第12話Reborn-bon
──初めてのスクール登校日──
「リアム、これッ!昨日、学長先生からリアム君に渡してほしいって頼まれたの」
朝食を食べ終わり、ローブを羽織ろうとした時、カリナが菓子折りくらいの大きさの箱を差し出してきた。
あの人が……何が入ってるのか、検討がつかない。
しかし、どうしてカリナは昨日これを渡さなかったんだろうか……あ、さては勝手に中身を見たな。
昨日ではなく今、この箱を渡したことをまるで間違っていない様にニコニコしているのがいい証拠だ。
「ありがとう、姉さん」
しかしながら、お使いしてくれたわけで、お礼を言いながら箱を受け取る。
蓋を取ると──そこに入っていたのは、スクールの校章がついたローブと手紙だった。
『公爵様からのプレゼントです。……やったね! ── ルキウス・エンゲルス』
同梱されていた手紙の内容は端的な短い文章だったが、これが公爵様からのプレゼントだということ、そして、このプレゼントが送られてきた理由も、ローブのサイズを見れば理解できた。
きっと、入学式の締まらないダボダボローブ姿をみた公爵様が、特別に調整したこのローブを発注してくれたのだろう。
『こんな短い期間で仕立てるとは、ミシンみたいな機械があるのかな?それとも魔法?』
ところどころ前のローブと縫い合わせが違うのはこの短期間で出来上がる様、元々9歳用だったローブを調整したからだろうか。
しっかりと裁断、縫合され調整してあった。
こいつぁかなり、ありがたいプレゼントだ。
既存のスクール制服が着れる様になるまでは重宝する。
「さあ、行きましょう!」
杖ホルダーを腰につけ、新しいローブに腕を通す。
靴を履いて、準備も整うと、カリナと共に初のスクール登校へと繰り出す。
「これから毎日一緒に登校しましょうね!」
『毎日は無理じゃないかな……』と思いながらも、張り切って誘ってくれているのだからと、頬を掻きながら「うん」と答えを返す。
「カリナーッ!」
「げッ……ラナ……」
他愛ない話をしながら通学路を歩いていると、前方の曲がり角から手を振るラナがいた。
声の主を確認するや否や、カリナの悪態が耳に刺さった。
そんな悪態が全然聞こえてないって感じで、ラナは手を振りながらこちらに近づき、そして朝の挨拶をする。
「おはようカリナ、そしてリアムくーん!」
「おはょ……」
「おはようございます」
「あれ〜、カリナ?どこか具合でも悪いの?挨拶もせずに目を逸らしちゃって、いつもと違うよ?」
「あのね……!今日はリアムと初めての登校だから邪魔しないでって言ったよね!」
「え?そうだったっけ?」
「……もういい。あなたは本当に大事な話だけ聞いてない」
「えへへ〜、ごめんごめん」
「もぅ……」
これ以上は議論しても無駄と判断したのだろうか、そこから更にラナを咎めるわけでもなく、カリナは意外にもあっさりと引き下がった。
とはいえ、片頬を少し膨らませ、不満が全て削ぎ落とされたわけでもなさそうで、なんだかんだこの二人の仲の近さが窺える。
「スクール入学おめでとう、リアムくん!こうして会ってお話するのはリアムくんの入学試験の日以来かな?」
「そ、そうですね」
思いついた端から言葉を連ねているように話しかけてくるラナに、少々反応に困る。
「本当、調子がいい。そんな調子で今日の宿題も忘れたりしてないでしょうね」
「イデテテテッ、あ ッ!忘れてたッ!」
「……あのねぇ」
宿題忘れた宣言に、耳を引っ張る手を緩めカリナが完全に呆れている。
そんな2人を、雨が降らない日の虹でも見るかのように、口を少し開けたままボーッと見ていた。
「どうしたの?」
「ちょっとイメージと違ったというか……」
「イメージ?」
「姉さんもそうなんだけど……ラナさん?って僕が入学試験を受けた時も勘違いだったとはいえ、一応先生に試験官を任せられていたわけだし。それに、入学式のときだって箱を落とした姉さんを注意してるみたいだったから、その……真面目な人なのかな、と……」
入学試験の時も勘違いとはいえ先生に試験官を任せられたぐらいだし、しっかり者とは言わずとも真面目な人なのかと。
いや、でもよく思い出すと試験監督中に結構面白い動きをしていた気がする。
「え?そう?イヤ〜、照れるな〜」
「はぁー……この子、かなりのおっちょこちょいよ?それに、リアムが入学試験を受けた時ラナが試験官をしたのだってね、その時ラナは補講の最中で、アラン先生にその一環で手伝いをさせられていただけだから」
「てへっ」
「とりゃッ」
「アテッ」
ラナの額にデコピンが飛んだ。
ラナはデコピンが擦れた額を押さえながら、目で不満を訴えている。
「さ、リアム。こんなおバカちゃんは放っておいて行きましょ!」
カリナに手を引っ張られながら、『先入観に頼りすぎてはいけないな』と、改めて物事に疑問を絶やさず接する大切さを再確認した。
──校門前──
『なぜだろう、視線が痛い』
カリナに手を引かれ、校門に近づくにつれ視線が集まってくる。
「ええっと……ごにょごにょ」
少し後ろをトボトボ歩いていたラナが耳打ちで、なぜこの様な状況の渦中にいるのか説明してくれた。
スクールでのカリナは、優雅な立ち居振る舞いで尚且つ秀才、しかし同時に寡黙で他と一線を画す存在の高嶺の花。
それに加えて入学式で新入生代表挨拶を代わりに務めたオマケ付き。
その2人が手を繋いでいることに驚き半分、一部嫉妬も混じっていると、そういうことらしい。
「じゃあ、どうしてそんな姉さんとラナさんが仲がいいの?」とそっと聞き返すと、初めて話をしたきっかけは、知り合い同士だった親の縁から話すようになったということだった。
「なに、なんの話?私にも教えて?」
「な・い・しょ・♪」
「二人だけの秘密よ」と最後に付け加えて、僕の肩に手を回して、空いた人差し指を口の前に立てる。
「私だってリアムと秘密を共有したい!」
「へへーん、それでも秘密は秘密♪ ということで、またね、リアムくん!」
「コラ待てッ……!ラナ ──!」
律儀にも別れの挨拶をしてそそくさと逃げていくラナ、それをカリナは追いかけていってしまった。
「行ってしまった」
その後、僕は立ち往生し、視線が散り始めた頃にできるだけ影を薄くしてその場を離れた。
──教室──
入学式の日に教えられた教室に辿り着き、扉を開けて中に入る。
この教室も試験の時と同じ段々の長机が数列に並んでいる様な教室だった。
教室の中にはすでにある程度の人数の生徒が集まっており、各々が自由に談笑している。
席の指定もなさそうだったので、適当に誰も座っていない机の席について、鞄を机の下に置き、先生が来る時間までまったり過ごすことにした。
「やっと来たか……!」
げッ……ものすごく聞き覚えのある声だ。
「な……何だその嫌そうな顔は!」
心底、会いたくなかったのだから、誰から見てもわかるほどに僕の顔は嫌そうに歪んでいたのだろう。
「チッ!……まあいい。とりあえず席を詰めろ」
何なんだ、こいつは暴君か何かか……?
「オイ、なにか失礼なことを考えてないか?」
「考えてませーん」
勘が鋭いやつだ。
どうしてその勘を自分に都合の良いようにしか使えない。
「ほら、もひとつ詰めろ。フラジールが座れない」
「はいはい」
「し、失礼しますぅ」
とりあえず僕は何もなかった様、言われた通りに席を詰めることにした。
気まずい雰囲気のなか、しばしの沈黙が流れる。
「ゎ……たな……」
周りの談笑する喧騒だけが聞こえてくる中、ボソッとアルフレッドの方から聞こえた気がした。
「?」
何を言ったのか全然わからなかったのだが、向こうから寄ってきたわけで、無視するのも違うだろうし、アルフレッドの方に顔を向ける。
「わっ……悪かったな……」
「なに?」
「だからッ!悪かったなって言ってるんだ……!」
「ど……どうしたの急に?」
アルフレッドの絞り出すような再三の謝罪に、素っ頓狂な返事をしてみる。
「入学式の時は少しむしゃくしゃしていたんだ。お前と別れた後、父様と話をした。その時、聞いた……お前に粗相し、倒れた僕の代わりにお前が代役を買って出てくれたことを……」
あの後、アルフレッドとアルファード卿は、親子水入らずでゆっくりと話をしたらしい。
『アルフレッドのために代わったわけではない。まあ、その方が都合が良さそうだしそれでいいか』
新入生代表挨拶を代わったの理由は、単純にルキウスに嵌められたからだったが、"結果が全て"という言葉もある。
アルフレッドの解釈はそれはそれで都合がいいので、そのまま便乗させてもらうことにしよう。
「それに、決して父様は僕に期待していないわけではなかった……!だから決めたのだ!僕はこのスクールで父様の期待にも答えられる様、胸を張って、経験を積んでいくと!」
アルフレッドは完全に持ち直したらしい。
アルファード卿の懸念もこれで1つ消えただろう。
「お前は、そんな僕のいい友人になるだろうとも父様は言っていた。……父様の意向を勘違いしていた僕は入学式の日、僕よりも小さいお前についつい突っかかってしまった……だから……すまなかった、と……そういうわけだ」
アルフレッドは、それからジッと、返ってくる僕の答えを黙って待っていた。
「いいよ」
「へっ……?」
「だからいいよって言ってるの……わかった?」
間の抜けた声だ。
こちらの返答の意味がわかっていないようだったので、改めてもう一度、先日の件を許す旨を彼に伝えた。
「まぁ……じゃあ、これからよろしく……」
その後、まだ理解していないようなアルフレッドに、和解し、確執もなくなったというとこで、手を差し出す。
「……ふんッ」
すると、鼻を鳴らしながらも、差し出された手でようやく意味を理解したアルフレッドも手を差し出す。
……しかし、その手が組み交わされることはなかった。
「これからよろしくね、フラジール!」
手を取ろうとアルフレッドの手が伸ばされる。
だが、こちらの手を握るはずだったアルフレッドの手は空を切った。
「ふぇぇぇえッ///!」
手はアルフレッドの手をかわし、彼を挟んで向こう側に座っているフラジールへと伸びる。
手を差し出されたフラジールは顔を真っ赤に狼狽え、アルフレッドは目を点にしている。
「……やっぱりお前は嫌いだ!」
輪に引き込まれ、そして、同時におちょくられたことに気づいたアルフレッドは、その後、先生が来るまでずっと不貞腐れていた。
・
・
・
アルフレッドと和解して、10分が経った頃だろうか。
廊下に接する扉が開き、見覚えのある人物が教室に入室する。
彼女が教室に入って来たことに気づいた生徒からだんだんと談笑をやめて静かになっていく。
みんな、9歳とは思えないくらいに分別があるようで驚いた。
「……よろしい。皆さんおはようございます」
「「「おはようございまーす」」」
「では、まずは私の自己紹介からしたいと思います。私の名はケイト。この度、約1ヶ月後に控える実力テストまで、この仮のクラスである1-4の担当となりました。よろしくお願いします」
皆が静かになったのを見計らい、教壇についたケイトは挨拶と自己紹介を始める。
「仮のクラスに実力テスト?」
「なんだ、お前そんなことも知らないのか?」
「……悪かったな」
不覚なり。
さっきまで拗ねていたアルフレッドが元気になって、こちらをニヤニヤと見ている。
妙にイラっとする顔を向けられながらも、無知であるが故、アルフレッドに反論することができない。
「ふふん、ならばこの僕が教えてやろう」
嬉しそうに鞄から見るからに高そうなペンと紙を取り出して、アルフレッドは説明を始める。
「いいか、このスクールでは入学するとまず、生徒の実力を見極めるためのテストが行われる。このテストは毎年進級と共に行われ、成績順にクラス分けがされるのだ。クラスは上からS、A、B、C、Dと良い成績順に並べられ、その人数が大体……」
Sクラス 3人+特別枠
Aクラス 20人
Bクラス 20人
Cクラス 20人
Dクラス 10人
「といったところだな。クラスのランクが上がると、受けられる自由科目と時間が増える」
スクールは、習熟度別にクラス分けをするシステムを導入しているらしい。
「この特別枠ってなに?それに自由科目って?」
「お前……特別枠ならまだわかるが、自由科目も知らないのか?」
「し……知らない」
「……はぁ」
アルフレッドは信じられないものを見るようにこちらの顔を見て、如何しようも無い子供を見るような目をしてため息をつく。
『ええ、知りませんよ。知りませんとも。お願いだからそんな呆れた目で僕をみないでくれ……まさかアルフレッドにこんな目で見られる日が来るとは』
アルフレッドと出会ってそう思う時間すらなかったわけだが、自分が全然スクールのシステムについて知らなかったことは思い知らされた。
「お前、新入生のしおりを読んでいないのか?」
「なにそれ?」
「なぜしおりのことも知らない!……あれは新入生全員に入学前に届けられているはずだ……!」
何度、クエスチョンマークを浮かべれば良いのだろうか。
次々に知らない新情報が出てくる。
アルフレッドも、大きくなってしまいそうな声をなんとか抑えていた。
「あのさ、そのしおりって大体入学前の何時頃に届くのかな?」
入学前と言われても、どれほど前なのかわからない。
リアムが入学試験を受けてから、入学式を迎えるまでの期間が1週間程。
「確か2ヶ月くらい前に届いと思うが?」
へぇー……入学を突然志願したことに多少なりとも責がないこともないが……あの学長……そのしおりを僕に渡すのを忘れてたな……!
「……もらってない……しおり」
内心、片手軽い握り拳を額側頭部あたりに当て、「てへ」ってる、ルキウスを想像し、怒りに震える。
ローブを渡す気遣いができるなら、どうして、しおりのことに気が付かないんだあの人は。
「そ、そうか……そういえばお前は、少々特殊な入学の仕方をしたんだったな」
アルファード卿から僕が通常の方法で入学してないことを聞いていたのだろう。
しおりをもらっていない旨を伝えるその底冷える様な声に、呆れていたアルフレッドの目が同情のそれに変わっていく。
「仕方ない。とりあえず今は、僕が説明してやろう」
「……頼む」
「ではまずは、僕も対象となっている特別クラス……どうしたのだ?フラジール?」
フラジールがアルフレッドのローブの袖を引っ張っている。
「だからどうしたのだフラジール。僕は今こいつに教鞭をとっているところなのだから何もないなら邪魔をするな」
つられて僕もフラジールを見る。
引っ張るだけで何も言わないフラジールに「用がないなら邪魔をするな」とアルフレッドが言うと、フラジールは掴んで引っ張っていたアルフレッドのローブの袖から手を離し、青い顔で首を横にフルフルと小さくふる。
そして、ローブを掴んでいなかった方の左手を恐る恐る上げて、その人差し指を教室の前方の方へと向ける。
「「はっ?」」
……そちらを見る間もなく、僕とアルフレッドの間を白い物体が駆け抜ける。
僕から言わせれば、今のは、風を切る弾丸だった。
後ろの机の前板に当たる音とともに、パラパラと白い何かが肩に落ちてくる。
お互いの片肩にかかる白い粉を視認した僕とアルフレッドは、恐る恐る飛んできた物体が当たったであろう後ろの机の前板を確認した。
「── と、このように、私は風魔法の他にも水、光、魔法陣学の教鞭をとっているので、皆さん、私が担当する科目を取った際にはぜひよろしくお願いしますね」
前板には、放射状に登る尾流雲の芸術と、固形物の名残の破片がパラパラと今も少しずつ崩れ落ちている光景が貼り付いていた 。
ケイトの声に「バッ」と教壇に視線を移す。
アルフレッドも同じように視線を移した。
そこには、ニッコリとした笑顔で教壇に立ち、こちらに微笑みかけるケイトの姿があった。
「何かわからないことがあれば、手を挙げ、許可を得てから質問すること」
主に、個人的な話をしていた二人に、ケイトは引き続き笑顔で教室全体に向けて告げる。
しかし……これはいいチャンスなのでは。
「はい! ケイト先生!」
「……何でしょう……確か、リアムさんでしたね」
ケイトは笑顔のままそう聞き返す。
口元がピクついた様な気がするが、発言の許可を得たので、すかさず言葉を連ねる。
「はい、リアムです。僕は、
気持ち、語気を強めた「学長先生」に、ケイトはまた口元をピクつかせた。
「……いいでしょう。しかし、これからは先ほども申した通り、わからないことがある時には今回の様に先生に質問すること……いいですね?」
「以後、気をつけます」
お許しの発言中、動揺の色が僅かに見て取れたが、「いいですね?」と、揺るぎない笑顔でケイトは言い切った。
「鐘が鳴りましたのでこれにて1限は終わりです。次の授業は30分後ですので、各自、暴れたりせず大人しく休憩する様に」
終業の鐘が校内に響き渡り、授業終了と次の授業開始時間を告げてケイトが教壇から離れ教室を出る。
その足取りは、少し足早だった。
「上級生は進級のタイミングで実力テストがある様だが、新入生だけは入学して1ヶ月後のテストを行う。特に、新入生の場合は学力だけではなく、普段の授業態度や生活態度も大きく評価される。と、そうしおりに書いてあった」
お前も気をつけるがいいと、先ほど注意された僕に、これまた先ほど注意されたアルフレッドが説明する。
『だからか。妙にみんな年齢のわりに分別があるなって思ったけど、自分の内申点を少しでも上げておこうってことだったのか』
親もそのしおりには目を通しているだろうから口すっぱく色々言われているのだろう。
初めての授業だった、だからこそ、同調圧力を上手く利用している。
うん……納得した。
「そして、さっきの続きだが、まずは特別枠だ。特別枠とは……まあ結局はコレだな」
「金……?」
「ああそうだ。将来何かしら大きな職を継がないといけない子供達は色々と専門的なことを学ばなければならない。そこで、特別枠には一定の学費を納めることで入ることができるという制度がある、という訳だ」
休み時間に入って、自由になったアルフレッドが、授業中に話していた続きを話してくれる。
「僕も特別枠でSクラスに入ることが決まっている」
「へぇ」
アルフレッドの作った右手の人差し指と親指で輪っかが、なんだか俗に塗れているように見えるのは、きっと僕の想像力が豊かなせいなのだろう。
「もっと興味を示せ!……また、何か失礼なこと考えていないか?」
「ナイナイ。それじゃあ自由科目ってなに?」
「……自由科目は自由に選べる科目といったところだ。剣術や鍛治、薬学などだな。そして、僕の様な貴族にもなると『貴族科』というものまである」
「……」
「そして、クラスのランクが上がるごとに国語や算術などの基礎授業が免除されて選択することのできる自由科目の量が増える。だからSランクには特別枠があるという訳だ」
おっ、クラスランクが上がればそれだけ自由に好きな科目を選択することができる……これはいいことを聞いた。
「モチベーションを刺激するなかなかいい制度だね。皆が上のクラスに所属したいわけだ。大体わかった。後はしおりを貰いに行ってから自分で確かめてみるよ」
「ふんッ。わからないことがあればこのアルフレッド様に聴くがいい」
急にふてぶてしくなったな。
まあ、助かったことは事実だから、今回は助かったと素直に思う。
「ねぇ、そういえばなんでそんなにしおりの内容を把握してるの?」
「……優秀な人間が近くにいると、嫌でも学びに打ち込むと言うものだ」
アルフレッドは感慨深そうに語っていた。
そんなアルフレッドに僕は、『彼は本当に9歳?』と哀愁漂わせる彼に、良い意味で親近感を持った。
──2限目──
『つまらなすぎる』
トイレなども済ませ、張り切って次の授業に臨む今この時、絶望していた。
『授業内容がこんな基礎中の基礎なんて……しかもこれが1ヶ月続くのか』
授業科目は国語。
内容は基礎文字の練習だった。
僕はこの世界の文字の読み書きができる。
自動翻訳のおかげだろうが、集中して感覚を研ぎ澄ましてみると母国語を扱うように、その言語を初めから知っていた様な不思議な感覚を感じ取る。
そして、思い出すように覚えた言葉は普遍かつ不変的で忘れることはない。
「新入生は字が書けるものだったり字も読めなかったりとばらつきがある。しかし、最初からテストをしてクラス分けしてしまっては個人の環境の差が大きく出るからな。だから新入生は1ヶ月だけ基礎授業のみの猶予が与えられる……らしい。しかし、これは暇すぎる。僕は家で一応スクール低学年程度の学習は終えているからな」
つまらない授業に、アルフレッドも苦言を呈する。
そりゃあ、学校に通ったことがない生徒達の初めての授業なのだから、と予想はしていた。
それでも一応は異世界の理の下、しかしここまで退屈となると、暇つぶしの本でも持ち込めばよかったと、後になって自分の想像力の無さにガックシきた。
結局、次の算術の時間は『数字の練習』と、なんの生産性もない退屈な授業だった。
ー side story ー
「クシュンッ……おや、精霊が噂でもしているのかな?」
ノーフォーク公立学校学長ルキウス・エンゲルスは突如、襲ってきたくしゃみに「迷信のせいかな?」と呟きつつ、机に広げていた文献を閉じる。
昼四つの隅中 ── まだスクールの1日は始まったばかりなのだが、春であるこの時期、この時間は、どうも精霊が春の風とともに眠気を運んでくる。
くしゃみで少しその眠気を散らしたルキウスは、学長室の窓の前に立って背伸びする。
そして、窓から差し込む暖かな光を浴びながら、残りの眠気もきれいにリセットした。
「あ……そういえばリアムくんに新入生のしおり渡すの忘れてた。……まぁ、いっか!」
ルキウスは効率家でありながら、何よりも面白さを追求する。
唐突に思い出した自分の失敗も、面白ければそれでいい。
だって、その失敗で自分が不利益を被ることはないのだから。
「学長先生!一体どう言うことですか!」
学長室の扉が開かれ、ケイトが乗り込んでくる。
「これはケイト女史。どうされたのです?」
「学長先生……あなたリアムさんに新入生のしおりを渡し忘れてましたね……!」
ドッと嫌な汗が流れる。
「あれは新入生がスクールに入る前にスクールの制度や体系を知るための大事なしおり。それを渡し忘れるとはなんたる体たらく!」
なぜよりにもよって彼女に伝わってしまったのか……そういえばリアムくんの仮担当者、彼女だった!
『他の先生たちならばまだ良い。……良識があるからなんとかできる。しかし彼女はまずい!』
他の先生たちならば多少のミスは水に流してくれるのだ。
……しかしケイトは違う。
「どうやら特に反論はない様ですね……それではこれをお願いします」
「あ、あのね、これは流石に……」
「いいんですか? アラン先生に告げ口しても」
「いやぁ、でもね、この魔石の数を承認するのは……半分にならない?」
「しっかりと隙間なく、書いてある研究資料の申請を通して、私のところに持ってきてくださいね」
1限目が終わってそんなに経ってないというのに、どこから出してきたのか。
使用目的は、彼女が持つ魔法陣学の授業で、とのことだが。
「それでは、しおりは私の方でリアムさんに渡しておきます。では失礼します」
そういって学長室から出て行くケイトと、ポツンと椅子に座り残される私……。
「……フッフッフ。リアムくん。一度ならず二度までも僕の不意をついてくるとは」
一度目は彼の入学試験の日。
預かり知らぬ伝達ミスとはいえ、元の原因は私だ。
しかし、もし彼があの難題(笑)の試験に受からなければ、ミスを浮き彫りにすることはなく、試験問題を間違えた理由も有耶無耶にすることができた……かもしれない。
『彼は僕にとってイレギュラーかな。ケイト女史を焚きつけるとは興味深い。そして面白い……!』
ルキウスは効率家でありながら、何よりも面白さを追求する。
思わぬ不利益が
しかしこれは多すぎる……残された道は……自白しかないか。
「どう切り出したら、アラン先生の怒りが抑えられるかなぁ」
紙に積み上がる額面の塔に、どう処理するか思案するルキウスであった。
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