第17話【因果応報】


昌也達の行動によって毒虫による厄災から何とか脱したラノウメルン。

しかしこれで完全に危機が去ったわけではなく、むしろ本当の困難はこの後に待ち受けていた。


「…どうすんだよ、これ」


虫の毒にやられた住民の被害は数知れず、立っている者は僅かばかり。

町には相変わらず人々の悲痛な呻き声が重苦しい雰囲気を漂わせていた。


トラックから降りた一行がそのあまりの凄惨さに茫然と立ち尽していると、町の方から松明を持って駆け足で向かって来る者がいた。

昌也達が初めてこの町を訪れた際、身分チェックをしてきた自警団の男である。


「あんた達、無事だったのか!」


男から話しかけられたため、昌也が周囲に散乱する虫の死骸を見渡しながら大袈裟に返事をする。


「なあ、一体何なんだよこの虫の大群は!?」


「こっちが聞きたいよ。この虫といい、さっきの爆発といい、何がなんだか…」


男は顔をしかめながら町の方を示した。


「それよりあんた達も手伝ってくれ!まだ虫が何匹か残ってて、皆自力で立ち上がることもできないんだ」


男の勢いに押され、促されるまま一同は町の広場へと足を進めた。


そこでは運良く毒虫の被害を免れた者達が、負傷者の手当てに追われている様子が見て取れた。

だがどう考えても負傷者の方が圧倒的に多く、その上何人かは残った虫の駆除にも当たっているため、手が足りていないのは一目瞭然だ。


「ねえ、確かあの虫に刺された人って…」


「…恐らく助かりません。朝までには皆…」


不安げな康の呟きに、ヒスタが力なく答える。


誰も助からない。

その言葉の意味を理解するなり一同の表情が青ざめた。


「みんなって…何十人もいますよ!?何とかならないんですか!?」


コルアの叫びが薄暗い広場に虚しく響く。

一連の会話を聞いていた自警団の男が切迫した表情でヒスタに詰め寄った。


「ヒスタ、お前あの虫に詳しいなら治す方法も知ってるんじゃないのか!?」


「…!!」


確かに、と昌也達もヒスタの方を向く。

虫の名前や毒性のことを知っていた彼女ならば、きっとその治療についても理解があるはず。

しかしヒスタは何故か男に対してあからさまな嫌悪感を見せて睨み返したではないか。


「…さあ。仮に知ってたとしても、あなた達には教えません」


「な……」


豹変したヒスタの様子に、その場の誰もが驚きを隠せず言葉を失う。


「大勢の命がかかってるんだぞ!!町の人達を見殺しにする気か!?」


男は動揺してヒスタの肩を掴むも、すぐに払いのけられた。


「こんな時だけ被害者面ですか?私はあなた達にされた事を絶対に忘れない。…どうしても教えてほしいというなら情報料は1億カロンです」


「1億!?…そんな金あるわけないだろ!」


「じゃあ諦めてください。かつての私みたいに」


「………」


男は絶句する。

ヒスタはそう吐き捨てると、身を翻してその場を去る素振りを見せた。


「…おい、ヒスタ!?」


男を残して昌也達は慌ててヒスタの後を追いかける。


「お前、何であんなこと…」


「あなた達には関係ありません」


昌也からの問いかけにも足を止めることなく、ヒスタは図書館へと進む。

その声色と表情からは、苛立ちや苦悩の色が滲み出ていた。


「本当に町の人達をあのままにするんですか!?」


ヒスタが図書館に入ろうとしたためコルアが前に立ち塞がるも、彼女は無言で横を通り抜けて扉に手をかけようとする。


「ヒスタちゃん!」


康の強い声色に反応し、ヒスタの手が止まった。


「何があったのか知らないけど、町の人達を救えるのは君だけなんだ。だから…」


「じゃああなたが1億カロン払ってください」


「え…」


「お金がないなら、あなたの持ち物全てでもいいですよ」


「………」


康が黙りこむのを見て、ヒスタは呆れたようにほくそ笑んだ。


「ほら、あなただって人を救いたいとか綺麗事を言いながらやっぱり自分が…」


「いいよ」


「…え?」


「トラックに積んでる荷物、全部あげるよ。だから皆を治す方法を教えてくれる?」


その思いがけない言葉に、ヒスタだけでなく昌也達も康の方を向く。


驚くのも無理はない。

トラックに積まれている荷物は康個人のものではなく会社の物品。

もしも元の世界に戻れた際、どう言い訳するというのか。


「おっさん…本気か!?」


「それで大勢が死なずに済むなら、構わないよ」


その目にもはや迷いはなく、真っ直ぐにヒスタを見つめる。

予想だにしなかった返答にヒスタは戸惑い、とっさに何も言い返せなかった。


(何で、この人は…)


不意に一瞬、泣きじゃくる幼い頃の自分の記憶がフラッシュバックする。

思い出したくもない、忌まわしい過去。


「…馬鹿馬鹿しい、これ以上偽善者には付き合ってられません!」


ヒスタは康の目を直視できず、脳内のトラウマを払拭して逃げるように玄関のドアノブに力を込めた。


…その異変に最初に気付いたのは昌也だった。


図書館の壁の隙間から、何か黒くて小さいものがフワリと飛び出してきたのだ。


(…!?)


その正体に気付いた時、昌也の顔からサーッと血の気が引いた。

それは紛れもなく例の毒虫の生き残りであった。


「ヒスタ待てっ!!」


昌也の意図に気付かず、ヒスタが制止を振り切って扉を開ける。

その瞬間、不安は現実のものとなった。

開いた扉の内側からおよそ数十匹もの毒虫が溢れ出てきたのだ。


「…っ!?」


逃げる暇などなかった。

毒虫は瞬く間にヒスタへと群がり、容赦なく襲いかかる。


「ヒスタ!!」


予期せぬ襲撃に誰もが怯んで動けぬ中、真っ先に飛び出したのは昌也だ。

昌也はがむしゃらにヒスタの腕を掴み、彼女の体を強引に引き寄せた。


昆虫というのは自分からもっとも距離が近い相手を本能的に狙う習性がある。

そのため攻撃対象がヒスタから昌也へと変わったのは必然のこと。

猛毒を含んだ鋭い針が一斉に昌也の方を向いた。


(ヤバい…!)


不運にも、飛んでいた毒虫の一匹が昌也の右腕に止まる。

ヒスタを掴んでいるため、振り払うことはできなかった。

直後、耐え難い激痛がその部分を貫く。


「ぐ…ぁあ!!!」


毒針に刺された昌也は、どうにかヒスタを後ろへと逃がすのが精一杯で、その場で身動きが取れなくなってしまった。

うずくまる昌也に、次々と毒虫が迫る。


だが突如として背後から現れた松明の炎が、虫達を退けたではないか。


「!?」


松明を振りかざしたのは自警団の男だった。

先程広場で別れたと思っていたが、様子を見に駆け付けてくれていたのだ。


「まだこんなに居たのか、虫どもめ…!」


松明の炎により一部の虫は焼け死に、残りは遠くへ飛んで逃げていく。


男のおかげで何とか追撃を免れ、助かった昌也。

しかしそれももはや一時的なものにすぎない。


「マサヤ!!」


腕を押さえてぐったりと倒れ込む昌也に急いで駆け寄り、その体を支えるコルアと康。


「刺されたの!?」


昌也が頷くのを見て、コルアはすぐに彼の腕から毒を吸い出す。

少しでも症状が和らぐのを祈って…。


尻もちをついたヒスタは、そんな様子を愕然たる思いで見つめていた。


(…私のせいだ。私を助けるために…)


自分が町の人達のために広場に残っていれば。

昌也達の言葉に耳を傾けて図書館の扉を開かなければ、こうはならなかった。

くだらない意地を張り続けた結果、一人の命が失われつつある事実にヒスタは震える。


「………」


自警団の男はうなだれる彼女のもとに静かに歩み寄ると、図書館の庭に松明を突き刺す。

そして何を思ったか、その場に膝をついてヒスタに向かって土下座をしたのだ。


「…!?」


予想もしなかった出来事に、昌也の介抱をしていたコルア達の目線もそちらを向く。

皆の視線を浴びながら、男は額を地面にぶつけて叫んだ。


「ヒスタ頼む、町のみんなを助けてくれ!お金は後で皆と話し合ってできる限り集めるから、お願いだ!」


あのまま広場で怪我人の看病を続けたところで根本的な解決にはならず、いずれは皆死に至る。

未知の毒からこの町を救うにはヒスタの知識に頼る他ないと彼には解っていた。


「ぼくからもお願い!」


「マサヤを助けて…」


康とコルアも同時に懇願の声を上げる。


苦痛に呻き、こちらを向く気力すら奪われている昌也の姿を見て、もはやヒスタには断ることなどできやしなかった。


「丘の上…」


唇を震わせ、泣きそうになりながら微かな声を絞り出すヒスタ。


「…え?」


「ラノウメルンから少し離れた海沿いの丘の上に、毒を無効化できる植物があります…」


「ほんとに!?」


康がすぐさま立ちあがり、ヒスタに手を差しのべる。


「今すぐ取りに行くから、案内してくれる!?」


ヒスタは弱々しくもその呼び掛けに応じ、手を握った。


「私も一緒に…」と自警団の男も名乗り出るが、康がそれを制した。


「ぼくがきっとみんなの分も取ってくるから、あなたは残って町の人達を助けてあげてください」


「あ、ああ…分かった」


「昌也君のことも、よろしくお願いします」


猶予は一刻を争う。

康は男に向かってペコリとお辞儀をすると、すぐにヒスタを連れてトラックへと向かったのだった。

男は康の背中を見送ると、言われた通り昌也を救うべくコルアの方へと歩み寄る。


「彼を広場に連れて行こう。何かあった時、皆の目が届く」


「…はい」


コルアと男は昌也の両腕をそれぞれ支えて担ぎ上げると、ゆっくりと広場へ向けて歩き出した。

昌也も朦朧とする意識の中で何とか歩こうと足を前に出すが、力が入らず体勢を崩してしまう。


「君は無理しなくていい、我々に体重を預けるんだ」


「………」


返事をしたつもりだったが、声がでなかった。

右腕が燃えるように熱く、意識すら定まらない。

もはや昌也の体は糸の切れたマリオネット同然であった。

そんな昌也を気遣い、二人は慎重に一歩一歩を踏み出す。


「…あの」


「…ん?」


不意にコルアが口を開く。

それが自分に対してだと気付き、男が振り向く。


「…ヒスタとの間に昔何があったんですか?」


「………」


よほど触れられたくないことだったのか、男の顔色が急に強張った。

黙りこんで、答える気配がない。

その雰囲気の変化にコルアは怖くなり、目を逸らして俯く。

やはり自分ごときが聞いてはいけない内容だったのだろうか。


しかし前を向いて歩みを続けながら、男が呟いた。


「昔…」


「…え?」


「昔、私達町の人間は…」


踏み出す一歩が、地面にめり込みそうなほど重く感じる。

昌也の体重が乗っているからなのか、あるいは気持ちが暗く沈んでいるからなのか。

まるで背中に巨大な十字架を背負っているような、そんな重さ…。


「あの子の母親を、殺したんだ…」


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