第20話 魔王軍幹部
忙しない1日を超えて、朝目覚めると、マジックバックを漁るクリスの姿があった。
「動くな」
命令するとクリスの動きが止まり、マジックバッグを漁っていた手が止まる。
「早まるな、落ち着け。話せばわかる」
口は動いているが、主に手を止めて欲しいと思っていたからだろう。
状況からして、弱者の首輪の効力を無効化するものでも探してったところか。
「見ろ。私の手は収納スペースに入っていない。まずこのマジックバッグを使うことができない」
よく見てみると、マジックバッグの中にクリスの手は入っているが、中の空間には何も見えない。
いつもならば黒いもので満たされて、そこからものを取り出せるのだが。
「例え実行できなくとも未遂の時点でアウトだよ」
とりあえず、クリスの手からマジックバッグをひったくり、手を入れてみる。
するといつものように鞄の中は黒一色になっており、遺物を取り出せる。
特に使えなくなったというわけではないらしい。
状況から考えるに私以外には使えないといったところだろうか。
「お前の持ってる弱者の首輪と同じ使用者が限定されるタイプの遺物か。異様に収納が大きいと思ったらそういうことか」
「防犯とか逆手に取られることはないけど、その分、味方の誰かにも使ってもらうことができないのか。……話題を別に振っても無駄だよ」
「く、おのれ……!」
あとでクリスに使えそうな遺物の訓練を完全にマスターできるまで続けることにしよう。
自由奔放だし、戦い方もみるからに我流なので、他人からの訓練の強要はいい薬になるだろう。
「今日のお返しは後にするとして、まずはハロルドのところを偵察してこよう」
昨日で感知するスキルを持っているオフィリアが透明マントを認識できないのは、確認できているので、遠くから偵察すればそこまで危険はないだろう。
昨日の今日ということで警戒は厳重になってると思うが、具体的な対策をするには、感知系のスキルを持っている騎士は神灯騎士団にはいないので、適役の騎士がいるとしても、他の騎士団から引き抜くしかないため、そこの騎士団長と交渉する必要があるので、早くとも三日はかかる。
最も気配感知のスキルは隠密系の職業のものにしかないので、騎士にいる可能性は皆無だが。
ーーー
移動系の遺物はピーキーすぎるので、クリスに運んでもらっていくと、警戒に注力しているかと思った神灯騎士団は魔族と交戦していた。
昨日見たところ、魔族軍の姿は見えなかったので、ハロルドたちの規格外の力を前に全滅を避けるために一時撤退したかと思っていたが、そうではなかったようだ。
様子から見るに逆にハロルド側が魔族側から押されているように見える。
魔族軍全体としてはそこまで統制がとれていて練度が高いようには感じないが、一人の魔族がハロルドを押さえつけながら、周りの騎士たちも削っており、獅子奮迅の活躍をしているところを見ると、あれが魔族軍が押している理由だろう。
魔族軍で勇者を抑えられる力を持つのは、魔王軍幹部くらいしかいないので、十中八九あの魔族の男は魔王軍幹部で間違いない。
「あの魔族軍の見るからに強い奴は魔王軍幹部であってる?」
「ああ、あいつは魔王軍幹部で一番腕が立つレオンだ。よりにもよってあいつとはな」
「よりにもよってて。何か他の幹部より都合が悪い事情でもあるの?」
「ああ、あれは異次元レベルで人の話を聞かんからな。あれに助けを求めようと無視するだろうことが想像に難くない。あれ以外のものならまだなんとかなったものの」
自分からあの魔王軍幹部の男が、クリスを助けることに一ミリも貢献しないことを教えてくるとは。
どうやら一か八かを試すのも憚られる程に、話を聞かないようだ。
個人的な諍いがあって故なのか、デフォルトなのかはわからないが、私としては僥倖だ。
今回はハロルドたちを偵察に来ただけなので、魔王軍幹部まで相手どる覚悟は流石にできていなかったし、そうなれば私がクリスを隷属させている主なので真っ先に潰しにかかられることになる。
遺物があれどそうなれば、逃げる前にやられる可能性も高くなる。
巡り合わせに助けられた。
「すぐに決着がつくか、どうかわからないが、しばし偵察しよう。どちらが勝つか把握しておきたいし」
とりあえずのところはここで趨勢がどちらに落ち着くかを見なくてはどうしようもない。
ハロルドが勝てば、大規模殲滅に対応しなければならないし、魔王軍幹部が勝てばあの素早いフットワークに対応しなければならず、両者でかなり対応する方法に違いが生じる。
それにもし両者の実力が拮抗していた場合は、お互いに弱りきったところを叩けば、ゴブリンの村に上がってくる前に全てを終わらせることができる。
そうすれば、目下の脅威はなくすことができる。
勇者を失った王国側は軍備を整えるために長い歳月がかかるし、魔王軍幹部を二人失った魔族側も他国から防衛に少ない人数で対応しなければならないので、ゴブリンの村に構っていられる状況ではなくなる。
「どちらが勝つか、把握か。あの新しい勇者は確かに強いが、レオンには勝てんだろう」
「どうして?」
「動きの速いレオンに対応するために、剣速を無理やり上げている。レオンのペースに完全に飲まれている」
「へえ」
剣の動きの速さなど最初から私は目で追えていないのでわからなかったが、いつもよりも早くなっているようだ。
ハロルドは堅実な戦い方をするので、無理をしないタイプなので意外だ。
何か、決着を急がねばならない理由でもあるのだろうか。
そういえば、昨日は共闘をしていたオフィリアの姿が存在しない。
あのスキルの光の束は目立つのですぐわかりそうなものだが、周囲にそれらしいものは見えない。
もうすでにレオンに倒されたのか、それとも敵前逃亡でもしたのだろうか。
「昨日クリスが交戦していた女の姿が見えないけれど、クリスは見つけた?」
「いや、全くそれらしいものは見えん。おかしなことだな。ハロルドとあの女が組めば、魔王軍幹部の中では最強であるレオンに遅れは取らないというのに」
「もしタグを組んでいたとしたら、レオンはあの女だけを戦闘不能にすることって可能?」
「いや無理だな。あの女は異様に勘がいい。レオンがいくら俊敏になろうとまず攻撃が当たる確率が低い。あれならまだ目の前にいる勇者の方が倒れる可能性としては高いだろう」
じゃあ、敵前逃亡か?
敬虔深いともっぱらの噂で、神の定めた敵とされている魔族を前にして、逃げれるほど割り切れるたちには思えないんだが。
どこかで足止めをされているのだろうか。
まだこの現場にいるのならば、目の前にいるハロルドの元に来てもらって、魔王軍幹部と拮抗した戦いをして疲弊させて欲しいのだけど。
「もう一人のあれは出てくる気はないようだな」
期待はできそうになさそうか。
正直このまま魔族に上まで上がられるのは、クリスに助けを求められることを考えると避けたい。
今ならば二人が互いに相争っているので、介入するとすればリスクは一番低い。
この場で一番リスクが低いのは介入もせずにこのまま見ていることだが、のちのことを考えれば、今動くことがリスクが一番低いので動く方がいいだろう。
「オフィリアを探して、ハロルドの方に加勢してもらえるように誘導してもらうようにしよう」
「こんな時におめおめと敵から隠れている奴を焚き付けても何にもならんのではないか」
「敬虔深い人間ていうことだから、自分の命よりも女神に愛されている勇者の方が価値があると思ってる人種だし、ビビって出て来れないとかそういうわけじゃなくて、何か動けないからだと思うよ」
「人族は変な奴らばかりだな。まず探す必要があるがどこのテントから見ていくのだ」
「あの少し大きめの連結されているテントからで。あそこは会議と団長のテントを兼ねた場所だから」
そうクリスに命じると、一足に指定したテントの場所まで行くと中を開いた。
見ると、とっくに亡き者になっていると思った白翼騎士団のエバン団長とマスキオ神父が立っているのが見えた。
エバン団長の持っている剣には血がべとりとついており、その近くにオフィリアが倒れていた。
様子から見るにエバンがオフィリアを害したのは間違いない。
エバンは自己中心的な人間なので、自分の命惜しさに、オフィリアの首をレオンに差し出そうとしたと言ったところだろう。
「き、貴様。ノインか。人族を裏切っておめおめと魔王軍幹部のクリスに与するとは。お前のような浅ましいものに本来なら慈悲を与えるべきではないが、私は寛容なのでくれてやろう。魔王軍幹部を私たちが逃げ仰るまで足止めできれば今回のことは不問にしてやる」
「クリスいいよ。あいつはやって」
「ほう。実力者でもここまで腐りきったゴミがいるとはな。心おぎなく潰せるというものだ」
クリスは大きく踏み込むとエバンに肉薄する。
流石に腐っても団長なので、反応して剣をクリスの足に合わせて、防御する。
「なっ!」
だが剣は真っ二つになって折れると、クリスの蹴りが深々とエバンの体に刺さった。
驚いた顔して、目を見開くと貫いたクリスの足が引き抜かれた
膨大な血を吐きながらそのまま倒れる。
本人も何か起きっているのか、わからないのか、痙攣するからだを必死に動かして周りに体を伸ばしてジタバタしている。
私ならば鳩尾に穴が開けば死ぬが、やはり団長クラスのステータスとなるとそれだけでは死なないらしい。
「どういう状況ですか、マスキオ神父?」
マスキオ神父は頬に汗を流すと、口を開く。
「いえ、そこのエバン団長からレオンに取り入るためにオフィリア団長の首を差し出そうと誘われまして」
いつもは余裕に溢れた態度をとっていた神父であったが、流石に自らの命がかかるとやはり取る態度は180°変わるようだ。
昨日あれだけ疲弊していたというのに魔王軍幹部と休みをおかずに二連戦しているのでそう判断してもおかしくはないだろう。
生き残れる目があり、私も同じ立場であるのならそうする。
「そうなんだ。オフィリアはまだ生きている?」
「生きていますな」
マスキオ神父はオフィリアのことを尋ねられたことに怪訝そうな顔をしたが、質問をせずに簡潔に答えてくれた。
余計なことをいえば、命を取られるかもしれないと警戒しているようだ。
クリスから聞いたことを思えば、今まで子供を拷問してきたことがバレそうになって修羅場が生じることが多々あったのかもしれない。
こちらは話が早く進められるので、助かるが、恩恵の理由が理由だけに素直に喜べない。
「今回復してくれるかな。すぐに万全の状態にしてハロルドの元に行くようにして貰いたいんだ」
「は、はあ、わかりました。そうしましょうか」
「見ているからよろしくね」
テントに入った時にクリスが飛んでいって吹っ飛んだ透明マントを拾うと、それを自分とクリスにかけて、姿を消してからマスキオ神父の様子を見る。
「大丈夫ですかな?」
マスキオはオフィリアに近づくと声をかけると、彼女はうつ伏せになっていた頭を動かした。
回復させたような素振りを見せなかったが、挙動なしで神聖術を使ったようだ。
レベルの違いがあるかもしれないが、勇者パーティーにいた聖女でもあそこまでの芸当は不可能だ。
前々から秀でているとは思っていたが、神聖術においては聖女を超える能力を持っているかもしれない。
「私は一体?」
「先ほどエバン殿から不意打ちをされたのです。エバン殿は無力化されたので心配をなされるな」
「ハロルド王子はどうなっています!?」
言葉をしゃべることで意識がしっかりしてきたのか、オフィリアは焦燥に駆られたようにマスキオ神父の肩を掴んで揺さぶる。
「まだ戦っておいでです。ですが、疲弊された殿下ではレオンは打倒するには心許ないかと」
「癒しの施し感謝いたします。行かせていただきます」
襲撃された際に気絶していたことが功を奏して、こちらに気づかずにそのままハロルドの元に向かっていく。
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