第2話 夜はまだ冷えるからね

 夜。ランタンすら手にせず、二つの月が照らしてくれている小川沿いを、ひた歩く・・

 どうやら新しい俺の身体は体力に困っていないようで、歩いても歩いても疲労を感じなかった。

 だが一緒に歩いているリーリルはそうもいかないらしく、途中途中でゼイゼイ息を切らしている。


「怪我してるんだろ? おんぶするよって言ってるのに」

「死んでもイヤ。見知らぬ男におんぶされるなんて」

「追手に捕まったらそれこそほんとに死んじゃうけど」


 俺がね?

 リーリル嬢は大事な商品だから殺されはしないだろうな、と思いつつ軽口を叩いてみる。


「だったら追いつかれないように、なにか良い手を考えてよ。それがセイシロの為でもあるのでしょう?」


 彼女は左足を引き摺っている。

 腫れているのだ。檻に入る際足首を捻ったらしい。

 こちらの顔も見ずに返事をしたあたり、そろそろ限界は近そうな気がする。


 逃げ出した俺たちだったが、すぐにバレてしまったようで追手が掛かった。

 今は盗賊たちの怒声をやり過ごしながら、身を隠しつつ逃走している最中だ。


「良い手ってほどでもないけど、俺の記憶が確かならそろそろ……」


 俺はマップウインドウを呼び出す。

 あった。地元の木こりや薬草採集者などが使う無人の小屋だ。

 マップを頼りに小屋へと向かい、人が居ないことを外から確認して中に入った。


「よくこんな小屋があるって知ってたわね」

「まあね。俺は『この世界』に詳しいから」

「でも休んでいる暇ないんじゃないかしら。しかもこんな目立つ場所で」

「ちょっと待ってて」


 暗い小屋の中、手探りで床板を外した。

 ゲームと一緒なら確かこの辺に。


「あった!」


 床の下には少し大きめの隠し収納庫があり、保存食の干し肉や緊急用の薬品などが入っていた。

 思わずガッツポーズをとる。

 どうやら俺のゲーム知識は、この世界でちゃんと役に立つようだった。


 緊急用の回復ポーションを手に取り、リーリルに渡す。

 安物の魔法薬だけど、今の彼女の怪我くらいならば治るだろう。


「なにこれ? 最初から用意していたの?」

「いや。ここには小屋の利用者たちがシェアしている薬品などが常備されているんだ。それを知ってただけだよ」


 そう言って、気持ちばかりの代金に銀貨を床下のボックスに入れておく。

 多めに入れたのは他の物も活用させてもらうつもりだったからだ。


「……物知りなのね」

「詳しいんだ」


 俺は苦笑した。理由を説明しても理解して貰えるわけがないだろうなぁ。適当に流しておけばいいか。

 と、リーリルを見ていたら、突如ウインドウが開いた。


名前:リーリル・ミルヘイン

種族:人間

年齢:16歳

職業:学生

レベル:2

ステータス:怪我 >>> 良好


 ステータスの部分が、チカチカと点滅している。

 むむ。ポーションで足の怪我が癒えたってことか?

 俺はリーリルに訊ねてみた。


「どうだい足の痛みは?」

「ええ。ポーションのお陰ね、もう平気」


 やっぱりそうか。このウインドウ、人の状態までわかるんだな。便利そうだ。

 元気になったところで、小屋に来た最大の目的を果たすことにする。


「リーリル、この干物を擦りつけて身体に匂いをつけといて」

「なにこれ?」


 渡したのは隠し収納庫に入っていた海産物の干物だ。

 なんともいえない、すえた匂いがする。


「くさっ! なにこれイヤぁよ!」

「いいから擦りつけろ。この先でこれが重要なフラグになるんだ」

「やめて、触らないでよ! だから擦りつけないで!」

「俺もお揃いで擦りつけるから平気だ。臭くない臭くない」

「なんなのよー! もう!」


名前:リーリル・ミルヘイン

種族:人間

年齢:16歳

職業:学生

レベル:2

ステータス:良好・異臭


 お、ステータスが変化した。こんなものか。

 そのとき、視界の隅に赤い文字が点滅した。


『CAUTION! ENEMYS COME!』


 見覚えある文字。

 それはゲーム中で、敵が接近していることを告げるときの文言だった。


 どうやら追手が近くに来たらしい。

 マップやステータスが視界に見えることからも想像できたことだが、どうやら俺の身体にはゲームの『システム』が内在しているらしい。

 理屈はわからないが、俺は『システム』の力を利用することができるようなのだ。


 とりあえず敵の接近を知らせてくれた『システム』に感謝しつつ、リーリルの方を見た。


「追手が近くにきたようだ」

「え?」

「狭いけど、この隠し収納庫に入ってやり過ごそう。それしかない」

「ちょ、ちょっと」


 床板をもうちょっと外して、リーリルの背を押す。

 彼女を床下収納庫に押し込むと、俺もそこに入った。暗い中、うまい具合に床板を戻すのがちょっと難しかったが、どうにかなった。

 俺たちは床下でぴったり身体を合わせることになった。


「ど、どこ触ってるのよ!」

「声を出すなよ、仕方ないだろ」

「で、でも……!」

「しっ、奴らがくる。黙って」


 リーリルの口を塞ぎたかったが、手を動かす隙間さえない。

 黙ってくれよリーリル? と願いながら目を瞑ってみると、彼女もさすがに理解したのか、すごい小声で囁いてきた。


(後で覚えてなさいよ!)


 覚えていたくない。

 可愛いしツンデレだけど、闇落ちした後は俺の頭をサッカーボールにして蹴り遊ぶような子だ。怒らせたくはない。


 そうこうしていると、小屋の戸がギィと開く音が聞こえてきた。

 どうやら追手の盗賊たちが小屋に入ってきたようだ。


「ちっ!」

「どうした?」

「見てください、ポーションの空き瓶ですぜ」

「……まだ中が湿ってるな。使ったばかりのようだ」


 この声は……、たぶん俺にも命令していた声、つまり盗賊たちのボスだろう。

 よく観察しやがるなー。


「こちらに逃げてるのは間違いなさそうだな」

「ですね、先を急ぎましょう」

「そうだな。おまえ、先にいって指揮をしろ。一人は俺と一緒に残れ、他の方角に向かった連中にこのことを知らせないとな」


 これで逃走方向が完全にバレてしまったことになる。逃げるのが大変になってしまった。


(片付けそびれてごめんなさい、バレちゃったわね)

(いいよ、気にしないで。遅かれ早かれだ)


 狭い暗闇の中で、リーリルがシュンとしていることがわかる。


(大丈夫、俺がついてるから。絶対に助ける)


 助けないとサッカーボールにされちゃうからね。頑張る。

 彼女を見捨てるという選択肢は俺にないのだ。


「よしおまえ、外で狼煙を焚いてこい」


 ボスが子分に命令している。

 どうやら部下に作業させる間、自分は小屋の中で休むつもりらしい。

 うーん。居座られると、外へ出るタイミングがない。どこか行ってくれないかな。


 と思ってみても、なにも干渉する術がない。ここで我慢しているしかない。


(……んっ)


 うん? リーリルが身じろぎした。それになんか、声が甘い感じだったような。


(どうしたリーリル? なにかあったのか?)

(な、なんでもない)


 小声。ひそひそ声で俺たちは話している。

 会話はそこで止まり、しばしの時間が経った。


「ボス、狼煙を上げてきやした」

「そうか。じゃあちょっと待つか」


 え!? 用事を済ましたなら出て行けよ、早く俺たちを追わなきゃダメだろ。


「奴ら、森を出たら西と東、どちらに向かうと思う?」

「えっと……西のが街が近いですし、そっちじゃないですか?」

「普通に考えれば、そうか」

「衛兵に助けを求めて保護されるのが良さそうですからね、たぶん」

「誰もがそう考えるよな……」


 ボスは沈黙する。顔色を伺う声で、子分が問うた。


「なにか問題でも?」

「見張りに出した新人、あいつ見事に俺を欺きやがった」

「へ?」


 ――へ?


「小物で小心なフリをしやがって、まさかこんなことをしでかすとはな。人を見抜けなかったのは久しぶりだ」


 いやはい。

 すみません、中身が急に別人になってしまったもので。


「奴はヤリ手だ。そんな奴が、単純にこちらの考え通りに動くだろうか」

「と、言いますと……」

「そうだ。なんの根拠もないんだが、遠回りをしてでも東に向かう気がする」

「なるほど」


 ごめんなさい、そこはなにも考えてませんでした。

 とりあえずこの森を抜ける為の便利アイテムを、小屋まで取りにきただけです。


「西と東に追手を分けて編成しないといかんな。分散になるが仕方ない、逃がすわけにもいかないからな」


 ここに残ったのは、後続にその指示をするためらしい。

 うーん、考えすぎ。俺は凄く単純だよ!? 買い被りいくない!


(…………んっ)


 んあ? またリーリルが身震いした。

 さっきよりも大きく震えた気がする。どうしたんだろう、そう思っていると、リーリルの震えが小刻みに増えていく。


(お、おいどうしたんだよ?)

(……ない)

(え?)

(我慢……できな、い)


 モジモジ、モジモジ。身体を密着させたまま、彼女は身をよじらせている。

 我慢できない、って、なにが? おいまさか……!


(まさかリーリルさん!?)

(言わないでっ!)


 モジモジ、モジモジ。どうやら内股を擦り合わせておられる。

 間違いない、これは……!


(いけないリーリルさん! 十八禁ゲームじゃないんだから、そんな!)

(~~~~ッッッ! なんだかわからないけど、変なこと言ってるでしょ!)

(CEROから警告きちゃうーっ!)


 ガタガタ、ガタガタ。

 俺たちが騒いだので、床板が揺れる。


「ん? なんか言ったかおまえ?」

「いえ、なにも?」


 ガタガタ、ガタガタ。


 リーリルが身をゆすり続ける。

 いかんぞ、これじゃバレてしまう。


(仕方ない。こうなったら十八禁でもなんでもこいだ、リーリル、漏らせ!)

(イヤ! 絶対イヤ!)


 ガタガタ、ガタガタ。


(いいから漏らせ! 俺のことはいいから!)

(良くない! やめてセイシロ!)

(漏らせ漏らせ!)

(イーヤーッ!)


『CAUTION! ENEMYS COME!』


 ガタガタ、ガタ。ガタン!


 リーリルが叫んだのと、床板が剥がされたのは同時のことだった。


「お、おまえら……っ!」


 ボスと目が合ってしまう。俺は思わずヘラッと笑ってしまった。


「こ、こんばんは」

「もうむりっ!」


 リーリルが飛び出した。


「あ、こら!」

「後生です、追わないでやってください!」

「そんなわけいくか、おいっ、捕まえてこい!」

「へいっ!」


 子分が追い掛けていく。

 少しして悲鳴が聞こえてきた。


「きゃー! 見ないで来ないで、エッチ、変態!」

「うぎゃー!」


 二人分の悲鳴が、だ。

 なんかリーリルの反撃に遭っているんだろうな、合掌。


 ともかく俺たちは盗賊に見つかってしまったのだった。



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夜はまだ冷える時期だから近くなるのも仕方ないのです。

見つかってしまった二人ですがさあどうなるのか。

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