第4話 雇われガーディアン
俺たちは近くの街から馬車を使い、リーリルの家がある街へと向かった。
馬車にて二日。地味に遠い道のりを二人で過ごした。
その間、リーリルは俺に質問の雨を降らせてきた。
俺が何者なのか、どうして自分を助けたのか、ナイフが聖剣に変化したのは何故なのか。
そのことごとく、まともに答えられない俺である。
この世界がゲームと繋がっており、俺はその外の世界からやってきたといって、理解して貰えるはずがない。
最初こそまともに答えていたが、すぐにやめた。
怪しい目で見られるだけだ。沈黙は金。
「セイシロたらなにも教えてくれないのね!」
「言えないことってあるんだよ」
言っても無駄なこともね。
まあ仕方ない。ここがゲームの世界で自分がゲーム世界の住民、そんなの想像できるはずがないよな。
「わかった、詮索はやめる。恩人だものね、それくらいの礼儀は弁えていくわ」
「そうして貰えるとありがたいなー」
「どうせやんごとない立場の人間なんでしょう? 聖剣なんて持ち出せる人なんですもんね」
俺は答えない。誤解させておこう、やっぱり沈黙は金なのだ。
バグですバグ、開発のミスなんです。
俺はアイテム関連のデバッグをするテストプレイヤーだったから知ってただけなんです。
ところで街に入った俺は、鏡で自分の顔を見てみたのだった。
まったく見知らぬ顔でしたよ。愕然としましたわ。かーんぜんに、生前の俺とは別。
ステータス画面では20歳と書かれていたかな? まだ若い青年で、少し目つきは悪いものの、造りは悪くない顔だったのが救い。
本当に悪役のモブキャラに転生しちゃったんだなぁ、とシミジミ感じてしまった俺である。
ピッ、と視界にマップが開かれた。
そろそろ目的地が近づいてきたようだ。丘になった道を馬車が超えると大きな街が見えてくる。それがリーリルが住んでいた街、ミルヘイン伯爵領ハイデルだった。
馬車が街門前に着くと、リーリルは飛び降りて衛兵の元へと駆けていく。
俺も御者に相乗り代を払い、そのあとに続いた。
そろそろ手持ちが寂しいか?
この転生先はあまり金を持っていないようだった。
仕方ないか、盗賊なんかに身を落とすような奴だ。金を持ってたならもっと真っ当な生活をしていただろうさ。
この先、どう生きていこう。
生前は社畜だったからな、今度はもっとやりがいあることを見つけたい。でもまずは仕事を考えなければいけないだろうな。生きるって、どの世界でも大変。
そんなことを考えながら街門前に行くと、衛兵たちに敬礼で迎えられた。
「話はリーリル嬢より聞きました! この度は本当にありがとうございます!」
「うおっ!?」
元の世界ではなかなか見ることのできない筋肉マッチョの偉丈夫が、緊張した面持ちで俺の前に立っていた。
「い、いや。そんな大層なことをしたわけじゃないから……」
「なに言ってるの。私は領主の娘よ? それを助け出したんだから称えられて当然、もっと堂々としなさい?」
衛兵の横にいたリーリルが笑う。
そんなこと言われても。こんな大袈裟に感謝されたのなんか、中学生の頃に横断歩道で困っていたおばあさんの手を引いてあげたとき以来だよ。
あのときは学校の偉い先生がたまたま見ていたらしく、全校集会で表彰されたりもしたっけ。
「セイシロさま、こちらにおいで下さい」
偉丈夫の衛兵とリーリルに連れられて、俺は衛兵詰所に通された。
そこでリーリルと共にお茶を給仕られ、待たされる。
「今、ウチに連絡をしに行って貰ったわ。すぐに迎えがくるから」
「そうか良かったな」
「良かったなって、……貴方も一緒にくるのよ。セイシロ」
「えっ!?」
なに言ってるの、という顔でリーリルが俺を見た。
「助けて貰ったんだもの、歓待しないとウチの沽券に関わるわ。なんか驚いた顔してるけど、絶対に付き合って貰うから」
「あ、はい」
「謝礼の件もあるしね」
そうだそうだ、忘れてた。謝礼目的で助ける、って方便を使ったんだっけ。
こうなってみると謝礼はありがたいな。だいぶ助かる。
先行きが明るくなってきたので気が楽になってきた。
口が軽くなる。
「まあな、俺もリーリルも不幸な未来を避けることができたし万々歳。ハッピーエンドってところか」
「なに言ってるのよ、ハッピーエンドにはほど遠いわ。侯爵家令息アラドは執念深いんだから」
「え?」
「今回の誘拐の首謀者よ。セイシロが教えてくれたんじゃない、依頼主は私の身に御執心だ、って。それならアイツしかいないわ」
侯爵家の跡継ぎ、アラド。
ゲームでも出てくる。「エピソード・リーリル」では彼女と学校を同じくし、しつこく言い寄ってくる女たらしの畜生青年だ。
そういやゲームでもそうだった、彼が今回の誘拐の首謀者なんだっけ。突然のことが多すぎて頭が回っていなかったよ。
「侯爵家の長男だと思って好き勝手してくれちゃって。きっとまたなにか卑怯なことをしてくるに違いないわよ」
確かにアラドは粘着質な奴だったっけな。
そうなると、まだリーリルがアラドに連れ去られて悪役ヒロインになる未来が消えたわけじゃないのか。大変だな、リーリル。
『CAUTION! ENEMYS COME!』
視界に映る、突然の警告。え、こんなところで?
どういうことだろう。思わず座っていた椅子から立ち上がり、身構えてしまった。
リーリルが、困惑した顔で俺を見る。
「ど、どうしたのよセイシロ!?」
俺は部屋の入口を凝視した。
いまそこから、敵が入ってくる。俺の、敵だ。
戸がノックされた。
「入ってもいいかな?」
穏やかそうな、男の声だった。
「どうぞ」とリーリルが促すと、そこに入ってきたのは。
「アラドさま……!」
「やあリーリル嬢、大変な目に遭ってたらしいね」
亜麻色髪のくせ毛がクルクルと巻いた貴族の青年、アラド・デア・ハインツその人だった。確か設定ではリーリルより二学年上の18歳、理知的な眼鏡が似合っているよい顔立ちだ。
「先ほどまで街を留守にしていてね、リーリル嬢の窮地を知って百里の道を風のごとく帰ってきたよ」
「それは……、ありがとうございます」
「だけどもう解決していたみたいだね、よかったよかった」
自分で攫わせておいてよく言うなぁ。笑顔で嘘をつくの、いくない。
俺の視界のアラートが、エンカウント表記に変わっている。
敵とは間違いなくアラドのことだ。彼は俺に敵意を持っている。
「で、こちらは?」
さりげなく、やんわりと。
アラドは眼鏡に手を掛けながら、リーリルに俺のことを訊ねた。
「彼はセイシロ。今回私のことを賊から救ってくださった功労者ですわ」
「ほうほう、キミがね」
アラドが俺に手を差し出してきた。その手を握り返す。
「僕からも礼を言うよ。リーリル嬢はこの街になくてはならない可憐な華だ、悪い虫に攫われるとか、あってはならないことだった」
ギュッと強く手を握られる。痛い。
「奴ら全員、首を切って蹴鞠にしてしまいたいくらいだ。いやホントありがとう、セイシロくん」
「ははは」
笑顔だけど目の奥が笑ってなくて怖いです!
この世界にも蹴鞠ってあるんだなって。いやそういう話じゃない、あれれ!? もしかして俺の運命も、まだ回避しきってなかったりする!?
その後リーリルの家の執事がやってきて、俺と彼女は屋敷へと向かうこととなった。
アラドが放つ憎しみの視線を背中に感じつつ、俺は詰所を後にしたのである。
屋敷までの道中、リーリルが急に噴き出した。
「あはははは!」
「ど、どうしたんだリーリル!? 気でも違った!?」
「違うわよ。ホント、あの人、感情を隠すのが下手ねぇ」
クックと笑う彼女は涙を手で拭いながら続ける。
「私の前であんな悔しそうな顔をしたら、自分が首謀者だって言ってるようなものよ。ほんとダメな人だわ」
「はは」
俺もそれには同意だ。隠しているつもりなのだろうけど隠れてない。あまり腹芸ができない人なんだろね。
「にしてもセイシロ、しっかり貴方ターゲットされちゃったわね。アラドは粘着質だから、絶対忘れないわよ?」
「い?」
「せいぜい蹴鞠にされないように気を付けなさい? あいつ、ロクでなしだからホントにやりかねないわよ?」
ああ。やっぱりそうだったんだ、あの悪い虫ってのは俺のことで、蹴鞠にしたいっていうのも俺のことだった。
なんだろう、運命からは簡単に逃げ切れないのだろうか?
「あの様子じゃ、貴方がウチから出たらすぐ身を攫いにくるかもしれないわねぇ」
「そ、そんな!」
「見てた? 帰りしなもずーっと貴方のこと睨んでて。ほーんとわかりやすい」
いや確かにわかりやすかったけど!
笑いごとじゃないんですがリーリルさん!
俺はバグ利用できるから、単純な戦闘なら現状確かに困らないかもだけど、寝ている隙とかを狙われたらきっと簡単に処されてしまいます!
「リ、リーリルさん……、俺はいったいどうすれば……!」
「ふふ。仕方ないわね」
なぜかリーリルは、少し楽しそう。
「私だって命の恩人を、死ぬとわかってて砂漠のど真ん中に放り捨てるような恩知らずじゃないわ?」
「おお! さすがですリーリルさん!」
「だからね、セイシロ。貴方当面、ウチに居候なさい? 私のガーディアンとして雇ってあげる。貴方強いもんね?」
「え!?」
「ゆーっくりと、貴方が何者か問い詰めてあげるんだから!」
「……俺を逆さにして振ったところで、なにも出てこないよ?」
リーリルはにっこり。
こうして、俺の就職先がなし崩し的に決まっていったのだった。
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まだまだサッカーボールへの道は続いているようで不穏ですね!こうしてセイシロのお仕事は決まりましたが、この後どうなっていくのでしょう。
先が気になる方、楽しんで頂けた方、フォローや☆で応援してくださいますと感謝感激であります!
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