第17話 透明マント
遺物のマジックバッグから遺物を取り出していると、面白いことに気づいた。
このマジックバッグは心の中でこれが欲しいと思い浮かべながら、引き出すとこちらの要望を汲んで、望みのものをあらかじめ引き寄せてくれるのだ。
なので、もの自体を知らずとも、簡単に今手元に欲しいものがすぐに出せる。
一つ一つ何に使えるか、確認せずとも引き出せるので、遺物の選別を大幅に時短することができた。
おかげで夕が落ち切る前に、偵察に使えるだろう遺物を手元に揃えることができた。
「物は揃えられたし、覗きに行くことにするか」
遺物の一つである着たものの姿を透明にする伸縮機能付きの白マントをかぶり、家の前に溜めてある水で姿が通らないことを確認すると、家の中に戻り、移動距離を稼げる靴を履く。
若干大きかったが、赤いガントレットと同じですぐにサイズがぴったりに調整される。
身につけるもので必要なものは装備できたので、マジックバッグを背負うと、戦場に向かう。
靴の遺物の能力は想像以上に高かった。
一度踏み出しただけで、騎士団と魔族が戦っている渦中まで、一瞬で辿り着いた。
確認したかったのはこの様子だったが、どれだけ移動したか、把握できていないので、どの騎士団なのかがわからない。
もう少し接近すれば、騎士団ごとに特徴的な戦いをしているのでわかるはずだが、姿が見えないとはいえスキルによっては発見される可能性もなくもないので、できればあまり近くにはいきたくない。
何かに注目が集まればいいのだが。
そう考えるといるといきなり大笛を吹く音が聞こえ、人族の騎士たちが接敵していた魔族たちから離れていく。
距離を空けていく人族に向けて魔族が追随するが、緑色の光の束で、足を引っ掛けられ相次いで転倒して、足止めされる。
光の束を見て、この騎士団が神灯騎士団だと確信した。
あの光の束は団長であるオフィリアの好んで使用する技だ。
基本的に祝福を見て、人や物を見ているらしく今神の創造物である祝福の塊のような遺物を持っている現在の状態で彼女に見られたら、視認される可能性が高い。
偽装系の遺物には祝福まで覆い隠すものが多いというが、もしも今着ている透明マントになかった場合は、無職や祝福の薄い物を嫌悪するあの女のことなので、即殺される可能性が高い。
透明マントの性能に賭けて、死のリスクを犯すのは流石に割に合わない。
神灯騎士団は主力というわけでもないし、主力である白竜騎士団の方が重要なのでそちらを見るようにしよう。
今履いている遺物の靴は少し性能がピーキーすぎるので、変えようと思いマジックバッグを漁るが何も引き出せない。
移動する遺物はどうやらこれ以上入っていないようだ。
莫大な量があるはずなのだが、移動に関する遺物はごく僅かなようだ。
黒龍の時も全くそれらしい系統の遺物も見つからなかったので、こんなものか。
あの任意の場所を視認できる水晶がこのマジックバッグの中に入っていれば、こうして現地に赴かずに確認できれば早かったのだが、最初にマジックバッグのカラクリに気づいて、引き出そうとした時になかったのでしょうがない。
もう一度一歩を踏み出して、移動しようかと思うと、上空に光弾が飛び、目を釘付けにされた。
あれは勇者が使えるスキルの冠斬というものだ。
前回ハハーンが使っているものを見た時よりも2倍以上、光弾が大きい。
ただでさえ広範囲のものを殲滅する強力なものだというのに、あれならばあそこにいる魔族軍を全滅させるクラスのものになることは想像に難くない。
ハハーン死んだはずだというのになんであのスキルが。
困惑しつつ後方から飛ばした付近を見ると、銀の鎧の騎士たちの中に特徴的な蒼銀の鎧を着た金髪の男を発見した。
ハロルドだ。
位置的にはおおよそあの位置なのはずだが、特段遺物などを装備していないハロルドが、あんなものを飛ばせたとはにわかには想像できない。
勇者のことについてはハロルドやハハーンが詳しい概要や伝説の類については語らなかったために知らなかったが、もしかしたら聖女のように類縁者に継承される類のもだったということだろうか。
それでなければ今起こっている現象を説明できない。
参ったな。
クリスの代わりに増援されていくるだろう魔王軍幹部の一人と戦う可能性は想定していたが、死んだはずの勇者が継承されて戦場に存在しているとは想像だにもしていなかった。
クリス一人に魔王軍幹部と勇者を相手取るのは荷が重いだろう。
ハハーンの時は瞬殺だったが、パワーアップしている上にクリスと同等とされている魔王軍幹部を捌きながらも同じ結果は出せないことは想像に難くない。
できれば山ゴブリンの村にたどり着く前に、処分しておきたい。
以前は私に対して比較的に友好的な態度はとっていたが、今は大幅に状況が変わっているため、私に慈悲を与えるということをする確率は低いだろう。
実質上も名目上も次期国王として申し分ないのだから、それに伴う行動をする必要にハロルドは問われている。
その中でも王国では不浄なものとして扱われる無職の私に慈悲を与えるというような、わかりやすい弱点を作る余裕などは存在しない。
クリスがダンジョンから帰還したら、早々にハロルドを戦闘不能にするように動かなければならない。
今回の偵察はこれだけでも十分以上の収穫だろう。
勇者は派手なスキルが多いので、これ以上戦場にいるのは巻き込まれる可能性も高い。
ひとまずは撤退一択だ。
踵を変えてもと来た道を戻ろと思うと、何かが弾ける大きな音と背後から爆風が吹いた。
これは強者と強者がぶつかりあった時によく起こることなので、背後でハロルドが強い敵とぶつかったことを把握した。
今のハロルドと互角以上の戦いをできるのは、私の中では魔王軍幹部しかいない。
もしかしたらもうすでにクリスの代わりの魔王郡幹部は派遣されているのかもしれない。
ちょうど近くにいるこの距離で確認をしないのはのはあまりにもリスクが高い。
振り向いて、魔王軍幹部を見ると、そこにはクリスがいた。
状況は読めないがあまりコンディションがよくないことは、余裕のない表情と動きのキレがなくなっていることから理解できた。
今のハロルドがどれだけ強いのかはわからないが、クリスとしてはあまりいい状況ではないだろう。
ハロルドが上回っていたとしてもオフィリアが来れば覆るし、ハロルドを下回っていれば、そのまま打ち倒されてしまう。
どちらであろうが、ろくな結果は待ち構えてはいない。
そんな状況でこうしてクリスがハロルドに対して、こうして突っ込んできたのは、オフィリアの存在を知らないか、そうせざる以外に選択肢がなかったかだ。
後者であればクリスは天邪鬼であるため、気負いや恐怖が顔に出ると思うが、今回の場合はそれは見えないので、前者のパターンだろう。
どうしていきなり出てきたのかは、すぐに接敵できるが、先ほどまでの状況を全く把握できない場所を消去法で考えると、近くの地面の大穴が雄弁に語っていた。
あの地下にあるダンジョンに通じる穴ーー先ほどハロルドが大技を使った時にできた大穴から這い出してきたのだ。
あの大穴はダンジョンの下層に繋がっているのだろう。
冠斬が威力の凄まじい技だというのは知っているが、いくらなんでも地面が一部分だけ捲れすぎだし、吹き飛ばされた地面は今まさに一人でに動き出し、穴を塞ぎ始めていることを考えても、こんな異様を示せるポテンシャルがあるものは神が構成しているダンジョンだけだ。
推測を深めているといつの間にやら、接敵をやめて逃げに転じたのか、わからないが、ルイナを担いだまま空中で光の束に捉えられているクリスの姿が見えた。
どうやら状況の不味さに気づいて、逃げに転じたが、捉えられてしまったようだ。
このまま隠れていれば、とりあえずのところ私の命はこの場では繋がれるが、そのあとが続かない。
ルイナがいることで私に対して好意的な態度をとっているだろう山ゴブリンが私の話を聞く可能性は低そうだし、たとえ彼らの協力が得られたとしても、クリスのような規格外の戦力がいないのでは、まず相手にはならず、ごし押しで押し負けることは前に見えている。
ここでこの二人を失うのはあまりにも致命的すぎる。
今持っている遺物を総動員しても二人をどうにかして、生還させる必要がある。
だがクリスたちに近づくということは、ハロルドたちの近づくということを意味する。
危険は今見えている戦場の中で一番高い。
頭の中で再度、今危険を犯さずにこれからの峠を乗り越える方法を考えるが、やはりダメだった。
ここで賭けに出るしかない。
まず近づけなければならないが、オフィリアがこの透明マントを視認できるのならば、まず真っ先に移動中に殺されるだろう。
一か八かになってしまうが、今は近づいて二人をマントの中に引き摺り込んで神隠しをする他にない。
下手に遺物を使ってアクションを起こすと、場所が特定される可能性がある。
移動用の遺物はピーキーすぎるので、一度脱いで、魔法と剣と拳が交差する渦中に向けて、騎士たちの間を抜けて向かっていく。
クリスとルイナは拳と光球で、繰り出される剣と光の束を捌くが、幾本にも枝分かれした光の束に翻弄されて、徐々に傷が増えていく。
いつものクリスであれば、大技を繰り出したハロルドを潰してから、一気呵成にオフェリアを叩きのめすことができるので、やはり、大きく疲弊をしている。
ハロルド側の攻撃が主にクリスを狙ったものが多いことを考えるとあの中で真っ先に潰れるのは、クリスであることは想像に難くない。
クリスがこちら側の一番大きな戦力なので、私としてはそれは一番やられたくないことだ。
音を出さないように細心の注意を払いつつ、急足で渦中に向かう。
マントの中に二人を引き摺り込んだら、すぐに異物の靴を履いて、進路は気にせずどこでもいいので移動するしかない。
いよいよ騎士たちを超えた先にいるクリスたちと目と鼻の先までたどり着く。
かなり近づいているはずだが、オフィリアは目の前のクリスに集中しているからか、こちらに対して反応を見せない。
ハロルドが引き、ハロルドが再び入れるようにオフィリアが攻勢を弱めたところで、クリスたちにマントを被せるために飛ぶ。
流石に透明だったため気づいてなかったのか、マントの中に入れるとクリスとルイナは目を丸くする。
無論説明する時間などないので、遺物の靴を履いてクリスに触れると、すぐに一歩を踏む。
景色が流れて進む、直前。
片口に鈍い痛みを感じたが、目の前には荒野が広がるのを見て、脱出に成功したことを悟った。
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