第16話魔道具の件について(後編)

 歌うことも湖に入ることも禁じられていたにも関わらずその約束を簡単に破ってしまった。さらには精霊と誓約まで交わしたことを知ったお父様は大層お怒りなったのだった。

 私はお父様の険しい表情かおが小さい頃に読んだ絵本に出てくる魔王にそっくりで、恐怖のあまり泣き出してしまった。近くで様子を見守っていたお母様がお父様を宥めたことにより何とかその場はおさまった。


 お父様は領地のトラブルは私とお兄様のおかげで早く解決できそうだ。「ありがとう。」と言ってくれた。しかしまだ親の庇護下にある私たちが危険を顧みず行動を起こしてよい問題ではなかったと注意された。私とお兄様はこのようなことを二度としないと約束したのだった。


 何とか許してはもらえたが、庭園の草むしりをするようにと罰が下された。しかしこの後の事をいくら思い出そうとしても数日後である誕生日パーティーの記憶に辿り着くのだ。そもそも庭園の草むしりをしたのだろうか?まったく思い出せない。それにかなり貴重な体験をしたにもかかわらず何故今まで忘れていたのだろう?私は違和感を覚えお兄様に問いかけた。


「私が思い出さないようにと今までこの話題を避けていたのでしょうか?」


 お兄様は表情を変えずに耳を疑いたくなるような言葉を返した。


「その通りだ。アリスは記憶操作されているはずだからね。」


「へ?」


「父上がジェイド殿に頼んでアリスの記憶を眠らせたようだ。でもすぐに記憶が甦る可能もあったらしいけどね。」


 その記憶操作の効果は6年以上も続いていたのだ。裏を返せば私が単純であると言っているのも同然だ。私は明らかに不満そうな顔をしてお兄様を睨みつけた。何とも言えない感情がこみあげてくるが、お兄様は私の扱い方を熟知している。


「アリスの心が綺麗だからだよ。」お兄様はそう言って頭をポンポンと撫でたのだ。


 私は少し褒められことで、簡単に許してあげようと思ってしまう。《あ、私ってやっぱり単純だわ。》私は自分のこめかみに手を添えながら、もう一つの疑問を投げかけた。


「では、記憶が途切れているのは?」


「それはね。ジェイド殿が魔力の使い過ぎたアリスを心配して強制的に数日間眠らせたんだ。」


 お兄様はその時のことを話してくれた。罰を受けることが決まった私の背後にジェイドが突然現れてすぐさま私を眠らせたらしい。

 またとんでもないことを仕出かしてくれたとお兄様は思ったが、以前からお父様とジェイドは面識があったようで、特に驚く様子はなかったらしい。


 お父様はお前の娘は魔力制御が出来ていないが、体の大きさに対して魔力量が多すぎることが大きな要因で避けられないことだと言った。


 それに対してお父様は何度も魔力を抑える為の魔道具を娘につけさせたが、ことあるごとに壊れてしまったのだと返した。今回は世話になったとジェイドが魔道具を作ることを約束したのだという。


 その時の魔道具が私の指にはめられた指輪なのだ。この指輪には私の癒し、浄化、魅了の魔力を封じ、さらには魔力量を制御してくれる優れものなのだとか。

 記憶操作に関してはお父様が私に癒し、浄化、魅了の魔法を使えることを隠したかったようで、ジェイドもならと賛成したようだ。


「なるほど、記憶がないで正解なんですね。起きた時には誕生日パーティー当日だったってことですね。」私はお兄様の話で概ね納得したのだった。


「でも魔道具には問題があるらしくてね。」


「問題って、なんなんですか?」私は嫌な予感がした。


「アリスの3つの魔力が封じてあると言っても指輪に預けてあるだけの状態だ。指輪を外せば魔力は戻ることになっている。指輪は作ったジェイド殿しか外せない。」


「そうなんですね。では…」


「問題というのはアリスの身体の成長を魔道具が吸収していることだよ。魔道具が壊れてしまわない為と聞いているよ。」


「はい?」嫌な予感は的中した。


「でもその問題も指輪を外せば解消されるようだよ。」


 問題ではない。私にとってとても重大なことだった。身長が低いことが私の最大のコンプレックスであったからだ。

 でも納得はできる。何故ならこの指輪をはめるようになってから私の身体の成長がほぼ止まっていた。

 それに気付いたのは洋服やドレスが昨年の物でも難なく着られてしまったことがきっかけだった。

 家族のみんなは口を揃えて「小柄であることを気にする事はない。」と言った。屋敷で働く使用人や専属侍女のデイジーでさえ私の成長にふれることは一切なかった。そして両親は毎年たくさんの新調した衣装を用意してくれたのだ。


 ただ一度だけ入学前にわがままを通して治癒師に診てもらったことがある。しかし異常はないと言われ膝にあった擦り傷を治してもらった。


 これまで何度もおかしいとは思っていたのだ。ただ愛する家族や信頼のおける侍女が私を陥れるような真似をする筈はない。何か理由があるのだろうと真実を知ることを自ら避けて来たのだった。


 全ては私を大事に思ってのことだとわかるが、感情が思うようについていかない。《もう無理だ。》泣くのを我慢して肩を震わせている私にお兄様は最後のとどめを刺した。


「気が済むまで泣いていい。」


「うわーん。お兄様のバカ!」


「そうだね。今まで隠してて悪かった。私や父上と母上のことを嫌いにはならないで欲しい。」


 私は頷きお兄様の胸を借りて盛大に泣きじゃくったのだった。落ち着きを取り戻した頃にお兄様が耳元で私の名前を囁いた。


「アリス。」


 しかも聞きなれた声とは違う甘い甘い声で、私は顔に熱が集まりみるみるうちに真っ赤になった。うろたえつつも名前を呼ばれたので返事をした。


「はひ(はい)…」


 お兄様は動揺する私を気にも留めずに恥ずかし気もなくこう言った。


「今のままでも十分魅力的だと思っているよ。」


 そして私の手をとり薬指に軽く口づけをしたのだった。私は恥ずかしさのあまりにお兄様の手を突っぱねた。するとドアをノックする音が聞こえた。


「アルベルト様、お時間です。」


 私は侍女のデイジーの声にいくらか安堵した。


「アルベルト様、お嬢様は本日湯あみがありますので早急にお帰り下さいませ。」とお兄様は部屋から追い出されたのだった。


 久しぶりの湯あみを終え今晩はぐっすり眠れるはずです。とデイジーに言われたが、お兄様の行動についてあれやこれやと考えてしまって、朝までほとんど眠れなかったことは言うまでもない。


 《お兄様のバカ!私が本気出したらどうなっても知りませんからね!!》

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