第1章 始まりの洞窟

第1話 転生ヴァンパイア1

「やあ、やっとお目覚めかな」


 家具もないスペースばかりの白い部屋の中。目の前の一段高い場所には、ゆったりとした白いローブに包まれた男が、真っ白な椅子に座って床にいる自分を見下ろしている。


 まったく知らない場所に連れてこられた仔猫のように、キョロキョロと辺りを見渡す。自分は毛布に包まれて床に転がされていたようで、上半身を起こしながら当然の疑問を口にした。


「こ、ここは何処?」

「まあ、混乱するのも分かるが、少し落ち着きたまえ」


 金髪で鼻が高く彫りの深い、青年とも壮年ともとれる不思議な感じの顔をした男。椅子のひじ掛けに頬杖をつき、その男は少し気怠そうな目で話しかけてきた。


「君がここに来るまでの記憶は消してある。まあ、以前の世界の知識だけは持っているがね」

「なにっ!?」


 記憶を消された? た、確かに名前すら思い出せない。だけどコンクリートの街並みや自動車、飛行機や他の惑星まで飛んでいったロケット。そんな世界で暮らしていたことは確かだ。思わず両手で顔を覆い、自らの過去を思い出そうと試みたけど全くの徒労に終わる。


「俺? ボク? 私……。 そもそも自分が男なのか女だったのかさえ覚えていないじゃないか」

「男であろうが女であろうが、そんな些末な事はどうでもいいだろう。君はこの世界で唯一無二の存在なのだからな」

「じゃあ、この体はなんなんだ」


 毛布から出ている自分の上半身を見ると、そこにあるのは若い女の裸。胸は少し小さいようだけど白く艶のある肌。ピアニストのような長く繊細な指に、ワインレッドのマニキュアまでしている長い爪。


 そしてしゃべっている声は、トーンの高い澄んだ女……というより少女の声。それが自分の声だと自覚するにも時間を要してしまった。


 途方に暮れて、うなだれた自分の顔がツルツルの床に映る。銀髪で肩に掛からないショートボブの美少女の顔。耳が尖っていてエルフっぽくも見える。まるでゲームのキャラクターをモニター越しに見ているような感覚だ。


 ますます混乱するその者に、段上の男がやれやれと言うように説明する。


「まあ、その体は私の趣味で作ったものだからね。その内、精神がその肉体に馴染んでくるだろう。そんなに気にする事じゃない」

「そう言うあんたは一体何者!」


 人の体を造り、精神を埋め込むなど普通の人間にできる事じゃない。


「まあ、君の創造主、神様だと思ってもらっていいよ。君には特別な力も備えてある。今後生きていくうえで何不自由なく暮らしていける力だ」

「特別な力?」

「そう、君はヴァンパイアとしてこの世に生まれてきたからね」


 床に映る自分の影。よく見ると、その背中には黒い翼が生えているじゃないか! 驚きながらも翼を意識すると、自分の意思でバサバサと動かす事ができる。


「そう、その翼で空を飛ぶこともできる。ああ、コウモリに変身して飛ぶと言うのは無しだ。質量保存の法則に反するからね」


 この世界の神様は物理法則を守る律儀な神様のようだね。でもそもそも、そんな法則自体を作り替える事ができるのが神様なんだろう。


 そう思いつつも背中の翼を大きく広げたり、小さく折りたたんだりする。まだ慣れなくてぎこちない動きだけど、なんとか邪魔にならない程度にまで小さく折りたたむ事ができた。


「力もすごく強い。なにより君は不死身だ」

「不死身の体! でもヴァンパイアと言えば陽に当たると灰になって滅びるんじゃないの」

「いや、いや、陽の光に弱いとかニンニクが苦手とか、そんなものは無いから安心したまえ。心臓を銀の弾丸で撃たれたぐらいじゃ死なないさ。まあ、首を切り落とされちゃ再生は無理かもしれないがね」

「これからは、人の血を吸って生きていけと言う事なの……」

「まあ、血だけでも生きていけるけど、普通の食事をしてくれて構わないさ。活動するにも体を再生させるにも、それなりのエネルギーが必要だからね」


 不死身というか、この体は不老不死らしい。その体を維持するためにも食事は必要だと言う。食事として血を吸うのが一番効率的に良いそうだ。


 でも自分が人の血を吸う姿など想像する事もできない。目の前の男は、そのうち精神が肉体に馴染むと言っていた。すると、血を吸うのが日常になっていくのだろうか。そう思うだけで吐き気がしてきた。


「そして君は自分の眷属を作ってくれ。それが君の仕事だ」


 勝手な事を言う神様だ。人の血を吸って眷属を作れなど、まさにヴァンパイアそのもの。これから先、人の血を吸うおぞましいモンスターとして生きていけというの。


「でも、ボクはそんな事を望んでは……」


 そう言いかけて黙り込む。記憶の無い自分が以前に何を望んでいたのか知りようが無いからだ。もしかしたら自分自身がそれを望み、今ここに居ると言う事なのかも知れない。

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