第26話 開戦
櫓からこちらに向けて走ってくる騎士団の大隊の姿が見えた。
一つの可能性としては考えていたので、やはりというか、ハロルドたちはこちらから物資を確保することを放棄して、大業でこの村を更地にすることにしたらしい。
敵に奪われるくらいならば潰してしまえばいいと言う判断は極端ではあるが、大事なものだ。
軍の記録にも欲を見せて、資源を確保するために圧倒的優位の状態から全滅させられたことがある。
「こっちから合図したら一斉に上空に向けて遺物を使用して」
「応!」
こちらから簡単にこれから行うことの説明をすると山ゴブリン達から気合いの入った返事が返ってくる。
魔王軍の進軍により予定よりも、進行が早まったことで訓練らしいことなど満足に行っていないが、機敏に動けそうだ。
元々兵として戦えるだけの下地を鍛えていたのかもしれない。
「またあの小僧か。でかい技を繰り出してから私の相手をしようなど舐めたことをしてくれる」
「私たちがここにいることは知らないから、レオン達にここを取られる前に潰そうと思ってるだけだし。こっちに戦線布告しているわけじゃないから別に興奮しなくてもいいよ」
「そうだとしても、さして強くない弱者が私の周りでうろちょろすることが不快だ」
自分より弱いと思った奴に相変わらず手厳しいやつだ。
クリスが弱者弱者と罵るハロルドに関して、そこまで弱いとは思わないが。
クリスの感覚に対して自分の認識とのズレを感じていると、人族の騎士側から光の衝撃波が飛び立つのが見えた。
「撃て!」
視認した間をおかずに、ゴブリン達に遺物の力を解放して迎撃するように指示を出す。
とんできた白い衝撃波と複数の遺物から放たれた赤光がぶつかり、爆発が起きる。
「つゆ払いとして動こうと思ったが、必要のないほどの脆弱な攻撃だったようだな」
クリスはそう悠長に感想を呟くと、戦場に出て迎撃するためか、門の方に向かっていく。
「まだでてかなくてもいいよ。ここまで来て貰えずに逃げられるのが一番困るし」
「しばらくはあの惰弱なものに先行する手を委ねると言うのか、不快極まりないな」
クリスに事情を説明して、一度退いてもらうと、騎士達の動きについて確認する。
作戦の内容に含めているのか、大技が失敗したと言うのに、それほど士気を落とさずにこちらへ向けて馬を走らせてくる。
「今の一撃をレオンと魔族の奴らがやったと勘違いしているっていう感じかな」
山ゴブリン側のこちらがやったこととは欠片も思ってなさそうだ。
山ゴブリンの恐ろしさをここで思いしわせてやった方がいいだろう。
ーーー
荒い息を吐きながら、冠斬が阻止されたゴブリンの村を見る。
魔王軍幹部がいることは間違いない。
前回は近接でのみの戦闘でレオン側が大技を出すところは見ていなかったが、レオン以外にあそこを落とすことを考える存在がいないことを考えれば、彼しかいない。
先回りされたのはピンチであるが、チャンスでもある。
無理な先回りをしたせいで、大隊を引き連れず、単独でいる可能性が高い。
1人では要塞を運営できるはずがないので、このまま進軍すれば地の利を活かせずに、すり潰せる。
唯一の障害である門も、まともに妨害や弓兵がいない以上、容易に突破できる。
ここから一気に全軍で突撃するべきだろう。
「全軍進軍!」
門の壁を越えるための梯子を持った兵士たちが走り出し、群がっていく。
死地に赴くような狂騒もないが、極度の恐れもないため、今回はこれでちょうどいいだろう。
門が開錠されるまで一息入れようと思うと、門の前で梯子を立てかけていた兵士たちに向けて何か丸いものが大量に投げられるのが見えた。
ハロルドは目を疑った。
レオンがゴブリンの村のものは皆殺しにしたと思っていたし、まず生きていたとしても、今まで魔族にも人族にも靡かなかったゴブリン達がレオンの言うことを素直に従うとはつゆほども思っていなかったからだ。
「なんだあれは!?」
横に控えていたゴドンが投げられたものから出るツタに絡まれ、頽れていく兵士を見て、悲鳴をあげる。
生死は不明であるが、良い事態でないことは確かだ。
その様子に恐れをなした開錠部隊ーー聖血騎士団の面々が恐れをなして、退却を始めた。
作戦行動を放棄して逃げるなど兵士としてはあってはならないことだと言うのに。
「き、貴様ら!! 腰抜けか、1人でも壁を登り門を開錠せねばならんと言うのに!」
団長であるゴドンの怒号が飛ぶが1人たりとも、持ち場に戻らずに退却してくる。
「戻ってきてしまったものはしょうがありませんな。それに今、どうやら山ゴブリンは健在の模様ですし、がむしゃらに攻めたところで絡めたとられることが目に見えています」
蒼炎騎士団のバジルがフォローを入れると、ゴドンのプライドが傷ついたようで、顔を赤くしてバジルを睨みつける。
だが失態を犯した手前、バジルを批判することもできずに額に血管浮かび上がらせることしかできない。
「そうだな。あの種を投げられて無闇に兵を浪費するのは避けたい」
ハロルドはまさかの事態に驚きはしたが、すぐに事態を飲み込み対応する。
山ゴブリンがまだ健在ならば、この要塞を最初にとり、レオン相手に優位に立ち回れる可能性ができたのだ。
多少の損害があれど、要塞が運用ができることに比べれば、微々たるもの。
むしろ被害は最小に抑えられる。
今までの戦場での経験と膨大な戦闘記録を閲覧していたことより、即座に思いつく。
「あの村には全方位から対応できるだけの兵はいないはずだ。正面からプレッシャーを掛けつつ、反対側から叩く」
「応!」
簡潔に指示を飛ばすと、周りの兵士たちが即応する。
ちょうど聖血騎士団の面々が捌けていたために、指示が通りやすくなっていたことが功を奏した。
「レオンひいては魔族がやってくる前に、決着をつける必要があるな」
「猶予としてはどれほどのところか、予見できないこの状態では最善手はそれしかありませぬな。陛下、このバジルが裏手に周り門を開放しましょう」
「な、何? バジル、貴様、私が敵からマークされている門側を担当しろというのか」
一番槍を入れたゴドンが正面側を担当するのは自然な流れではあったが、なまじ部下が大量に犠牲になるのを見せつけられていることもあり、顔には強く拒絶が浮かんでいた。
指揮をするのはもちろんのこと、単なる歩兵としての能力を望めるか、わからないと判断したハロルドはせめて動くことはできるだろうことを期待して、バジルと共に行動させることを決めた。
「こちらが嫌というのならば、こちらの指揮は私が取ろう。ゴドンはバジルと共に背後に周り共に開錠に回れ」
「はは! 陛下のご命令とあらば」
ゴドンは指示が飛ぶと待ってましたとばかりに強く返事をして、バジルたち蒼炎騎士団の後を追っていく。
バジルがゴドンのことをどれだけ信頼しているかは謎だが、場合によってはバジルがゴドンに指示を任せて、本人が実働することもできる。
かなりの強者であることは予々伺っているので、突出した戦力が存在しないだろうゴブリン村を落とすのは、壁を越えれば十分可能だろう。
最悪、落とせるのならば、正面の門を開放せずともそれだけでも十分だった。
「時間との勝負か。早い段階で決着がつけばいいが、長引けば……」
ハロルドが最悪の事態に対しての想像を深めていくと、ハロルドも重たい腰を上げた。
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