1/6『心願成就枕』

 新発売の【枕】が大ヒットしてる。【心願成就】を目的とした、【お守り】同様の効果があると謡われている枕。

 お願い事に沿った効果の枕を購入し、カバーの中に願いを書いた紙を入れ、あとは頭の下に敷いて眠るだけ。翌朝起きるとなんだか元気でやる気に満ち溢れ、やがて願いが叶うと大評判。

 よくある漫画雑誌の裏表紙の怪しい通販のアレでしょ? と思いつつも評価が良すぎて気になって、ついに買ってしまった。

 付属の【願い事短冊】は普通の画用紙のように見える。願い事の目的によって色が違っていて、僕が買ったのは【合格祈願】の青色。

 これまた付属の【願いを叶えやすくするためのハンドブック】に沿って色々準備する。

 恋愛だったら想い人の名前、金運だったらどのくらいの金額が欲しいのか、健康は治してほしい箇所、などを具体的に書くと良くて、好きな人の写真や欲しいものの写真を枕元に置いておくと更にいいって。

 学業系は強化したい教科とその教科書や参考書を枕元に――って書いてあったから、暗記系が苦手な僕は日本史と世界史の教科書、参考書を枕元に置いて、本当に願いが叶うのかなって半信半疑のまま眠った。


 夜中、何かの音が聞こえて目を覚ます。なんだろう、誰かがボソボソしゃべってる。テレビ消し忘れて寝ちゃったかな、って寝返りを打ったら、目の前に何かがいた。

『あ』

「ぅわっ!」

『あ、あ、大丈夫です、怪しいモノではありません』

 両手を広げて落ち着かせるように上下にヒラヒラ動かしているのは、ヒト……のような何か。体全体が薄ぼんやりと発光していて、表情などは見てとれない。

 で、電気!

 と思って発光体の薄明かりを頼りに電灯のリモコンを探すけど、

『あ、電気点けるとワタシたち見えなくなっちゃいますんで……』

 そのヒトはなおも落ち着かせようと両手を上下にゆっくり動かす。

「ゆ、幽霊……?」

『いえ、ワタシたちは“係のヒト”と言いまして、そのー……“係のヒト”です』

「……えっと……」

『わ、わかりませんよね、そうですよね。その……契約会社との取り決めで、詳しくはお伝えできないのです、“ワタシたちから”は』

 妙に強調したその一文。寝ぼけた頭でもなんとなく意図は伝わる。

「もしかして、【枕】に関わるなにか……お仕事、的な?」

 うん、うん、と頷くそのヒト。

「ブツブツ言ってたのも、あなた?」

 うん、うん。

「むかーし流行ったというあの【睡眠学習】的な?」

 うん! うん!

「はぁ~、そうですか……大変ですね、死んでなお、お仕事ですか」

『し、死んではいません。幽霊とかではなく、ワタシたちはあなたたちとは違った生命体です』

「……宇宙人……?」

『宇宙……この世界の宇宙とはまた違った、こう……こちらは法律で定められているので詳しくは……』

 そのヒトはしょんぼりとうなだれる。放たれている光も心なしか弱くなった。

「まぁ、たぶん聞いても理解できないだろうし、また寝て起きたら夢だったのかなと思うと思うので、大丈夫です……」

『そうですか……。またお会いするかは不明ですが、お願い事が叶うようワタシが責任をもって担当させていただきますので、どうかこのことはご内密に……特にSNSなどには……』

「書くと叩かれそうなので、大丈夫です」

『恐縮です。次回以降、お眠りを妨げないよう尽力いたします』

「もともと眠りが浅いほうなので、お気になさらず。すみません」

『いえ、こちらこそ……』

 真夜中にお互いで頭を下げあって、それでは、と僕はまた眠りに落ちる。起きたら忘れちゃうかな、忘れないでいたいけど、無理そうだな、と思いながら、またボソボソと聞こえ始めた声を子守歌に眠った。


 翌日、いつもは苦手に感じていた世界史の授業が少しだけ楽しく思えた。昨日までは良く理解できていなかった教科書の内容が、少しだけ理解できるようになっていたから。

 これってあのヒトのおかげかな。なにかお礼をしたいけど、どうやってしたらいいだろう。また夜中に目が覚めて会えたら聞いてみようかな。そんな風に考えながら枕に頭を置く。

 苦手な授業を受けるときと同様に感じる、夜中に目が覚めてしまう憂鬱感が軽減した。それだけで枕を買って良かったって思える。

 今度会えたときに成績あがったって報告ができるように……がん、ばろ――……

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