回帰した悪役令嬢、悪になる〜真紅の薔薇よ、咲き誇れ〜

犬型大

第一章

始まりの慟哭1

 城の地下にある牢獄。

 一部の特殊な犯罪者が投獄される、この国の中でもトップクラスに監視の厳しい場所である。


 危険性はないからと厳重な拘束までされなかったが薄暗い牢獄の中で暗い目をして座り込む女性がいた。


 どうしてこうなったのかを考える。

 記憶がある限り遡っていき思い出せる限りの全てを思い出してみるけれどこんな終わりにたどり着く理由もわからない。


「アリア」


 自分の名前が呼ばれるのが聞こえた。

 いつ以来だろうこんなに優しく自分の名前を呼んでもらったのはと考える。


 顔を上げると男が1人立っていた。

 黒い軍服に身を包んだ眉目秀麗な男性。


 光も入り込まないようなウツロな瞳に見上げられて男は悲しそうな表情を浮かべる。


「今からでも……罪を認めて心から反省をすれば情状酌量の余地はある。


 僕が責任持ってみんなを説得するから……」


「嫌に決まっていますわ」


 抑揚もない声。

 アリアの目はただひたすらに虚空を映すように男を見つめている。


「どうして……」


「どうして?


 そんなの決まっていますわ。


 やってもないことでどうして私が罪を認めなければいけないのですか!」


 ウツロだったアリアの目から涙が流れ出す。


「私は何もしていませんわ!


 なのにどうして罪を認めてしたくもない反省をして……その先にあるのは一生監視されて結婚も自由もない生活……


 そんなもの死んだのと変わりない……いっそ死んだほうがマシですわ!」


「兄さんもどうしてアリアのことを」


「いいんです。


 あの人は私のことなんて愛していなかったのですわ。


 私はただ体裁のためだけに結婚したお飾りでしたの」


「そんな。


 アリアは……アリアはもっと幸せになるべき……だったのに」


「ふふっ、ありがとう、ノラ。


 こんなところでそんな言葉をかけてくださるのはあなただけですわ」


「アリア、本当に……」


「もういいんですわ」


「アリア……」


「もう、疲れたんですわ……何もかも…………


 努力したことも足掻いたこともあったけど全部無駄だった。


 だからもう楽にさせてくださいまし……」

 

 年を取って孫なんかに看取られながら穏やかに死んでいく。

 大切に思ってくれていた家族が最後には想って泣いてくれる、そんな終わり方であればいいと思っていた。


 小さな古ぼけた教会でも時間さえ有れば毎日祈った。

 それなのに。


 それなのに顔の小じわを気にする年にすらなれずに人生が終わることに決まった。


「……分かった。


 ただ覚えておいてくれ。

 俺は、君があんなことをしたのではないと今でも思っている」


「その言葉がどれほど私を救うか分かりませんわ」


「自分に力がないことをこんなに恨めしく思ったことはないよ……」


「ふふっ、もし仮に次やもう一度があるならあなたが王になってください」


 挨拶したい人には挨拶できた。

 思い残すことはある。


 後悔も沢山ある。

 やりたかったこともあるしこんな覚悟なんてしたくない。


「う……うぅ……」


 涙が溢れてくる。

 ただ手が拘束されているので涙を拭うことすら叶わない。


「あら、お邪魔だったかしら?」


「あなたは……エリシア……」


 エリシア・グランドヴェールはアリアの元夫である第二王子の今の婚約者。

 アリアはエリシアをいじめたとされて最後には夫を取られて離縁させられた。


 あまり顔を合わせたくない人であって向こうにとっても同じはずだと思っている。

 ただしアリアがエリシアをいじめた事実などない。


 エリシアの後ろには深くフードを被った人がいる。

 お嬢様であるエリシアが付けている護衛にしてはなんだか不気味な出立ちだ。


「一体何をしにいらして?」


「ただ少し顔を見ておこうと」


「随分と趣味が悪くていらっしゃいますね」


「あらあら、気分を害されて?」


「このようなところにいて良い気分になれるお方がいらしたらご紹介いただきたいですわ」


「ふふ、私は気分がよろしくてよ?」


「……どうしてですか?」


 冷たくアリアを見下すような目をしているエリシア。

 口元は口角が上がっているけど気分良く笑っているというよりも嘲笑されているような気分にアリアはなった。


「あなたには感謝していますの」


「感謝……?」


 何を感謝しているのか。

 大きな誤解だとは言えいじめた側といじめられた側。


 いじめてはいないが何か感謝されることをした覚えもない。


「あなたという存在のおかげで計画がスムーズに進みましたわ」


「計画……」


「そうですわ。


 王族を取り込み、ケルフィリア教がこの国を牛耳るための大いなる計画です」


「なっ……!」


 アリアは言葉を失った。

 ケルフィリア教とはこの国で異端とされ禁じられている宗教である。


 魔神と呼ばれる神様を崇拝していて過激で冷徹、過去に大きな事件を起こしたこともあって国をあげて禁忌の宗教として一掃されたもの。


「この国は新しく生まれ変わるの。


 平和ボケして貴族というだけで権力を振りかざすクズどもが淘汰され、本当に力のあるものが上に立つ理想の国になるのです」


「エリシア、あなた本気でそれをおっしゃっているのですか!」


 ケルフィリア教は異端者と呼ばれ、この国においては逮捕の対象にもなる。

 他の人が聞いたらすぐにでも警備兵を呼ばれることだろう。

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