アンリペア

292ki

3年C組の爆弾

同窓会に右窓際みぎまどぎわ左扉ひだりとびらも呼ぼうか、と幹事が言い出した時、みんなの心はひとつだっただろう。

バカか?アホか?自殺志願者か?巻き込み型テロリストか?なんか会社でやなことあった?人生疲れた?

悪いこと言わんから止めとけ!

しかし、俺達は誰一人として幹事を止めなかった。みんなの心がひとつなら、心の底にあるひとつの疑問も共通してたから。

あの二人、結局あの後どうなったの?

誰も止める人がいなかったので、幹事は右窓際と左扉に招待状を送った。2人とも丸をつけて返してきたので、俺達は何年かぶりに会うことになった。

3年C組の爆弾と。


3年C組には他クラスから爆弾とあだ名されるとんでもない問題児がいた。

彼の名前は右窓際。ガッチガチの不良。札付きの悪という言葉が現代で似合う、未だ叛逆の心を失わないヤンキーだった。

暴行沙汰は日常茶飯事。ちょっとでも気に食わないことがあるとすぐ切れる。理不尽に暴力にはしる。尖ったナイフもビックリ。触れるな危険。触れなくてキレだしたら諦めろ。それが右窓際に対する全員の共通認識だ。


そして、3年C組にはもう一人、とんでもない問題児がいた。

彼の名前は左扉。めちゃくちゃ顔が良くて、めちゃくちゃ口と素行が悪くて、めちゃくちゃ行動が突拍子もないヤバいやつだった。

その人気モデルも真っ青な顔面目当てに近付いた輩は左扉のヤバさに神が何故彼にその顔面をくれてやったのかを理解する。彼の行動は顔の良さでようやく相殺されるからだと。アンタッチャブル。目を付けられたら海外に飛んでも逃げろ。そう噂されるくらいなのだ。左扉は。


右窓際と左扉。2人揃って3年C組の爆弾と呼ばれた彼らはある日、当たり前の様に衝突した。いや、あれは衝突事故だった。

右窓際が左扉に理不尽にキレて掴みかかり、対する左扉が容赦なく右窓際をボッコボコにして病院送りにした。

正当防衛というには過剰過ぎる右窓際の怪我を責める大人達を顔の良さと口の上手さで籠絡し、教育委員会のサークルクラッシュという世にも後にもないであろう地獄を生み出した左扉は普通に次の日には学校に来ていた。右窓際はきっちり停学処分を受けていたが、受けていなくても来れなかっただろう。何せ、病室から暫く出られなくなっていたので。


まあ、ここまでは驚くことに瑣末事である。右窓際と左扉は衝突する前も単体でずっと問題を繰り返し起こし続ける青春のエラーみたいなもんだった。こんなんに数ヶ月晒され続けたら流石に皆慣れるもんで、件の事件はあ、やっぱり?そりゃそうなるっしょ笑くらいなもんで流されていた。

「俺の人生はアンタのもんだ。アンタにあげる。俺をアンタのモノにしてくれ」

などと大輪の薔薇の花束を抱えた右窓際が左扉に公開告白をかますまでは。


退院後、即座にその足で花屋に立ち寄り、5限目の真っ最中の教室に入ってきた右窓際は愕然とする教師も呆然とするクラスメイトも眼中に無く、一人平然としていた左扉にツカツカと近付いて、跪き、前述の台詞を蕩けるような笑顔で言った。そして薔薇の花束を差し出す。なるほどな。左扉にぶん殴られた衝撃で脳漿が飛び出たという噂は本当だったらしい。右窓際はどっかぶっ壊れちまったんだな。

左扉は数秒間、黙って自分に常軌を逸した行動を取る男を見つめていた。俺達は現実逃避気味にそりゃ左扉も驚くよな......と同情した。ところがどっこい、左扉は常軌を逸した行動には一家言ある男であった。

「ハハッ、ウケる」

たった一言、左扉は右窓際の言葉をせせら笑い、差し出された花束を奪い取ると目にも止まらぬ速さで窓から投げ捨てた。ポーンと綺麗な軌道で飛んで行ったそれは狙い済ましたように時期外れでロクに掃除もされていないプールに沈んで行った。

きゃらきゃらと左扉は笑う。

「お前、今日から俺の犬な」

右窓際は恍惚とした表情で左扉の言葉を享受する。

悪辣な笑みを深くして、左扉は命令する。

「じゃ、アレ取ってこいよ、ポチ」

「わんっ」

嗚呼、素晴らしき青春の一ページなるかな。まさか、クラスメイトがご主人様と犬になる瞬間を見られようとは。


まあ、それから色々......本当に色々あったけど、全て青春の一言に押し込めてしまおう。精神衛生上。

それから当たり前のように右窓際と左扉と連絡なんて取っていないけど、3年C組の生徒なら全員、あの後彼らがどうなったのか気になるに決まっている。だから幹事のイカれた発言に誰も思い立って否とは言えなかったのだ。

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