第三章 血塗られた道

第21話【手に余る力】


馬の蹄が地面を蹴り、馬車の車輪が激しく回る音が夜を切り裂く。


そこには運び屋の馬車が一台と、それを護衛する騎兵が三人。

それぞれが異常ともいえるスピードで暗闇の荒野を駆けていた。


それを後ろから追うは、馬に乗った十数名の集団。

皆が皆スカーフで顔面を覆い、剣や弓などで武装しているのが見てとれる。


「くそっ、夜に出たのが裏目に出たか…。赤の盗賊団め!」


この辺りが盗賊団の出没地域であることは知っていた。

だからこそ目立たぬよう夜に出発したというのに、この有り様である。

運び屋は馬に鞭打ちながら悪態をついた。






…時を同じくして、そこから離れた町。


褐色の肌をした小学生ほどの少年が二階の窓から周囲の様子を窺い、外に顔を出した。

生暖かい夜風が少年の短い髪と肌を撫でる。

辺りはしんと静かで、鈴虫の鳴く声がどこからか微かに聴こえてくる程度である。

少年は深く息を吸うと、赤いスカーフで顔を覆い隠し、意を決して窓から飛び降りたのだった。






ドンッ!


盗賊が運び屋の乗った馬車の荷台へと飛び移る。


「ひっ…!」


運び屋は振り向いて息を飲んだ。

一人、また一人と盗賊団から襲われて護衛が命を落とし、やがて走っているのは馬車だけとなった。

荷台の盗賊が立ち上がり、ジリジリと運び屋へ迫る。






向かい風を受けてスカーフを激しく揺らしながら、少年は夜の闇に紛れて町を駆け抜けた。

とても子供とは思えないような身のこなしで誰にも見つからないよう素早く路地に隠れたり、塀をよじ登る。


「…っ!?」


しかし塀から飛び降りた際にスカーフが壁に引っ掛かり、バランスを崩してしまった。







「うわぁああ!」


ドカッと地面に体を打ち付け、這いつくばる運び屋。

迫ってくる盗賊に恐れをなし、馬車を捨てて飛び降りたのだ。


衝撃と痛みでしばらく起き上がれずにいると、盗賊の一人が剣を抜いて歩み寄ってきた。

月明かりを反射して鋭く輝く剣を見て、身の危険を感じた運び屋はとっさに命乞いをする。


「ま、待ってくれ!荷物は全部やるから命だけは…」


言い終わるのを待たずして盗賊の男は容赦なく剣を振り下ろした。

ギャーッと一瞬だけ大きな悲鳴が周囲に響き、またすぐに夜は静寂を取り戻す。


激しい返り血を浴び、赤く染まったスカーフの隙間から覗く男の恐ろしげな眼光に、仲間達でさえ畏怖の感情を抱いていた。






一瞬意識を失っていた少年は、町の方から聴こえる大勢の騒ぎ声に気付いて眼を開ける。

きっと自分を探しているのだろう。


(早く行かなきゃ…)


打ち所が悪かったのか、痛む体を無理矢理起こす。

そのまま何とか町から脱出した少年は、その身を引きずるようにしてとにかく町から離れるために歩き続けたのだった…。






【第3章 血塗られた道】






「あ"~~~」


太陽がほんの少し傾き始めた、昼過ぎのこと。

走行中のトラックの窓から顔を出し、コルアが何やら唸り声を上げていた。

流れる風を受けて顔面の体毛が激しく靡き、目を細める様子は笑ってしまうほどに間の抜けた顔である。


「風が気持ちいいですね~」


その顔のまま振り向くコルアに、真ん中の席に座る昌也は呆れ果てた。

今は康への道案内のために地図を凝視していて、そんなおふざけに付き合ってる暇はない。


「端っこの席に行きたいって言うから何かと思ったら、それがやりたかっただけかよ…」


「昌也君、道が別れてるんだけど、どっちか分かる?」


「あー、左だな」


康からの問いかけに、昌也は地図を確認して答える。


次の目的地はアルマーナ。


今のところ知っている情報といえば、その場所と名前くらいなものである。


「アルマーナってどんなとこなんだろうな…」


昌也の呟きに、はいはい!とコルアがすかさず顔を車内に戻して答える。


「アルマーナはかつて王族の奴隷だった、マーナ族の人達が住む町です」


「奴隷?この世界に奴隷なんているんだな」


「昔の話ですよ。奴隷解放宣言によってマーナ族は自由の身となりました。自分もアルマーナに行くのは初めてですけど、噂ではよそ者に結構冷たいところらしいですよ…」


「よそ者に冷たいか…。まあそれはどこに行っても同じようなもんだけどな」


今までの経験を振り返って苦笑する昌也。


最初の街では兵士に捕らえられ、リノルアやラノウメルンでも好奇の目を向けられた。

だから次の目的地でも何かしらのトラブルが起こる可能性は今のうちに考慮しておかなければならないだろう。


「でも今やリノルアとラノウメルンにとってマサヤ達は英雄です。冷たい目を向ける人なんていません!」


「英雄か…」


コルアからおだてられ、思わず昌也の口元が緩んだ。


「おっさん、俺達英雄だってさ!」


「英雄?そんな大げさだよ」


自分には到底似つかわしくない単語を康は鼻で笑う。


「リノルアでは病気の治し方を教えただけだし、ラノウメルンで虫を退治したのはエリエスだもん。ね?」


名前を出されたエリエスは、水の入ったティーカップに浸かりながら照れくさそうに微笑む。

カップは席中央の飲み物置き場に固定され、この車内でのエリエスの特等席と化していた。


先程まで上機嫌だった昌也は、康からの否定を受けてムッと唇を歪ませた。


「…確かに、いいよなエリエスは力があって。俺も水を操ったり魔法が使えれば英雄になれるのに」


皮肉めいた昌也の言葉にエリエスの表情も曇る。


「身の丈にそぐわない力は自らを滅ぼすものよ。私だって今まで多くの人達から命を狙われてきて、心が安らいだ日なんてなかった」


「でも全部返り討ちにして、その後ラノウメルンだって救ったじゃん。力が無いよりもある方がいいに決まってる」


「…あなたに何が分かるの?」


エリエスは康の肩に飛び乗り、目の前で昌也のことを睨む。

突然向けられた威圧感に困惑する昌也。


「少なくともあなたみたいな人は力を持つべきじゃない。自分の我儘わがままを通したいだけの人間はね」


「…何だと!」


さすがに昌也も苛立ちを隠せず、エリエスを睨み返した。

魔力さえなければ相手はただの小さく虚弱な蛙。

そんな彼女に見下されたような発言をされたとあって、昌也の中に沸々と怒りが込み上げてくる。


(…たかが蛙のくせに!)


そんな昌也の心中を察したエリエスもまた、彼に対して冷たい視線を送った。


「ちょっと二人とも落ち着いてください!」


ピリピリとした険悪なムードに、とっさにコルアが仲裁に入る。


「そうだよ、喧嘩なんてやめようよ!」


康も慌てて両者を宥(なだ)めようと声を掛けた。

この不安だらけの異世界でせっかく人数が増えて賑やかになったというのに、ここにきて仲間同士のいさかいなどたまったものではない。


しかし納得のいかない昌也はなおもエリエスに食って掛かる。


「力がある奴には無い奴の気持ちは分かんねーよ。…だいたいお前がそうやって偉そうに発言できるのだって力があるからじゃねーか!魔力がなければ一人じゃ何もできない蛙のくせに」


「…っ!」


昌也に煽られ、エリエスの怒りも頂点に達する。


その時突然、康が急ブレーキを踏んだ。


「っ!?」


シートベルトが体に食い込み、一行の体が前のめりになる。


一体何があったのか、昌也とコルアが慌てて運転席を見ると


「誰か倒れてる!」


と康が声を上げた。


「…え?」


昌也達が前方を確認すると、康の言う通り道の真ん中に人が倒れているではないか。


康とコルアはすぐにシートベルトを外してトラックから降りる。

昌也も降りて目をやると、倒れていたのは小学生くらいの小さな子供だというのが分かった。


「大丈夫ですか!?」


コルアが駆け寄って抱き起こすも、その子供は意識を朦朧とさせながら弱々しい唸り声を上げるのが精一杯な様子だ。

顔をよく見ると、褐色の肌をした少年である。


「何があったのかな!?」


「どこか怪我してるのかも。コルア、あまり動かさないようにそっと確認して」


慌てる康の肩からエリエスが落ち着いて指示を出し、コルアは頷いてゆっくりと少年の体に視線を這わせた。


「…血とかは出てないですけど、体のあちこちにあざがあります」


「痣?誰かから殴られたのか?」


昌也が覗き込むと、それほど酷くはないものの、確かに強く体を打ちつけたような青い痣が腕や顔に見てとれた。


「と、とにかく早くあの町に連れて行って医者か誰かに見てもらおうよ!」


康に促され、コルアと昌也が少年を抱きかかえてトラックへと乗り込む。

多少窮屈ではあるものの、少年を膝の上に座らせて倒れないようしっかりと腕を回すコルア。


「…この子、マーナ族の子ですよ」


不意に少年の顔を見ながらそう呟いたコルアに、「え?」と怪訝な目を向ける昌也。


「何でそんなの分かるんだ?」


「肌の色です。マーナ族の人達はみんな肌が茶色いから」


「なるほどな、黒人みたいなもんか…。それにしても、何であんな場所に倒れてたんだろうな…」


その答えを知ろうにも、相変わらず少年に意識は無く、苦しげに息を吐く様子が痛々しい。

一抹の不安を抱きながらも謎の少年を乗せて、一行は遠くに見える町アルマーナを目指すのであった。

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