、どこ入るんだよ?」


「そうねぇ、やっぱりレストラ……ん?」


 レストランの入り口を覗き込んだラゼクが急に立ち止まる。

 一体何があるのか? 俺も同じように覗き込もうとした、のだが。


 ピキっ。


「ぐぉッ!?」


 顔の向きを強引に変更され、首にダメージが入る。

 い、今ピキって。ピキっていったもん首!?


「や、やっぱり他をあたりましょ? ほら行くわよ」


 強引に俺の腕を掴んで引っ張って行くラゼク。


「ちょ、落とすって!?」


 落としそうになる荷物のバランスを奇跡的に取りながら、レストランをチラッと見る。

 わずかな瞬間だったが、一つ分かったのはカウンターの女性の顔が綺麗だった事。だが残念なのは、肝心の胸まで確認できなかったことだ。


 俺はラゼクのされるがまま、他の店を目指す羽目になるのだった。


 痛い……首が……、がっくり。




 でもって着いた着いたよバーガーショップ。

 この受付のお姉さん。顔は好みだが、肝心の胸がラゼク並みじゃねぇか。


「ご注文は何になさいますか?」


 スマイルで問いかけるお姉さん。それは本心なのか営業なのか? 微妙に知りたいところじゃあるが。


「ダブルチーズバーガーを一つとフレッシュサラダにポテトのMサイズをそれぞれ二つずつ、それとバニラシェイクを。アンタは?」


「俺は……、そうだな。照り焼きエッグバーガーとコーラとポテ」


「ポテトは二つ頼んでるでしょ? じゃあ以上でお願いします」


「かしこまりました。では、出来上がり次第お持ちいたしますので、こちらの番号札を持って指定のテーブルへどうぞ」


 注文を終えて、店員さんに言われた通りに番号が書かれた小さなプレートを手にして席を探す。同じ番号の書かれたテーブルは、っと。


「あったあった。しっかしお前。さっきはポテト一人で食べるのかと思ったぜ」


「そんなわけないでしょ? どうして一人で二つも食べなきゃならないのよ。アンタの分だって気づきなさい」


 そんな会話をしながら向かい合わせに座る俺達二人。

 店内はまだまばらと言っていいぐらいには人が少ない。どうせそのうち一杯になるんだろうが。


「……ねぇ隣のテーブルの人、もの凄い美人じゃない? 正直羨ましいわね」


「え、美人?! どれどれ……」


 ラゼクが女の事であれこれ言うとは珍しいが、美人と聞いちゃ黙っていられねぇ。

 即座にそのお姿をのぞき込むことにした。


 テーブルに置いたハンバーガーに手を付けず、何かを憂いているかのような印象を与える儚げな雰囲気。


 その髪は深緑に煌めく美しさがあり背中まで届いていた。また、高身長なのだろう座っていてもその背丈が高い事がわかり、その手足もスラっとして長い。


 肝心の胸は……、ああ。うん、ラゼクと同じくらいか。Aカップだろう。

 もしかしたらラゼクよりは大きいかもだが。

 まあどっちもどっこいだな。


 でもなんか覚えのある体つきなような、顔は………………!?!?!?


「な、なあラゼクさ。ちょっとテーブル移動しない?」


「いやここ指定席だし、無理でしょ? 大体どうしたわけ?」


「いや、その。……べ、別にどうもしないんだけどさ。じゃ、じゃあ俺ちょっとトイレに……」


 恐る恐る、隣の女に気付かれないように席を離れようとした、その時。


「八番テーブルのお客様、ご注文の品をお届けに参りました!」


 間の悪い事にバーガーが来ちまったぜ。おぅ……。


「あ、はーい。ありがとうございます。……ほらトイレなら食べてから行きなさいよ、エル」


「ばっ!? な、名前を呼ぶんじゃ」


「………………エル?」


 ラゼクが何のけなしに発した俺の名前。それに気づいた隣の女が、ゆっくりと俺達のテーブルの方へ顔を向けた。


 その顔……鋭く長めの耳、泣き黒子、垂れ気味の目。


「エルちゃん、なの?」


「………………あぁん」


 結局こうなっちゃうのねぇ。……えぇぇ。

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