大賢者さんは失業しました
九條葉月
第1話 前世の私
――前世の私は、コミュ症だった。
人と話すのが苦手で、人と一緒に仕事をするのが苦痛だった。
早々に会社員としての道を諦めた私は、なんとかコピーライターの職について、日々を食いつなげる程度のお金を稼げるようになった。
そんな生活も、AIの登場で終わりを迎えてしまったけれど。
注文すればすぐに文章を作成し、どんなに長時間働かせても文句を言わず、しかも必要なのは電気代くらいとなれば……。人間程度が太刀打ちできるはずがなかったのだ。
編集者と良好な関係を築けていれば、それでも何か仕事を回してもらえたかもしれないけれど……コミュ症である私には、どだい無理な話だった。
仕事を失った私は今日の食べ物にも困窮する有様で。貯金なんていうものももちろんなく。家賃も払えず、電気は止められ、暖房すら使うことができなくなった。
後悔ばかりが押し寄せる。
子供の頃、もっと真面目に勉強していれば。
高校の頃、もっと友達を作り、コミュ力を鍛えていれば。
自分は物書きになるんだという夢なんて見ず、新卒で就職できてさえいれば。
後悔しても時は戻らないし、就職できるわけでもないし、ご飯が降ってくるわけでもない。
私ができることは文筆業という道に見切りを付けて、アルバイトでも何でもしてとりあえずの糊口をしのぐことだけだった。
でも、世の中そんなに甘くない。
私程度の能力がある人間はたくさんいたし、私より優秀な人間はさらに多かった。たとえ私と同程度の能力でも、会社としてはもっと若い人間を雇いたいみたいであり。
働かなければならなかったけれど、私は、どこにも求められなかった。
生活保護でも受ければ良かったのだろうけれど、少しばかりの安いプライドが、そんな道を許せなかった。
電気を止められて真っ暗な部屋。親友にも見捨てられ、食べ物すら買えなくなった私は薄れ行く意識の中でずっと後悔していた。
もっと勉強していれば。
使える資格を取っていれば。
いざというときに助けてくれる、本当の友人を作っていれば。
――あぁ、神様。
私はどうやら失敗してしまったみたいです。
どうか。
どうか、もしも次の人生を与えてくださるのなら。
約束します。
いっぱい勉強して、いっぱい資格を取って、本当の友達をたくさん作ります。立派な職業について、お母さんに誇れるような人間になります。
だから。
どうか。
お願いです。私に、もう一度チャンスを――
都合良く神様にすがりながら、私の意識は薄れていき……。
たぶん、私は死んでしまったのだろう。
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