デバッガーの悪役転生〜俺だけ知ってるバグチート【アイテム入れ替え】でゲーム序盤から最強装備で無双します〜

ちくでん

第1話 悪役モブ転生

 この世界にある二つの月。時折りそれが一つになることがある。

 神の啓示だとか魔の符丁だとか言われるその現象が、実は単にプログラム上のバグだということを、この世界では俺だけが知っている。

 そのバージョンのゲームにはもう一つ重大なバグがあって、とりわけすぐに修正されたはずだった、ということも。


 ◇◆◇◆


 暗い森の中、空には二つの月が浮かんでいた。

 呆然として眺めていると、突然背後からガサツな声が飛んでくる。


「おい、そこのおまえ!」

「え……? あ、はい!?」

「俺たちはそろそろ寝る。女の見張りは任したが、くれぐれも手を出したりするんじゃねーぞ?」

「はい?」

「上玉だからって、変な気を起こすなと言ってんだ。傷一つでもつけたらダンナに値切られちまうからな」

「わ、わかりました」


 俺がそう返事をすると、命じた筋肉質の男は大きな剣を持ったままテントに入っていった。他に数人いた男たちも、それぞれにテントの中へと潜っていく。


(おいおい嘘だろ……?)


 思わず小声で呟いてしまった。

 俺は今、ゲームの世界にいるらしい。空に浮かぶ金と銀の月を見てすぐわかった、ここは『エゼリラムド戦記』の中だ。

 エゼリラムド戦記は、ファンタジーな3D世界を舞台に、冒険と探索で経験を得て成長していくゲーム。さっきまで仕事でこれのデバッグをしていたはずなのだが、気がついたら盗賊団の一味になってここにいた。


 俺はデバッグチームを束ねるチーフデバッガーだった。

 マスターアップ前は一日三十時間勤務かよ、と錯覚するほどの激務が当たり前。泊まり込んで睡眠削ってのバグ出しだ。雷平原で落雷を一万回避け続けたり、壁に向かって三時間歩き通してみたり、思いつく限りにヘンテコなプレイをする。


 眠れないし風呂も入れない。ひたすらにチェック表のマス目を埋める作業。

 うーんつらかった。よくよく考えるとハードすぎない? 完全に社畜だったな、よく続いてたよ。ゲームはヒロインたちが可愛くて面白かったけど、所詮デバッガーはデバッグするだけ。やりがいって意味では微妙だった。


 ともあれそんな日々を過ごしていたはずの俺なのだが。


(夢でも見ているのか?)


 夢と割り切るには、叩いてみた自分の頬が痛い。

 そういやさっき、足の小指を馬車の車輪にぶつけてしまったときもめっちゃ痛かった。へーきへーきこれは夢、と逃避して好き勝手するには度胸が要る。


 ゲーム世界転生というやつだったら、これが俺にとっての現実だ。

 そして今の状況は、登場ヒロインの一人であるリーリル・ミルヘインの過去話「エピソード・リーリル」そのままのシチュエーションだったのだ。


「となると、こりゃヤバい」


 テストで何百回となくプレイしたから知っている。

 リーリルを攫った盗賊たち、つまり俺たちは最終的には捕まり、極刑を受けるのだ。


 ラストは頭だけの状態になっても死なない呪いを掛けられてサッカーボールのように蹴られて遊ばれるとかっていう極悪エンド。

 いやいや勘弁してほしい、このまま彼女を攫うことに手を貸し続けたら、俺の運命みらいはサッカーボールだ。それだけは絶対に避けなければならない。


 ちなみに俺をサッカーボールにするのはリーリル本人。

 彼女は攫われた先で酷い目に遭い、最強最悪の悪役になっていく。ゲーム中屈指の悪役ヒロインなのだった。


「逃げないと」


 そう思ったがここがどこかよくわからない。

 森の奥であることはわかるが、それだけだ。

 途方に暮れていると、視界の右上の端になにかが見えていることに気がついた。


「なんだ? ……ウインドウ?」


 それは、ゲーム『エゼリラムド戦記』の操作ウインドウに似ていた。

 視界の端に固定されているそれに向けて、手を伸ばす。

『マップ』という項目があったので、そこに指を動かしてみた。


「お?」


 視界に半透明の地図が現れた。大きさは視界の半分弱。地理には覚えがある。ゲームのマップと同じだ。デバッグで嫌と言うほどやったんだから間違いない。


「つまり、ここがキャンプであそこが中ボスで……」


 確認終了。ならば、と馬車の荷台を覗き込んだ。

 さして大きくもない荷台には鉄檻があり、その中では女の子が膝を抱えてうずくまっている。ミルヘイン伯爵令嬢リーリルだった。


「リ、リーリルさん? まだ生きてますか?」


 荷台に乗り込み鉄檻のリーリルに声を掛けると、彼女は暗い目を上げた。


「生きてるわよ。貴方が入れたんでしょ、……いったいなに?」

「ここから逃がしてあげるよ」


 彼女がこの後酷い目に遭うことで、俺はサッカーボールにされる。

 助けることが生き残りフラグになるはずだ、見捨てるわけにはいかない。


「どうして?」

「どうして、って。あれ? 嬉しくないの?」


 鼻で笑われてしまった。


「ふざけたこと言わないで。なにが目的なのよ」


 どうやらリーリルは、俺のことが信じられないようだった。

 そりゃそうか、盗賊団の下っ端にいきなりこんなことを言われたら、俺でも眉に唾を付ける。それっぽい理由を付けた方が良さそうだ、


「仲間になったはいいけど、思った以上に分け前が少ないんだ。貴族を敵に回すにはリスクが大きいと思ってね、ここからキミを助けて謝礼を貰った方がマシそうだから」

「いつまたこっちを裏切るかわからない人を頼れというの?」


 うわわ、理由付けを間違えてしまったか? ジロリ睨まれてしまったぞ。

 だけど、こんなところでいつまでも問答をしていても時間の無駄なのだ。俺はちょっと強引に話を進めた。


「ともあれ俺はキミをそこから出してやろうと言っているんだ。状況が悪くなることはないと思わない?」

「……そうね、それはそうだわ」

「わかって貰えて嬉しいよ。ちょっと待ってくれ」


 ゲームでは確か樽の影に鍵を隠してあったはずだ。

 俺は鍵を使い、リーリルを檻から出してやる。

 手足の縄も切ってやった。


 さて逃げる算段をしよう。

 視界に映っているマップを確認すると、東にある小川沿いに北に進むのが森から出る一番の近道だ。それにこのルートには確かあの小屋があったはず。


「よしリーリル嬢、こっちだ。小川沿いに――」

「動かないで」


 声を掛けようとした俺の脇腹に、ナイフが突き付けられた。

 いつの間に調達したのだろう、仕事が早い。

 俺は脂汗を流しながら訊ねる。


「えっと? もしかして俺殺されます?」

「恩を仇で返して悪いんだけど、確認させてちょうだい」

「なんなりと」

「私を攫ってどうするつもりだったの? 身代金目的にしては遠くまで搬送するとか変だし、お父さまの政敵にでも雇われていたのかしら?」


 ナイフが脇腹にチクチクと痛い。

 あれれせっかく助けたのに。心も痛いぞ。


「なんだっけ、思い出す。ちょっと待って?」

「思い出すってどういうことよ? ふざけないで」


 チクチク、チクチク。ふざけてないけどー!


「思い出せ過去の俺! あいた、今思い出すからそのチクチクやめて! 恩人なんだよね俺?」


 脇腹のチクチク痛みに、あひぃ、と小声で叫びながら俺は身をよじった。


「思い出した! ここの偉そうな奴が、あんたに傷一つでも付けたらダンナに値切られるって言ってた!」

「傷一つ付けたら値切られる……、私に御執心なパトロンがいるってことね」

「わからない。俺が覚えてることはそれくらいだよ!」


 リーリルはナイフを下げて、ふう、と息をつく。


「なにも知らないっていうのは本当みたい。ごめんなさいね、試すようなことをして」

「わかって貰えて嬉しいけどさ、どうして信じてくれたの?」

「私に御執心なパトロンだなんて、知ってる人が聞けば犯人を言っているようなものだもの。少しでも事情を知ってるならそんなこと漏らさないわ」

「そ、そうなんだ?」

「疑ってごめんなさい。私をこの窮地から救い出してくれたら、きっとお父さまは貴方に多大な報奨を出すことでしょう。頑張ってくれたら嬉しいのだけど」

「はいはい、頑張らして貰いますよ」


 そう言って苦笑すると、なにやらリーリルが俺の顔をじっと見てくる。

 おいおい、見つめられるとテレちゃうぞ。前世だって女っ気のない人生だったんだから。


「そんなジロジロ見るなよ」


 俺は戸惑いながら眉をひそめる。なんか居心地悪いぞ。


「うーん」

「なんだよなにか言いたいことでもあるのか?」

「貴方、私を攫ったときとなんか雰囲気違わない? もっとイヤそーな奴だった気がするけど」

「それは今の俺なら好ましく見えるってこと?」

「な、なに拡大解釈してるのよ!」


 慌てたように声を荒げるリーリルに、俺は「しーっ」と人差し指を立てた。騒がれたら盗賊たちに気づかれる。

 そうかそうか、『さっきまでの俺』はそんなにイヤそうな奴だったのか。果たしてどんな人生を歩んできた奴だったのか、すまん今は記憶にない。


 今の中身は元社畜のゲームテストプレイヤー。

 そしてたぶん、過労かなにかで死んで転生してきた身だ。


「……まあ、生まれ変わったとでも思って貰えれば」

「なによ他人事みたいに……、貴方、名前は?」

「うん?」

「名前よ名前、運命を預ける人の名前くらい知っておきたいわ」


 名前、名前か。

 どうするかな、まあ本名でも問題ないか。


「……俺は藤堂とうどう誠志郎せいしろう。セイシローとでも呼んでくれよ」

「セイシロ?」

「そうセイシロー。よろしくリーリル、それじゃあ行こうか」


 言いつつ俺は、リーリルの手を取った。


「な、なに断りもなく手繋いでるのよ!?」

「え、いや森だし暗いし、はぐれないようにと思って」

「ちゃんとついていけるわよ!」

「あそう?」


 ふーん。でも手握った方が確実だしな。

 気にせずそのまま手を引くとリーリルの顔が赤くなった。


「ちょ、ちょっと!?」


 慌てる彼女は案外カワイイ。

 そういや闇落ちする前のリーリルはツンデレ系の萌えキャラだっけか。


 彼女の未来を変えることが、俺の未来を変えることに繋がる。

 よしやるぞ。

 こうして俺たちは、盗賊たちの元から逃げ出すことにしたのだった。


「あ、それと」

「? どうしたの?」

「どういう結果になっても、サッカーボールはやめてね?」



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悪役モブ転生始めました!

果たしてセイシロはサッカーボールへの道をたどってしまうのか?

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