第25話、カトリーヌ・カトレンヌは姉を想う①


 昔、母親から言われたことがある。

 母が、妹を生んですぐの事、まるで自分の死期を悟っていたかのように、彼女は笑顔でアリシアに言う。


「良いですかアリシア、私はもうあなたの傍に、そして妹のカトリーヌの傍に言われないかもしれません」

「何故ですか、お母様?」

「それは、数日後にわかる事でしょう……そこで、あなたに仕事を任せます。必ず、妹を守ってあげてください」

「カトリーヌをですか?」

「ええ、あの子はきっとあなたにとって、傍に居てくれる、大切な存在になると思いますから」


 何処か悲しそうに、母親はそのように言った。それが、アリシアと母親であるアリスの最後の会話だった。

 それから数時間後、母親は倒れ、意識が戻らず、帰らぬ人となった。

 妹は母親がどのような人物なのか知らない。ただ、父親やアリシアが知っている限りの事を話す程度であり――それ以上の事は知らないまま、育った。今では可愛らしい令嬢になり、アリシアにとっては大切な家族、守らなければならない存在になった。

 しかし、未だにわからない事が一つだけある。


 母親は何故、妹のアリシアに『傍に居てくれる、大切な存在』と言ったんだろうか?


  ▽ ▽ ▽


「カトリーヌ、好きな人とか居ないの?」

「ええ!?」


 それは突然の発言だったので、カトリーヌは驚いた顔をしながら友人であるエリザベートに視線を向けると、彼女は相変わらずいつもの表情で紅茶を飲み、楽しんでいる。


「す、好きな人って……今は、いないよ……けど、憧れってわけじゃないんだけど、エリーのお兄様、レンディス様みたいな人が良いなぁ……」

「え、じゃあ略奪しちゃう?」

「ち、ちが……そうじゃなくて!ただ、レンディス様ってお姉様の事を本当に大事に思っているでしょう?だから、私をちゃんと、大事に思ってくれる人と一緒になりたいなぁ、と思って。フィリップ様は、私の事すごく冷たい目で見ていたから」

「そうねぇ……まぁ、うちの男どもは恋愛に関しては奥手だし、まぁ、一途なのは確かなんですけどね……あ、うちのもう一人のお兄様なんてどうかしら?」

「え、確か隣国にいらっしゃる人、だよね?」

「ええ、あのお兄様も恋愛に関してはうちのレンディスお兄様と同じぐらい、一途で奥手ですのよ。まだ意中の相手はいないって言っていましたし……」


 フフフっと笑いながら何かを企んでいるエリザベートに何も答える事が出来ず、ただ笑う事しか出来ないカトリーヌはアリシアとレンディスが行ってしまった森の方に視線を向けた。


 アリシア・カトレンヌ――王宮魔術師で、氷の魔術を使いこなす、別名『氷の魔術師』と呼ばれる存在。そして妹であるカトリーヌをとても大事にしてくれる存在だ。


 幼い頃から魔力が高く、毎日のように死んだ母親のような魔術師になると言っており、勉学、体力づくり、何もかも全て完璧にこなす姉の姿を、影ながら応援すると共に憧れていた存在である。

 王宮魔術師になってからは、あまり家に帰る事はなく、仕事をこなしている日々。そんな姉の背中を見つめて過ごしている中、カトリーヌは姉のようになりたいと何度も思った事がある。

 結局は、姉のようにはなれなかった。

 それよりも、カトリーヌは国王陛下の命令の元、第二王子であり、この国の王太子であるフィリップ・リーフガルトと婚約が決まってしまったからである。つまり、将来の王妃になるという事が決まり、妃教育をしなければならなくなる。そうなれば、姉のように魔術を学ぶ事も出来ない。


「……断っても良いのですよ、カトリーヌ?」


 姉は何度もその言葉を言ってきてくれるが、アリシアは笑顔で首を横に振る。別に苦ではなかったし、それにこれ以上姉や父親に迷惑をかけてはいけない。もし、逆らってしまったら二人に何があるかわからないのだ。

 同時にアリシアは、フィリップの母親であり、正妃であるラフレシア・リーフガルトが嫌いらしい。ラフレシアは母親であるアリスに憎しみを抱き、そしてアリシアはアリスとは瓜二つとまではいかないが、似ている所があるらしい。ラフレシアはアリシアに嫌悪しかない顔をしているし、姉も嫌いだの女狐だと何回も言っていた。

 妃教育は別に苦でもなく、こなせることが出来た。

 フィリップとの折り合いも悪くなかったと、思っていたはずだった。まさか卒業式にあんな事をしでかすとは思っていなかった。

 友人で親友である、エリザベートが巻き込まれ、カトリーヌはその時何も言えなかった。何も、答える事が出来なかった。一緒になる人だったので、少しだけ、フィリップの事は、好きという気持ちはあったのだと思う。


 震えるカトリーヌの前に、姉であるアリシアは静かに立ち、得意の魔術を放つ事もなく、彼女が行った行動に、カトリーヌは驚いた。


 目の前にいるのはこの国王太子なのに、姉は容赦なく拳で王太子であるフィリップをぶん殴ったのだ。


「お、ねえ、さま……?」

「……」


 姉に呼びかけても、彼女は何も答えない。

 いつも以上に冷たい目で、目の前で吹っ飛んでぶっ倒れた王太子のフィリップを見つめて、ぶつぶつと呟いているのみ。


「……回復魔法をかけてもう一発ぶん殴ってみるか……それで気がそれるだろうか?」


 恐ろしい事を呟いていると言うのは間違いない。一部聞き取れたのがその発言だったのである。

 そんな中、第一王子であるファルマが慌てるようにアリシアに近づき、謝罪していた。いや、あれは謝罪と言うべき話なのだろうか?

 二人の後ろからはレンディスが居た。


「うん、責任はとると言ったけど、一発で何とか収めてくれないかな!お願いアリシア!」

「フィリップ王太子は確かにあなたの妹を傷つけましたが、殴る価値などありませんよアリシア様!」

「……殿下、レンディス様……そうですね、これ以上私の手が汚れたら嫌ですね」


 三人のこの会話を聞いて、唖然としてしまった。

 そしてカトリーヌはアリシアを静かに見つめ、彼女が助けてくれたことを察知したのである。既にカトリーヌではなく、アリシアに目線が行ってしまう。周りの人間たちもそのような感じだ。

 救われた、と言っていいのだろう。

 カトリーヌはそれ以上に、まだアリシアの傍に居たいと願うようになった。そして、姉のように強い女性になりたいと、思うようになったのである。





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