ようこそ!! 異世界骨董品店【ミルキーウェイ】へ

リア

第1話 知らない場所、知らない人、知らない世界



「おねーちゃんっ!! こっちこっち、僕はこっちだよぉ」


 がらくたに囲まれた細い通路、奥から聞こえる私を誘う声。ランタンを握る手の力が、自然と強くなった。


「……誰、誰かいるの?」


 コツン、コツン、と私の足音が響く。足から伸びる炎が揺れる。そして……ぽて、ぽて、とどこか可愛らしい足音がどんどん大きくなっていく。


「こっちこっち~、こっちだよぉ」


 角を曲がった。不思議な声がどんどん近くなっていく。敵意のない、のんびりとした声が。


 遠くに小さな影を捉えた。そのシルエットは、思っていたものよりも小さい。小さいというより、人間のものではないような……?


「って、あれ。ぬいぐるみ、じゃない……」


 そう、足元に立っていたのは小さなくまのぬいぐるみだった。そっと拾い上げて、ランタンの光で照らしてみる。どこを見たって、何の変哲もないくまのぬいぐるみだ。


 茶色の体に、首つけられた可愛らしい赤色のリボン。一体どこに置かれていたのだろうと疑問に思い、辺りを見回そうとした。


「そうだよっ‼︎」


 ぽてっと自然に手から落ちるぬいぐるみ、そして突然聞こえる声。その声の方向は……


「僕トーニっ!! はじめまして、おねーさん」


「……っていやぁッ!!」


 動き出したぬいぐるみを前に、私、間宮凛は異世界・・・に来て通算2回目の叫び声を上げることしかできなかった……


 本当は何でもない日になるはずだったのだ。いつも通り中学校へ行って、いつも通り家に帰って……ゲームして、ご飯を食べて、ちょっぴり勉強して夜になって寝る。


 当たり前のはずの日常が崩れるとも、全てが非日常に塗り替えられることも、全くもって予想していなかった。


 本当は目が覚めてすぐに見るはずだった景色。どこにでもあるような女の子の部屋、机の上に無造作に置かれた教科書、カーテンから透ける太陽の光。


 そんなものはどこにも見当たらなくて、気がついたら全く知らない部屋のベッドで横たわっていたのだ。


「……ここは、どこなの?」


 目が覚めると、知らない場所だった。微かに漂う甘い匂いに、ふかふかとした心地よい感触。私の部屋とは違う天井、そして……


「あ、目が覚めた〜? おはよう、知らないお嬢さん」


 体を起き上がらせた私の目の前に立っていたのは、の知らない男性。


「匕ッ……いやぁ!!、なになになにっ!?、誰? 誰なのっ!? どうして私はこんなところに……もしかして誘拐っ!?」



 驚き叫ぶ私をたしなめるように、男性は顔の横まで手を上げてゆっくりと言葉を紡いでいく。


「ようこそ、【ミルキーウェイ】へ〜、ここは僕が経営している骨董屋だよぉ。だから落ち着いて。僕は何もしないからさ」


「嘘つきっ、この誘拐犯!!」


 落ち着けるはずなんてなかった。今まで生きてきた十四年間で、こんな異常事態に遭遇したことは一度もない。どうすればいいのかわからないし、何が正解なのかもわからないのだ。スカートの裾を強く握る。


「酷いなぁ、道端に倒れていた君を助けてあげただけなのに、誘拐犯呼ばわり〜? ははは、世の中は世知辛いものだねぇ」


「倒れていたって、私が? それ、本当なの?」


「そうだよ〜。良かったねぇ、僕がたまたま森に行かなければ君はあの場で死んじゃってたかもしれないし」


 よく目を凝らしてみると、男性の青い服の裾に黒い土が付いているのが見えた。私の行動範囲には森は愚か、地面に土が露出している場所などないはずなのに。


「森……?」


 私が恐る恐るその言葉を反芻する。すると、男性は当たり前かのように答えた。


「そうだね、この店を出てすぐ・・・・・・・・にある森で君は倒れてたんだよ〜」


 目の前が真っ暗になったような気がした。肺が凍ってしまったような、背筋が冷えていくような……そんな不快感が一気に体を駆け巡る。


「森なんて、私知らない……」


「あれぇ? おかしいな、この辺りなんて森しかないはずなのに……お嬢さん、もしかして自分の能力がなにか分からなかったりしない〜?」


 急に目を細めた男性、そして相変わらずパニックでしどろもどろな私。


「わからない……」


 そう答えると、男性は納得したような表情を浮かべる。心なしか、口角が少し上がったような気がした。


「そっかぁ、なんとなくわかったよ。聞いたことがあるんだよねぇ、異世界から迷い込んでくる人の話。ずーっと昔に読んだ物語なんだけどさ」


「異世界……能力? わかんない、私わかんない……。説明してよ、ねぇ」


 声がどんどん細くなっていくのが自分でもわかった。不安というインクがどんどん心に広がっていき、いつの間にかスカートを握っていた手の力さえもが抜けていく。


「多分僕の推測だと、ここは君が知っている場所とは違う場所だよ」


「違う……場所?」


「そうそう。ここではね、“カミサマ”から一人一つ能力がもらえてねぇ。多分、お客様迷い人である君も例外じゃないと思うよ。ちょっと待ってねぇ」


 そう言って、男性は私の方に手を伸ばしてくる。


「ちょっと何するのよっ!?」


「あ〜……違う違う。君じゃなくってその奥にあるその水晶、取って?」


 振り払おうと動かした手をピタリと止めて、男性とは反対側にある棚を見た。するとそこには、占いの館とかでしか見ないような水晶が置いてあった。


「……これのことか」


「それそれ、触ってみて。そしたらなにか面白いことが起こるから」


 一抹の不安を感じながらも、言われるがままにその水晶に触れてみる。すると中に見慣れない文字が浮かび上がってきる。この文字を見ていると、ここは本当に異世界なのだということを思い知らされたような気がした。


「何この文字、ミミズみたい」


「あぁ、異世界っていうものは文字まで違うものなのかい? 全く不思議なものだねぇ、言葉は通じるのに……と、どれどれ? 付喪神と対話できる能力ってさ、君の能力。これはちょうどいい」


「付喪神って……物に宿っている神様みたいなやつだっけ? それともなんか違うやつ?」


「みたいなやつっていうか神様だねぇ。そんなことも知らないだなんて異世界人は変わってるなぁ……貧弱な知識で可哀想に」


 その男性は、嘲るように言った。思わずムキになってその男性を睨みつける。


「何よっ!! ただただわからないことをさも知っているかのように言うのが嫌いなだけよ」


 少し体の力が抜けていたのが、自分自身でも体感できた。少なくとも、舌が回るくらいには。


「ははは、そーんなお猿さんみたいに騒ぎ立てる体力があれば、もう大丈夫そうだね〜」


「お猿さんじゃないわよっ!! ただ、びっくりしてただけ。……悪かったわね」


「にぎやかな方が楽しいから僕は全然いいよ〜、そういえば名前まだ言ってなかったよね?」


「そうね。私の名前は間宮凛、あなたは?」


「僕はノア・レノックス。言ってなかったけど能力は簡単な未来予知。と言ってもわかるのは天気くらいだけどねぇ。よろしく……えーっと、マミヤリン」


 帰ってきたのは、聞き慣れない名前。使っている言語は日本語なのに外国でどこか可笑しく感じた。


「凛でいいわよ、よろしくノアさん……あと、助けてくれてありがとう、そしてさっきは急に大きな声出しちゃってごめんね」


「ぜ〜んぜん。そういえばリン、帰る宛がないんだよねぇ?」


「……そうね」


 ここは、きっと本当に異世界なのだ。目の前ノアさんの髪色や目、不思議な文字、そして何よりも……私の直感がここは知っている場所ではないと、訴えているのだ。


「それじゃあここでしばらく暮らすといいよ。大丈夫、僕は君みたいな女の子に一切興味がないから安全に暮らせると思うよ」


「いいの?」


「うん、ただ一つだけお願いを聞いてくれたらねぇ……」


 背筋に走る一筋の悪寒、そしてそれは目の前にいるノアさんから感じられる。


「え?」


「ちょっと倉庫に取りに行ってほしいものがあってねぇ……安心して、ただのぬいぐるみ・・・・・だからさ〜」

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