迷い人の灯

ぜろたか

1.小さな春

 桜が散り始めてきた四月。


 制服の隙間を春風が通り抜けていく。


ひらひらとピンクの花びらが地面を転がっていく道をゆらゆらと歩く。


 目的地には五分もせずに辿り着く。


 周囲には自分以外の制服姿は一つもない。人影もない。


 いつもと変わらない世界に自分一人取り残されたみたいな感じだ。そんなような映画をこの前見た。目が覚めたら世界滅んでた、ってやつ。


 と、目の前の交差点でお犬と散歩中の人を発見。


 これで世界に二人と一匹。


 四本足で力強く歩く生き物に声を掛けられ、小さく手を振る。飼い主のおばちゃんも優しい顔で頭を下げて、一人と一匹がまた歩き出す。


 あのおばちゃんは高校の近所の人みたいで、この辺をいつも同じ時間に散歩している。会った時はラッキーな日にしている。つまり今日はラッキーなのだ。


 なんて考えていたら、近くで鐘の音がする。


 一限が終わる時間までには着きそうだと思っていたのだけど、途中で信号に捕まることが多く普通に間に合わなかった。あんまりラッキーでもなかった。


 高校生の登校時間には遅い時間。


 さっきと変わらない足取りでゴールまで向かう。


 また誰もいなくなった道。


 今日は新学期二日目。


 俺、高尾日郷たかおひさとは晴れて二年生へと進級した。晴れて、という響きほど、めでたいことも特にないけど。


 学年が上がったこと以外に特段何か変わったことはない。よくわからない授業、よくわからないクラスメイトたち。


 学校の授業はわからないことばかり並んでいるという意味では変わらないし、知らないクラスメイトから別の知らないクラスメイトへとなったことにもさした変化は感じない。


 見知った顔もあるのかないのか、それすら知らない。人の顔というのは覚えようとしなければどれも同じに見えてくる。


 ふわぁと大きなあくびを一つする。


 昨晩も就寝が遅かったのでとても眠い。


 部活や来年に向けてお受験戦争を勝ち抜くための塾通いで遅くなった、と言えたらカッコイイがまあもちろん違う。


 部活は入っていないし勉強の方も高校入学半年ほどでやる気をなくして落ちこぼれてしまった。


 目標もないのに三年後の将来を見据えて頑張り続けるのは難しいものだ。


 肝心の昨日寝入るのが遅かった理由は……語るほど内容もない。


 夕方にベッドでだらーっとしていたら寝落ちして、夜に起きたらそこからテレビ見て、スマホ見て、特に何をするでもなく過ごしていたら、なんだか寝る気になれず、時間だけが過ぎていた。


 ダメだなあと思いながらも意味もなく夜更かしをしちゃうやつ。


 もう一度大きなあくびをし、空を見る。


 ひらひらと、小さな春が額に落ちる。


 だいぶ散ってしまったが、まだ季節は春だということを頑張って教えてくれているのだろう。


「じゃー、頑張るか。俺も」


 何を頑張るのかもわからないままそう呟いて、色のない大地を踏みしめた。

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