Kさんが死にかけた話

丁山 因

Kさんが死にかけた話

 Kさんは明るくて、誰とでもすぐ仲良くなれる女性だ。

 歳は30代後半で体型は少しふくよかだけど、それ以上に包容力があって職場の人からも好かれている。

 このKさんかなり霊感体質らしく、小学校に入るくらいまでは日常的に霊が見えてたそう。


「大人になってからは滅多に見いひんけどな」


 明るく笑いながら、Kさんは今まででした一番奇妙な経験を話してくれた。


 まだ社会人になりたての頃、職場の仲間が車を出すというので、みんなと和歌山の海水浴場へ遊びに行ったそうだ。

 1日たっぷり遊んだ帰り道、どこかで夕食を食べようという話になった。

 入ったのはロードサイドのとある飲食店。皆が食事を終えて一服してるとき、突如Kさんは腹痛に襲われた。


「何か変なもんでも食べたかな~」


 と言いながらトイレへ駆け込む。


 便座に腰掛けて用を足していると、急に全身が動かなくなった。


「ああ、こら金縛りやなって思たんや」


 金縛りは幾度か経験していたらしく、この時も特に慌てたりしなかったそう。


「せやけどトイレの最中で、こっちはパンツまで下ろしとるもんやから、困ったな~って思ってな」


 しかしまったく身体が動かない。いつもだったらもがいていたら大抵の金縛りは解けたそうだが、この時ばかりは違っていた。


「ずっとうつむいたままで、どうしよーって思ってたわ。なにせ声も出せなかったから」


 Kさんが固まってると、視線の先の床から変な物が出てきた。


「あら指やわ、間違いない」


 人の指が第2関節くらいまで床から出てきて、うねうねと動きながら何かをまさぐるように床を動いていたそうだ。


「ああ、こら霊やな~」


 漠然とそう思ったが、この時点でもKさんはまったく怖くはなかったらしい。


「ほんで10分くらい経ってからな、友達の女の子が心配して見に来てくれたんや」


 店員に事情を話してKさんのいるトイレを開けてもらったそうだ。


「そしたらその子、ビックリするくらい大声で『ギャアーー!!』って叫んだんや」


 その後すぐ救急車を呼んだらしく、ものの十数分でサイレンが聞こえてきた。


「ほんで隊員さんがトイレに入ってくると、大声で『心肺停止!』って言ったんよ」


 その後ストレッチャーに乗せられて救急車に担ぎ込まれた。


「トイレの途中でおケツも拭いてないし、パンツも下ろしたままやし、さすがにタオルで隠してはくれたけど、恥ずかしくってしょうがなかったわ」


 救急車の中では心臓マッサージと人工呼吸が続けられてたが、Kさん自身はずっと意識があった。


「ただの金縛りやのに何してんのや?って思ってたわ」


 普通はかなり深刻な状態なのに、意識があったせいでKさんはこの状況が不思議でしょうがなかったらしい。


「そんでな、病院行く途中で私、急に息吹き返したんやて」


 突然金縛りが解けたKさんの第一声は「お尻拭いてない」だったそうだ。


 息を吹き返したとは言え、Kさんは病院で診察され、その日は一泊だけ入院した。


「ほんでも次の日は退院して、午後からは仕事したわ」


 Kさんの奇妙な経験はこれで終わりだが、その話を同僚達としてたら、アルバイトの男の子が会社のパソコンで調べてくれた。


 何でもその飲食店は関西地方では有名な店で、霊の目撃情報が絶えないところだったらしい。


「まあ、味はそこそこやったけどな」


 さすがのKさんもその店には2度と行きたくないそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Kさんが死にかけた話 丁山 因 @hiyamachinamu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ