第18話 後輩からお誘い!?

「えっと……今日のことは、誰にも言っちゃダメだよ……?」


 帰り際、玄関まで見送ってくれた碧が口をモゴモゴさせながらそんなことを言ってくるので、俺は「ははぁ~ん」とわざとらしくニヤけてやった。


「さてはお前、恥ずかしがってんな~?」


「なっ……!?」


「いや~、あの碧がまさかそんな顔をするなんてな。一層可愛さに磨きが掛かったな。やっぱ今日も好きだわ」


「ぼ、ボクにだって羞恥心くらいあるよっ! で、でも……この恥ずかしいっていうのが、ただ人に知られたら恥ずかしいことをしたからってだけなのか、それともユウのことが好きってことなのか……わかんないよ……」


「ま、俺的には後者であって欲しいところだけど……それは、これから碧がゆっくり考えれば良いと思うぞ」


「でも、ユウを待たせちゃうことになるよ……?」


「おいおい、今さら何言ってんだよ。もう俺がお前のことを好きになって六年だ。待つことには慣れてるよ」


 そう言うと、碧が何度か瞬きを繰り返してからクスッと小さく笑いを溢した。


「そういえばそうだったね。じゃ、言葉に甘えてゆっくり考えさせて貰おうかな」


「おう」


 俺がニッと笑ってサムズアップすると、ポケットの中に入れていたスマホから電話の着信音が鳴った。


 あまり電話が掛かってくる機会がないので少し驚きつつ、画面を見ると――――


「ん、結城さん?」


「えっ、結城さんから電話なの?」


 碧が首を傾げてくるが、出てみないことには俺もよくわからない。


 碧に一言断ってから、画面の応答ボタンを押して耳に当てた。


「もしもし。結城さん?」


『あっ、突然すみません先輩。今ちょっとお時間よろしいでしょうか?』


「ああ、別に良いよ」


 ありがとうございます、と律儀にお礼を口にしてくる。何となく、スマホの向こう側で結城さんが本当に頭を下げている気がして少し可笑しくなった。


『ええっと……先輩って明日、何か用事があったりしますか?』


「ん~、いや。特にないな~」


『そ、そうですかっ』


 少し結城さんの声が弾んだ。


『実は、先輩とどこかにお出掛けしてみたいなって思ってまして……その、明日、とか……どうでしょう……?』


「お、お出掛けって……えと、それはいわゆる……デッ……」


 ――デートではっ!? と思わず声を上ずらせてしまいそうになったが、あえて口にすると気恥ずかしくなってしまいそうなので止めておく。


「あっ、いや何でもない。でも、それなら別にLINEしてくれれば良かったんじゃ……?」


『そ、それは……』


 そう尋ねると、結城さんがスマホの向こう側で黙り込んでしまった。性格には「えっと……」とか「その……」とかボソボソ呟いていたが、上手く聞き取れない。


 そして、少しの間を置いてから、結城さんがどこか恥ずかしそうな、小さな声で答えた。


『それは……先輩の声が、聞きたいなぁ~って思ったからなんですが……ダメ、でしたか……?』


「んっ……!!」


 今度はこちらが黙る番になってしまった。代わりに心の中で叫んでおく。


 可愛すぎるだろぉぉおおおおおおお!!

 何だこの可愛い生き物はぁああああ!?


 ……ふぅ、何とか動揺を隠せたかな。


 と思って、ふと視線を前方へ向けると、碧がこちらにジト目を向けてきていた。


 やめてください。そんな目で見ないでください。

 今自分のことを好きって言った相手が、他の女の子の可愛さにに悶絶させられてるからと言って、そんな目を向けないてください。


「い、いやダメじゃないよ。ちょっと恥ずかしいけど……」


『で、ですよね。あ、あはは……』


「でもまぁ、わかった。明日特に用事もないし、出掛けようか」


『ほ、ホントですか!? やたっ!』


 スマホの向こう側で結城さんが凄く喜んでくれている。思わずこっちまで笑ってしまいそうだ。


『そ、それじゃあ、お昼……とかも一緒に食べたいなって思ってるので、十時くらいに待ち合わせしませんか? えっと、場所は……』


「場所は結城さんの家で良いよ。迎えに行くし」


『えっ、良いんですか?』


「もちろん」


『あ、ありがとうございます……! で、では、十時に私の家に来てください……』


「オッケー」


 最後にもう一度お礼を言ってきた結城さんが、「楽しみにしていますね」と言って通話を切った。


 俺は通話が途切れたのを確認してからスマホをポケットに仕舞い込む。


「ふぅ~ん、明日ユウは結城さんとデートするんだ~」


「で、デートじゃないし! お、お出掛けだし……!」


「それを世間ではデートって言うんだよ!」


「おまっ、そうやってデートのつもりで行った数多の男子が、女子に『え、デート? いや、ただ一緒に出掛けてるだけだよ……?』とかって言われて心砕かれるんだよ! もう見事な伏線回収でそこまでが一セットなのがお約束なんだよ!」


 そして、女子に心の中で『一緒に出掛けることをデートだと勘違いしてる奴キッモ』とかって思われる羽目になるんだ。


「んまぁ、でも確かに碧が嫌なら俺は――」


「――別に嫌じゃないって~。ちょっとからかってみただけ」


 こ、コイツ……!


 碧がニシシと悪ガキのように笑う。


「折角結城さんから誘われたんだから行ってきなよ。それとも結城さんが頑張ってユウを誘ったその努力を裏切るつもり?」


「うっ……」


 確かに、好きな人を遊びに誘うというのは相当ハードルが高いことだろう。それ相応の勇気と心構えが必要なはずだ。


「その代わり、あとで何があったのか教えてよね~。その間ボクは、『ボクのこと好きって行っておいて他の女のところに行くんだ~』って思いながら部屋でゴロゴロしてるからさ」


「へいへい……ってか、ゴロゴロせずに宿題しろ!」


「んぁあああ!! 聞こえな~い! ささ、いつまでも玄関突っ立ってないで早く帰れ~!」


「ちょ、おい!」


 俺は碧に背中をぐいぐいと押されて玄関の外に放り出される。


 バタン、ガチャリ。


 碧が玄関扉の鍵を閉めたようだ。俺は数秒その扉をジッと見詰めて頭を掻いてから、向かいの自分の家に帰って行った――――



 ◇◆◇



《氷室碧 視点》


 ユウを外に追い出したら、一気に家が静かになった。


 ボクは閉めた玄関扉に背中を預けて、静かに息を吐く。


 今日は散々だった。ユウとキスをする話になって、凄くドキドキして……結局頬に唇を触れさせるくらいしかできなかった。


 それで明日は、ユウが結城さんとデートするらしい。


 ユウはただ出掛けるだけだと否定してたけど、普通にそれはデートだ。


「……ゆっくり考える時間なんてないじゃん。ユウの馬鹿……」


 無意識の内に呟いたそんな言葉が、誰もいない家に虚しく響いた。

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