第29話 アオハル・トライアングル①

 俺と碧は恋人になった――――


 まぁ、互いに「自分達って恋人だよね?」と改めて確認したわけではないので、万が一……いや、億が一の可能性で違うのかもしれないが、俺的には自信を持って恋人だと言える関係になれた。


 だ、だって、昨日ちゃんとキスしたし……。


 唇を触れ合わせたことで、俺は昨日確かに碧の気持ちも理解することが出来た。


 碧が俺のことを幼馴染として、親友として好いてくれているのはもちろん、新しく異性――恋人として好意を抱いてくれているのを自覚した。


 しかし、遂にだ……遂に俺の夢が叶ったんだ……!


 思わず口許をニヤけさせてしまいそうになるのを何とか堪える。


「……ユウ、何ニヤニヤしてるの?」


 ……どうやらニヤけは全然堪えられていなかったらしい。


「いや、こうやって並んで碧と登校してる時間を噛み締めてるんだよ」


「噛み締めるも何も、いっつも一緒に登校してるじゃん」


「そ、そういうことじゃないだろ……」


 確かにいつも通りだ。

 俺より少し早起きな碧が、朝、俺を家まで迎えに来て、一緒に登校する。


 その構図だけ見れば何も変わっていない。


 けど、そうじゃないじゃん!?


 今までは仲の良い幼馴染であり親友として。


 これからは――――


「んもぅ、拗ねないでよ~」


「碧……?」


 恋人になったことを気にしているのは自分だけなのかと、俺が少しショックを受けていたことに気付いたのか、碧が苦笑いを浮かべて身を寄せてきた。


「冗談が通じないんだから~。ボクとユウがその……恋人になってから、始めての登校、だもんね?」


「……っ!?」


 碧がそう言って、腕を絡めてきた。


 俺は大きく心臓を跳ねさせながら、碧の顔を見る。


 すると、慣れないことをして恥ずかしそうに頬を赤らめており、とてもいじらしかった。


「な、何だ。わかってるのかよ……」


「そりゃ、わかってるよ……」


 えへへ、と碧が隣で笑ったのを聞きながら、俺はしばらくこうして碧と身体を寄せ合いながら学校までの道を歩いていった。


 流石にしばらく進んで学校が見えてくると、他の生徒達の姿が多くなってきたので、俺達は腕を解いていつも通りの距離感を保つ。


 そして、校門を潜った辺りで、碧が「そういえば――」と話を切り出してきた。


 僅かに声のトーンが下がっていることから、大切な話なのだろうと推測できる。


 また、その内容も、恐らく俺が思っていたことと同じだろう。


「ボク達のこと……楓香ちゃんにきちんと言わないといけないよね?」


「ああ、俺も同じことを考えてた」


 楓香は堂々と俺への好意を宣言している。そして、その上で俺へ積極的にアプローチしてきてくれていた。


 俺は何度も楓香にドキドキさせられたし、何なら異性としても好きになっていたんだと思う。


 それもこれも、楓香が努力していたから。


 だから、俺はそんな楓香に誠意を持った対応をしなくてはいけない。


 それが、告白された側の義務だからだ。


「楓香には俺から話すよ」


「ううん、ボクからも楓香ちゃんに話したい」


 碧としては楓香と対面しづらい立場だろうと思っての提案だったが、どうやら余計なお世話だったらしい。


「了解。なら、放課後にでも二人で楓花に話しに行こう」


「うん」


 放課後の予定が決まったところで、俺達は学校の玄関に到着し、上履きに履き替えて自教室へと向かった。



◇◆◇



「……おい、貴様ら。一体どうした?」


 教室に着いたので、いつも通りカバンを下ろして荷物を整理し、席に座っていたつもりなのだが、唐突に智輝が声を掛けてきた。


 その目はなぜか、怪訝に細められている。


「いや、突然どうしたと言われてもな……」


 俺は普通に碧と話していただけなんだが……と、碧の共感を得ようと思って視線を向けると、やはり碧もよくわかってなさそうに肩をすくめて答えてきた。


「も~、智輝は聞き方が抽象的すぎるのよ~」


「し、しかしだな……」


「はいはい、私が代わりに聞いてあげるから」


 智輝の傍に立っていた倉木さんが、そう言って智輝を宥めたあと、俺と碧へ視線を交互にやった。


「でもまぁ、確かに私も気になるかな~。桐谷君と碧ちゃん、何か雰囲気がいつもと違うしねぇ~」


「「……ッ!?」」


 俺と碧はそんな倉木さんの言葉に身体を震わせた。


 そして、互いに目を見合わせて、視線でやり取りをする。


「(お、俺達……そんなにわかりやすかったかな……!?)」


「(さ、さぁ……全然そんなつもりはなかったんだけど……)」


 特にあらかじめ二人で恋人になったことを隠しておこうなどとは決めていなかったが、何となく聞かれてもいないのに自分達から宣言するのもどうなんだと思い、その話題には触れていなかった。


 態度としても、俺達的には普段通りのつもりであった。


 しかし、それでも智輝と倉木さんには俺達の間の何かが変わったことに気付いたらしい。


「え、えっと……どうする、碧?」


「んまぁ、別に隠すようなことでもないし、言っても良いんじゃないかな?」


「確かに」


 俺は碧に確認が取れたところで、一つコホンと咳払いをする。


 そして、智輝と倉木さんに顔を向けて言った。


「じ、実はだな……俺と碧は、付き合うことになりました……」


「「……ん?」」


「え、何その反応?」


 てっきり「ほ、本当か貴様……!?」とか「え~、おめでとう~!」とかいった反応が返ってくるものだと思っていたが、実際二人の反応はかなり薄い。


 というより、どこか呆れている感じすらある。


「いや……やっとかと思ってな……」

「だね~。特に驚きはないよねぇ~」


 智輝はメガネを持ち上げながらため息を吐き、倉木さんは曖昧な笑みを浮かべていた。


「まぁ、元々貴様らは付き合ってなくて付き合ってるようなもんだったからな」


「……そ、その構文を逆で使う奴初めて見たぞ」


「仕方ないだろ。実際その通りなんだからな」


 確かに元々仲は良かったけど、俺の好意が一方的だったんだから、別に付き合っているようには見えなかったと思うんだが……。


「碧ちゃんは多分、最初から桐谷君のことが好きだったんだよ~。ただ、無自覚過ぎて、恋愛感情がないって錯覚してただけ~」


 倉木さんの言葉に、俺と碧は目を点にする。


「それが、やっと自覚出来るようになったってだけのことだよぉ~」


「そ、そうなのか……?」


 智輝や倉木さんにどうしてそんなことがわかるのかは置いておいて、そのことが気になった俺は碧に尋ねてみる。


 すると、碧はみるみる顔を真っ赤にしていくと、フイッとそっぽを向いて言った。


「し、知らないよっ……!!」


 照れる碧の姿を見て可愛いなと思う俺の傍で、智輝と倉木さんがやれやれと頭を振っているのだった――――

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