第18話:SideGM 三十
八幡流星の訴えを聞き、装置が動いた。
三回に加え、更に三。これで六進んだことになる。終了条件の三十まではまだ遠いが、ここで八幡流星が順番を譲るとは思えない。
そんな予想の通り、機械音を聞いた八幡流星はすぐさま「三、進めろ」と言い切った。
再び機械音が聞こえてくる。これで九だ。続けざまに八幡流星の指示により十二に増える。
最初こそ唖然としていた日下部春樹が慌ててガラスの個室に駆け寄り「八幡さん!」と彼を呼んだ。
「八幡さん、なにを考えてるんですか! 出てきてください!!」
「三、また三だ。何してるんださっさと進めろ!」
「八幡さん!!」
日下部春樹がガラスの扉のドアノブに手を掛ける。
扉の鍵は入室時に施錠され、数字を指定し機械が動き終えると開錠される仕組みになっている。今は鍵が開いている状況で、日下部春樹が扉を開けるや八幡流星を引きずり出そうとした。
だが八幡流星がそれに従うわけがない。「邪魔をするな!」と鬼気迫る声で怒鳴り返すと、腕を大きく動かして掴んでくる手を振り払った。
「早く進めろ! 三って言ってるだろ!!」
「待ってください!」
ゲームの進行を急かす八幡流星の声と、それを止める日下部春樹の声が続く。
無理にゲームを進めることも引きずり出すことも出来ず、どちらも声を荒らげ腕を掴んでは振り払うと繰り返している。
このやりとりに稲見メグはすっかりと怯え切っており恐怖と不安でぐずるように泣き出してしまった。それを常盤紅子が抱きしめて宥めながら「二人共、落ち着いて」と躊躇いを露わになんとか場を鎮めようとしている。
だが機械は動かずにいた。扉が閉まった状態でないと機械は進まないのだ。
これは三十に到達するカウントをした瞬間に逃げるのを防ぐためである。
モニターに映るゲーム参加者達もそれに気付いたのだろう、理解した八幡流星が表情を渋め、そして日下部春樹の胸を強く押して突き飛ばした。以前のゲームで胸部を負傷していた日下部春樹が悲痛の声をあげて体をよろめかせ、頽れるようにその場に尻もちをついた。
胸元を押さえて身を縮こませて痛みを堪えている。肋骨を折られた上に突き飛ばされれば当然だ。あどけなさの残る顔を顰め、苦し気に開けた口からヒュッと細い音を漏らした。
「八幡、さん……、なにを……」
「悪い。だがもう時間が無いんだ……」
「時間?」
日下部春樹が制限時間を示すモニターを見上げた。
確かに制限時間は一秒また一秒と減っている。
元よりこの制限時間は、ゲーム参加者に腰を据えて話し合うほどでの長さは無く、さりとて何も理解せずに翻弄されるまま進めるほどの短さでもない絶妙な時間設定にされている。参加者はゲームを理解し、混乱のまま話し合い死を押し付け合い、そして迫りくるタイムリミットに怯えて過ごすのだ。
残り時間を見上げて日下部春樹が眉根を寄せた。だがそれに対して「違う」と否定の言葉を投げかけたのは、他でもなく「時間が無い」と発言した八幡流星だった。
「俺の時間が無いんだ」
「八幡さんの?」
どういう意味かと日下部春樹が問えば、八幡流星がおもむろにシャツの腹部を捲った。
下腹部に深い刺し傷がある。傷の範囲で言えば親指指ほどはあるだろうか。深さは相当で、傷から溢れる赤黒い血で彼の下腹部が染まっている。
八幡流星が深く息を吐いてシャツを戻す。黒一色のインナーシャツ。よくよく見れば、黒一色のシャツは血を吸い込んで色濃くなっている。
「八幡さん、それ……」
「久我だ。揉み合った時にやられた。これでもう隠す必要ねぇな……、あぁ、くそ、いってぇ」
「は、早く治療しないと」
「ここじゃ無理だろ。ちまちまゲームなんてやっても間に合わねぇ……」
服の上から傷を押さえ八幡流星がガラスの個室の扉を閉めた。
すぐさま機械を進めるように指示を出してくる。
扉が施錠され、機械音が三度響く。その音が止むや直ぐに三のカウントがされ、続けざまに機械が進行した。
これで十八。既に半分を切った。
日下部春樹の邪魔が無くなったからか八幡流星は連続で【三】を指示し、機械がそれに続く。
二十一、
常盤紅子が恐怖と不安を露わにした表情でガラスの個室を見つめる。
彼女に抱き着いて顔を埋めていた稲見メグが小さな手で己の耳を塞いだ。機械音も、何もかも、全てを拒否する姿勢だ。
二十四、
モニターには回転式のカウンターが表示されており、それがクルクルと勢いよく回っていく。
二十四から二十七へ。
ついに終了条件の三十が目前に迫り、観客達の瞳が輝き出した。
死を前に恐怖する顔を、藻掻く様を、そして無様に惨たらしく死ぬ様を見られる。そんな期待がひしひしとゲームマスターに伝わってくる。
とりわけ日野岡は歪んだ笑みを浮かべており「クソが、早く本性見せろよ」と呟きながらしきりに指の爪を噛んでいる。
数字は既に二十七に到達し、これで八幡流星が脱落する事は無くなった。
残りは日下部春樹・常盤紅子・稲見メグの三人。どんな順番であろうと、彼等が最小の数字【一】を申告しようと三十に到達する。脱落者として死ぬのは三人の内の一人だ。
だが……。
「これで二十七。次で最後だ……。三、進めろ」
八幡流星が苦し気な声で、それでもはっきりと、最後のカウントを告げた。
◆
「え、」
ゲームマスターの耳に届いた声は、観客席側からか、それとも背後のモニターからか。もしくは自分の喉から出たものか。
誰もがモニターを信じられないと言わんばかりの表情で見つめている。先程までは陰湿な笑みを浮かべていた日野岡も唖然としており、噛み千切った爪の端が彼の口の端から落ちた。
今、八幡流星は【三】を指示した。
二十七まで進んだ現状で【三】を進めれば終了条件に到達する。つまり八幡流星の脱落だ。
数字を間違えたわけではない。錯乱している様子もない。
彼は強張った表情を浮かべ、次いで深く息を吐くとゆっくりと目を閉じた。
まるで己の死を受け入れるかのように。
「は……、はぁぁ!? ふざけんなよ!こんなの有り得ねぇだろ!!」
怒声を上げたのは日野岡だ。
今まではぶつぶつと呟くか喋っても聞き取りずらい小声だったというのに今は声を荒らげている。この男でもこれほど大きな声を出せるのかと場違いに感心してしまうほどだ。
先程まで齧っていた手で机を何度も叩き、振動によってワインの入ったグラスが倒れて中身が飛び散ったがそれすらも気に掛けていない。
「こんなんで直ぐに死なせられるわけないだろ!! ゲーム中止しろ!」
「日野岡様、落ち着いてください。申し訳ありませんがここでゲームを中断する事は出来ません」
「ふざけんなよ! くそっ、こんな、……くそがっ!」
元より根暗な性格ゆえか罵倒のレパートリーが無いようで、日野岡は「クソが」「ふざけんな」といったチープな単語を繰り返し、ついにはドカとソファに座り込んだ。
今まで存在を消して空気と化していたスタッフがそっと現れてテーブルの上に零れたワインを片付け出すが、それに対して「さっさと新しいの持ってこいよ!この屑が!殺すぞ!」と怒鳴り散らす。完全なる八つ当たりだ。
結局のところ日野岡にはゲームそのものに逆らうほどの気概と度胸は無く、格下であるスタッフで憂さ晴らしをするしかないのだ。
小さな男だ。
だがここで侮蔑の態度を取るわけにはいかず、さりとて日野岡のご機嫌取りに徹してゲームを捻じ曲げるわけにもいかない。ゆえにゲームマスターはあくまで冷静に「ご期待にお応え出来ず残念です」と返しておいた。
次いでモニターへと視線を向ける。そこではガラスの個室の中に入りじっと目を瞑る八幡流星と、それを恐怖と緊張の面持ちで見つめる日下部春樹達の姿が映っていた。
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