第19話 謀略
何もない世界。
ひたすらに黒一色で統一された視界。
名門貴族であり、傑物の多く輩出するダート家に、生まれながら目が見えないという不具の身で生まれてきたオフィリアに対して、一族のものたちは、どれほど恵まれた職業をもらったとしても、彼女は大成することはできない身の上で断じ、嘆きの言葉を吐いた。
幼いオフィリアは絶望した。
女神の祝福に最上の働きを持って応えることが最上の幸福であるとする一族の価値観を教えれる中で、どうしようもなくその価値観に応えられなかったからだ。
努力や心がけではない致命的な欠陥を抱えていることを完膚なきまでに彼女は理解してしまったのだ。
教会から職業を告げる託宣の手紙をもらった時も、半ば興味などもなかった。
より良い職業をもらったとしても、活かせるだけの体が用意されていないのだ。
「お嬢様の職業は聖律師となります」
職業の名を聞くと、何かが噛み合うような感覚に襲われ、視界に変化が生じ始める。
何も映らない視界の中で、光が形を取り始めたのだ。
目の前で手紙を読み上げるメイド、不安げな顔をする両親の顔、床、机、一際大きな光を生じさせる壁に立てかけられた剣。
彼女は初めて世界が息づくのを感じた。
世界がこれほどまでに複雑で美しいものだとはオフィリアは思いもしていなかった。
傍で託宣の内容を聞いていた両親も涙を流す娘の様子から変化に気づき、目と目があったことで目が見えることを察し、オフィリアを抱きしめ、同じく涙を流した。
その後、オフィリアは王立騎士学園で功績をあげ、騎士団に入った後も優秀なものが多いダート家の中でも類を見ないペースで武功をあげて、教会に所属しているにも関わらず。わずか10年足らずで騎士団の最高位である騎士団長に昇格した。
現在いる騎士団長の中でも最も若く、女神に対する敬虔な態度を取る彼女は市井の尊敬を欲しいままにし、幼少期の不遇なものからは想像のできないような鰻登りの人生だった。
だが昇進の機会をオフィリアに奪われた老練の騎士の妬みによる暗殺未遂が起ったことで翳りが差した。
神の祝福しか認識できないオフィリアに対して、祝福を一切持たない無職の者が刺客として差し向けられたのだ。
全く認識の外から刃で首元を切り付けられ、見えないものがあることに動揺しつつもオフィリアは刃に込められたわずかな祝福を頼りにして、相手を返り討ちにした。
幸いなことに無職の力ではオフィリアの肉体を傷つけるには至らなかったが、目に見えない祝福を与えられなかったものに対する恐怖が彼女の中に芽生え、祝福を受けていない無職や祝福の薄いものに対して苛烈な態度を取るようになり、自然と祝福を受けられなかったものはそれだけ人間性や考え方に下劣なものだと断じるようになった。
ーーー
「無職の者がそこにいたというのですか?」
オフィリアは声が震えるのを抑えて、ハロルドに尋ねる。
ハロルドは鷹揚に頷き、事後報告を続ける。
「そうだ。その者があの状態で魔王軍幹部とそれに与する者を我々と引き離した。マスキオにも地面にあった血を鑑定させているから間違いはないだろう」
「その者は人族を裏切り、魔族に与したというんですか。祝福の持たない者の下劣さは知っていましたがまさかそれほどとは。生きているだけで害悪の塊だというのに、それを助長するような真似を」
「陛下。まるでノインに非があるような言い方ではないですか。あの力のない少女は魔族に脅されてイヤイヤ言うことを聞かされているだけに過ぎません。しっかりと時間をかけて私のもとで再教育をすれば、いいだけの話なのです」
「マスキオ神父、あなたは慈悲の心があまりにも大きすぎる。イヤイヤ言うことを聞かされようと、罪は罪です。それに第一に自らの命と王国を天秤にかけて、自らの命を取る浅ましさは看過できることはありません」
「ノインが浅ましいものかどうかはまた別だが。あの娘は間違いなく、この戦場において一番の脅威だ。マスキオの言う通りに、生け取りにするのは酷く難しい。次見える時は、必ず我々か、ノインそのどちらかが、倒れるだろう」
ハロルド、オフィリアの二人がノインに対して、毅然とした態度を取ることで、マスキオが欲望を満たすために提案した生け取りの案は棄却された。
マスキオは魔王軍幹部であるクリスを二人が追い詰めたことで、可能性として十分可能ではないかと思っての提案だったため、釈然としない。
ノインは確かに賢いかもしれないが、それを活かせる道具がなければただの幼い子供と変わらない。
クリスを十分に倒せると確信できた今、警戒する意味がマスキオにはわからなかった。
「陛下。流石に我々が倒れるというのはノインを警戒しすぎではないでしょうか。先ほどは確実にクリスを追い詰めていたのですし、ノイン単体となれば、それほどの力などありません。無職の少女に勇者であるあなたが恐れ慄くなど王国民の信が揺らぎますぞ」
「いやノインは生きることに対しての執着が酷く強い。例えクリスが無力化されたとしても魔族の土を踏む限り、あらゆるものを使って、我々という死の危険を排除しようとするだろう。それにあのものの賢いは常のものとは種類が違う。ただ何かを知り、それをうまく活用するだけではない。さらにその先がある」
「その先ですと」
「そうだ。奴は一つだけでは飽き足らず。複合的に策を展開する。一つの策を認識した時にはもう一つ、二つの策がおき、気づいた時には多くの者がそれに飲まれている。先日、私の所属する騎士団が壊滅させられたのもそれだ。現状の我々でノインの裏を予測して、完封するだけのものはここにはいない。確実に後手に回る。その時に我々の誰かが犠牲にならない保証はない」
「あの無職を相手どるだけでそこまで言いますか。私もあれは罰せねばならない対象であるとは思いますが、それほどまでのことができるとはにわかには信じられません。神から見捨てられた者がそれほどまでのことができるなど」
確信を持って告げるハロルドに対して、頬を汗を流しつつオフィリアが疑問を投げかける。
オフィリアはできるはずがないと思いながらも、普通の人の目にさえ見えないものが見える自分の目に一切として映らない無職という未知数の存在が無茶苦茶な功績を作ることができないとは言い切れなかった。
むしろ知りえているものが悉く見込みがない中で、唯一見込みがあるものと言ってもいいものだった。
だがどうやったとしてもその可能性を認めたくなかった。
万一にでも祝福の薄いものがここにきて、そんな可能性も持ち合わせる価値のあるものだとしたら、オフィリアが積み重ねてきた人生の価値観の根本が揺らぐからだ。
「ノインならできる。あの少女は何度も奇跡を起こしている。王国では評価されてない力を持ち合わせているのだ。本来ならば王国のように、職業を至上主義に掲げるものたちには天地がひっくり返っても使えるような者ではないだろう。それが可能だったのは一重に首輪であの者を拘束していたからだ」
次期国王にここまで言わしめる者。
名実ともに職業至上主義のトップに君臨する者に言わせてしまった者。
どれだけ目を背けようと認めざるを得ない事実がそこにはあった。
オフィリアは自分の土台が崩壊していくことを感じながら、歯を食いしばった。
ーーーー
よく見覚えのある白いテントの天井。
だが微妙な汚れの位置の違いから、それが自らの麾下にある白翼騎士団のものでないことにエバンは気づいた。
「っ!」
起き上がると頭痛に襲われ、ハロルドたちに対して晒した醜態と恐怖の記憶が同時に蘇ってきた。
金切り声をあげたくなる衝動を抑えつつ、ベッドから立ち上がる。
こんなところで寝ていたところであるのは逃れられない破滅だけだ。
主君に対する謀反など確実にエバンの首一つで治る出来事ではない。
まずお家取り壊しは確定したも同然。
「ただ弱いだけで身代わりにするしか有功利用できなかったと言うのに。なんでそんな奴がいきなり勇者としての力に覚醒して、状況を覆すと言うのか」
まずそんなことが起きるはずではないと言うのに、現実には実際にできて可能になってしまった。
そのおかげでこの通り、どこかに退避しなければいけない状態に押し込まれている。
そうしなけれ今のエバンの命は風前の灯のようなものだった。
今回の殺人未遂以外にもエバンにはハロルドに恨まれる言われなどいくらでもあるため、どうやっても意趣返しがあることは間違いがなかった。
実際のところは、ハロルドの扱いに関しては王族において酷いものであったので、エバンの傍若無人な振る舞いを特別に酷いものと思っていなかったため、特に責める気はない。
だがエバンは人の立場に立って物事を考えるという能力が著しく欠けていたため、環境や経緯が違おうとも自分基準でしか考えられず、完全に粛清されると思い込んでいた。
「ここにいれば後はない。まだ人族であることを隠して魔族領を流民として放浪する方がマシだ」
道中で出会う騎士は切り捨てて、脱出することを誓うとエバンはテントを出る。
なるべくバレないようにする気はあったが、隠密系のスキルはゼロなので、目撃されたら声を発する前に絶命させるしかない。
神灯騎士団は神聖術が使えるものが多いので、継戦能力は高いが防御を得意としているわけではない。
騎士団長の中で特に攻撃に秀でているわけではないバランス型のエバンであっても、一撃の元のに命を刈り取れる。
ざわめきの声が大きい魔族と騎士たちがぶつかりあっている方向から逆の方向に進路を取ると、駆けていく。
進行方向を駆けていく途中で、くたびれた女騎士がいたので、袈裟に構えると、大きな声を張り上げた。
「白竜騎士団壊滅! 魔王軍幹部、覇拳のレオン、進軍してきます!」
発見され反射で声を上げられたと思い、しまったと思ったが、続けられた言葉でそうでないことに気づいた。
魔王軍幹部という言葉を聞いたせいで、クリスに団を壊滅させられた忌まわしい記憶が蘇った。
あんなものと単独で遭遇すれば、確実に命がない。
前にも後ろにも脅威一色。
逃げ場などどこにも存在しない。
もはやエバンにあるのはできるだけマシな方にいくことだけだ。
もっぱらの噂によると覇拳のレオンは、話すにたる価値を持つものには敵味方問わずに耳を傾けるという。
ここで利用価値があるとレオンに思わせるには、手柄がいる。
今の状況から考えれば、オフィリア、もしくはハロルドの首が妥当だろう。
だが二人は共に行動をしているはずなので、手に入れるのは至難の技。
それにたとえ分断したあとも問題がある。
ハロルドには逆立ちをしても敵わないことは明白であることを考えれば、オフィリアを狙うしかないが、純粋な剣士であるエバンでは、遠距離にも対応できるオフィリアでは状況によっては逆に返り討ちに遭う上、噂によると見ることである程度の心の中を見ることができるという話だ。
エバン一人でやるにはあまりにも厳しい。
協力者がいる。
「一か八か、あいつに頼むしかない」
神聖術師であるあの男ならば、本分を果たすために離れて行動する必要がある上、エバンの勘があの男ならば協力してくれると告げていた。
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