ブラコン妹とシスコン兄ちゃんと甘ったるくて苦ったらしい液体(前編)


  *


「あ、お兄ちゃん……お帰りなさい! ごはんにする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」


 家に帰ると、エプロン姿の妹が出迎えてくれた。


 なんだ、このベタな展開は……。


「いや、普通に食うよ」


「えっ、なにを」


「ごはん」


「えー、そこは『じゃあ、おまえで』って言うところだよ!」


「言わねえよ。っていうか、なんだよ、その口調は……」


「お、お兄ちゃんを誘惑してるんだよ! 言わせないでよ、恥ずかしい!」


「なんで、おまえが恥ずかしがってんだよ……」


 本当に、なにやってるんだ、こいつは……。


「それで、おまえは、なにやってたんだ?」


「え、えっとね、ちょっと晩ごはんを作ってみたの」


「へぇ、それは楽しみだな」


「うん、楽しみにしててね!」


 そして、妹は台所へと戻っていった。


 俺も、自分の部屋に戻り、制服から部屋着に着替える。


 さて、そろそろ夕食の時間だ。


 どんな料理が出てくるのか、少し楽しみだな。


  *


 それから数分後、食卓には俺の好物ばかりが並ぶという奇跡が起こった。


 唐揚げ、エビフライ、ハンバーグ、その他諸々。


 しかも、どれもこれも絶品だった。


 これはもう、完全に嫁だな。


「ごちそうさまでした」


「はい、お粗末様でした」


 妹の作った料理を完食した俺は、後片付けをする妹の姿をぼーっと眺めていた。


 なんか、いいなこういうの。


 家族って感じがして。


 そういえば、こいつもいつかは結婚するのかな。


 きっと、俺よりもいい男を見つけて、そいつと結婚するんだろうな。


 そう考えると、なんだか寂しくなってきた。


 俺がシスコンだからだろうか。


 それとも、こいつがかわいいからだろうか。


 たぶん、どっちもだろうな。


「どうしたの? お兄ちゃん、そんなにわたしのこと見て」


「ん、ああ、なんでもないよ」


「そ、そう?」


 いかんいかん、つい見すぎたか。


 あまりじろじろ見るのもよくないな。


 嫌われてしまうかもしれない。


 気をつけよう。


「なあ、ひとつ聞いていいか?」


「なに?」


「もし、もしもだぞ? おまえに好きな人ができたとしたらどうする?」


「うーん、そうだなー」


 そう言うと、しばらく妹は考え込んだ。


「とりあえず、その人のことをもっと知りたいかな」


「ほう、例えば?」


「趣味とか特技とか、好きな食べ物とか、あとは、どこが好きなのかも気になるなー」


 なるほど、確かに相手のことをよく知らないと好きにはなれないよな。


 でも、それだとただのストーカーみたいになるぞ……。


「あとは、デートしたり、一緒にごはん食べたりしたいかな」


「ふむふむ」


「あ、あとね、キスとかもしてみたいなーなんて……」


 そう言って、妹は顔を赤くする。


 まあ、年頃の女の子だもんな。


 そういうのに興味あるよね。


 というか、今の会話の流れでなぜ顔を赤らめる必要があるのだろう。


 まさかとは思うが、俺に恋してるなんてことないよな……?いや、さすがにそれはないか。


 だって、兄妹だし。


 ありえないだろ。


「ねえ、お兄ちゃん」


「なんだ?」


「わたしがもし、誰かと付き合ったらどう思う?」


「そりゃもちろん、応援するよ」


「……それだけ?」


「それ以外になにかあるのか?」


「いや、ないならいいんだけどさ……」


 なぜか、妹は少しがっかりしているように見えた。


 なんでだろう。


 俺にはわからない。


「じゃあ、今度はわたしの番ね!」


「おう、なんでも聞いてくれ」


「あのね、お兄ちゃんは、わたしのどこが好き?」


「え、えーっと、全部……?」


「なんで疑問形なの!? そこは即答するところでしょ!?」


 そう言われても、特に思いつかなかったのだから仕方ないじゃないか。


 しかし、改めて聞かれると困る質問だな。


 強いて言うなら……。


「やっぱり、優しいところかな」


「えっ、それってどういう……」


「そのままの意味だよ。おまえはいつも笑顔で接してくれるからな。そういうところが、俺は好きだよ」


「そ、そうなんだ……えへへ」


 妹は照れくさそうに笑った。


 やはり、笑顔というのはいいものだな。


 見ていてこっちも幸せな気分になる。


「じゃあ、お兄ちゃんはわたしと付き合えたら嬉しい?」


「そりゃあ、嬉しいに決まってるだろ」


「ほ、ほんと?」


「当たり前じゃないか」


「そっか、よかったぁ」


 なにがよかったんだろう。


 まあいいや。


 それにしても、さっきの話のせいで、なんか意識してしまうな。


 俺と妹が付き合う……か。


 いやいや、ありえないだろ。


 だって俺たちは兄妹なんだから。


 そんなの絶対ダメだ!


 でも、仮に付き合ったとしたらどうなるんだろうか。


 毎日一緒に登校して、放課後も一緒に遊んで、休みの日には、ふたりで買い物に行ったり、映画を見に行ったりするのだろうか。


 あ、やばい想像しただけで鼻血が出そうだ。


 落ち着け俺、まだ付き合ってすらいないんだぞ? 早まるんじゃない。


「ねえ、お兄ちゃん」


「どうした?」


「わたしのこと好き?」


「す、好きだぞ」


「どれくらい?」


「どのくらいって……世界一かな」


「そ、そうなんだ……」


 そう言うと、妹は顔を赤くして俯いた。


 そして、小さな声で呟く。


「わ、わたしも大好きだもん……!」


 それはあまりにも小さな声だったため、俺には聞こえなかった。


「ん? 今なんて言ったんだ?」


「な、なんでもないよ!」


 どうやら教えてもらえないらしい。


 残念だ。


 まあ、いいか。


 いつか教えてくれるかもしれないしな。


 気長に待つとしよう。


 それからしばらくして、夕食の後片付けが終わった。


 俺はソファーに座り、テレビをつける。


 すると、ちょうどニュース番組がやっていたので、なんとなくそれを見ることにした。


『続いてのニュースです』


 ニュースキャスターが原稿を読み上げる。


 俺は、その声を聞いていた。


 そのときだった。


 突然、俺の視界が歪む。


 あれ、おかしいな……。


 体が動かない……。


 それに、なんだか眠い……。


 ああ、そうか……これはきっと夢だ……。


 それなら納得できる。


 急に眠くなるのも、意識が遠のくのも、きっと夢だからだ……。


 そう結論付けたところで、俺の意識は途絶えた。


  *


「……きて……起きて……」


 誰かが俺を呼んでいる声が聞こえる。


 ああ、もう朝なのか……起きなければ……。


 そう思い、目を開けるがなにも見えない。


 真っ暗だ。


 まるで目隠しをされているみたいに。


 そこで、ようやく気づく。


 これは夢なんかじゃないと。


 なぜなら、体を動かすことができないからだ。


 手足はもちろんのこと、口すらも動かせない。


 声も出せないようだ。


 そんな俺の耳に再び声が聞こえてくる。


 その声は聞き覚えのあるものだった。


 それもそうだろう。


 この声は妹のものだ。


 つまり、俺は今、妹に膝枕をしてもらっているということになる。


 こんなシチュエーションは初めてだ。


 いったい、どうしてこうなったのか。


 確か昨日は……だめだ思い出せない。


 頭がボーッとしてうまく働かないのだ。


 とりあえず、今はこの状況を受け入れよう。


 うん、それがいい。


 そうしよう。


 そんなことを考えていると、妹が話しかけてきた。


「おはよう、お兄ちゃん」


「お……あ……」


(おはよ……う)


「ふふっ、なに言ってるかわかんないよ」


 妹はそう言って微笑んだ。


 相変わらず、かわいいなぁ、こいつめ。


 おっといかんいかん、危うく妹に見惚れてしまうところだったぜ。


 危ない危ない。


 だが、妹はそんなことはお構いなしといった様子で話しかけてくる。


「ねえ、お兄ちゃん」


「あ……」


(なんだ……?)


「わたしたち、ずっと一緒だよね?」


「…………」


(あ、ああ……そうだな)


「そうだよね」


 妹は満足そうにそう言った。


 なんだろう、少し様子がおかしい気がする。


 いや、いつものことか。


 こいつはいつもこんな感じだったな。


 まあ、別に気にすることもないか。


 それより今の状況を確認しよう。


 まず、ここは俺の部屋じゃない。


 おそらく妹の部屋だろう。


 その証拠に、部屋にあるもののほとんどが女の子っぽい物ばかりだし、ぬいぐるみがたくさん置いてある。


 あとはそうだな……本棚に少女漫画が多いことくらいだろうか。


 特に変わった様子はない。


 強いて言うなら、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいるくらいだ。


 しかし、問題はそこではなく、俺がなぜこんな状況になっているのかということだ。


 まあ、十中八九昨日のことだろうなとは思うのだが、いまいち記憶が曖昧でよくわからないのだ。


 うーん、困ったな……。


 よし、こういう時は素直に聞くのが一番だな。


 というわけで早速、聞いてみることにした。

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