第10話Nostalgic Entrance


 はぁー、スマホ欲しい……。


 ルキウスの思いつきで、倒れたアルフレッドの代わりに新入生代表挨拶をすることになった。

 突然のバトンタッチにこう思ってしまうのも無理はない。

 これからアルフレッドの代わりに挨拶をするわけだが、そこには特に解決すべき難問がある……それは、いかに子供らしくスピーチするか。

 外見は7歳の幼子。

 新入生という事で、聴衆の人たちのほとんどが9歳だと脳内修正してくれるだろうが……してくれるだろうか。

 いざ挨拶をしろと言われても、子供らしい式での挨拶なんてものが思い浮かばない。

 頭の中で会話を組み立てていくが、一文考えて次の文にシフトすると、前に考えていた文が勝手に高校生か大学生が喋るような文章に変わっていってしまう。

 こういう時、常識的な文章を調べたり、メモを取ることのできるスマホって改めてすごいなと、非現実的な無い物ねだりをしてしまうほどに苦戦していた。

 倒れたアホフレッドのお側付きであったらしいフラジールが挨拶用のカンニングペーパーを持っていたので拝借したのだが、内容は大人が考えた文体で、大半が自分のこれまで、つまりスプリングフィールド家及び領のことと、ノーフォークとの関係を主体としておいた友好挨拶交換的な全くアテにならないものだった。


 全く使い物にならない。

 どうしようか……もう式が始まる。


 実の事を言うと、もう僕たちは入場するために会場の建物の扉の前で待機している状態なのだ。

 ……あの提案(ジェットコースター)からはまだ5分ほどしか経っていない。

 というか、その5分もほぼ式場(フリーフォール)への移動だった。

 さっきの騒動で先生方の時間が取られ、式はすでに遅延しているらしい。

 

「新入生、入場」


 毎年新入生代表挨拶者が先頭を歩くんだと……どうかしている。

 コケるな……それだけはダメだ。

 縁起が悪い。


 会場は、普段ここが魔法練習場だなんて言われなければわからないほどに整備されていた。

 やっぱり魔法の力ってすごい……じゃない、最優先で考えないといけないのは子供らしい入学代表者としての挨拶だ。


「どうしてリアムが先頭なんだ?」

「最年少だから……?」


 拍手とともに迎えられる新入生一同。

 今から子供らしい言い回しを一から考える時間はない。

 かといって、幼少の記憶から引っ張って参考にしようにも、存外に、歳をとると自分のクソガキっぷりは木の枝でできたダムに堰き止められてるように思い出したく……思い出せない。


「新入生、着席」


 時間は伸び縮みするものらしい。

 体感3秒くらいで割り当てられた自分の席の前に立っていた。

 号令とともに周りの新入生が一斉に席に着く。

 考え事をしていた所為で一瞬遅れて、視界の端に入った同級生の動きに慌てて着席する。

 あっ、今の、ちょっと子供らしい行動だったかもしれない。


「開会の言葉」


 厳かな雰囲気で入学式が始まる。


「これより第35回、ノーフォーク公立学校の入学式を始める」


 来賓席を立って壇上に上がった荘厳な身なりの男性は30歳ぐらいだろうか、開会の宣言をすると彼は壇上を降りて再び来賓席に着く。


 学長のお話

 ↓

 新入生代表挨拶

 ↓

 来賓代表挨拶

 ↓

 閉会の言葉


 昔、体験した入学式と比べるとかなり目次が少ない……その分、学長の話が長いことを祈ろう。


「学長のお話」


 目次が読み上げられて、ルキウスが壇上へと向かう。

 話の間、僕は次に控える新入生代表の挨拶文を考えることに一意専心す。


「ノーフォークスクール学長のルキウス・エンゲルスです。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。そして御来賓の皆様にはこのめでたき日に御臨席いただけた事に心より感謝を申し上げます。また保護者の皆様方におかれましては、お子様が本学への入学を無事に迎えられましたことを心よりお祝い申し上げます。さて、新入生の皆さん。君たちはこれからこの学校で将来のため、学を修め、技術を磨き、互いに切磋琢磨していかねばなりません。しかし、ここで私が偉そうに言葉を連ねるのは野暮というものでしょう。今日の主役は皆さんです。これから学ぶにあたって迷い悩むこともあるでしょう。そういう時は私たち教員、そして在校生の先輩に尋ねてください。きっと力になってくれるでしょう。それでは、短い挨拶とはなりますが、今日が君たちの良き門出となることを祈っています。最後に改めて祝いの辞を述べさせていただくとともに、これで私からの話は以上とさせていただきます。おめでとう」


 耳から入ってきた拍手の音に、顔を上げた。


『あんたそれでも学長か! まずは僕の力になってくれよ! 長としてのプライドはないのかこのハゲ!』


 まだ若い彼は、実際はかなりふさふさなのだ。

 これだけ短いとなるとそう言いたくもなる。

 拍手に迎えられて壇上を降りて、ルキウスの軽快口調で超シンプルな学長挨拶が終わる。


「あっ……」


 壇上から降りたルキウスとふと目があった。

 すると、ルキウスはこちらに向かってウインクをする。

 大人と子供のハートフル映画なら、お膳立てはしておいだぞ……みたいなアイコンタクトにとれるわけだが、新入生が主役だうんたらかんたら、悪意盛り盛りの挨拶と相まってあのウインクの裏には得体が知れない恐ろしい黒い何かがあるような気がしてままならない。


「えー、続いて本日の新入生代表挨拶なのですが……」


 ……もう、出番が来てしまった。


「本日代表予定だった生徒が急遽、式に参加できなくなったため、代理の新入生に挨拶をしてもらう運びとなりました……」


 代表者交代のアナウンスに会場がどよめき始める。

 序列によって新入生代表候補から子供が外れた名家の人間にはよりショックが大きい。

 しかし名家の人間でなくとも、おそらく、今日の代表挨拶者が誰なのかは結構な人たちが知っていたと思われる。

 だってどの人かは知らないけど、来賓にお隣の領地を治めるスプリングフィールド辺境伯が座っているはずだし、知らないはずがない……僕はついさっきまで知らなかったけど。


「それでは新入生代表挨拶、新入生代表リアム君」

「……はい」


 どうか同級生諸君、この晴れやかな式の主役である君たちの代表の返事が弱々しくなってしまったことを許してほしい。

 求められるものと言えば子供らしく拙さを残しつつも、代表として品を疑われない程度の挨拶……難易度が高い。


「……」


 名前が呼ばれ、席を立ち壇上に向かう。

 会場のどよめきが強くなっていく。

 ──ッ、当たり前の反応だ。

 毎年新入生代表挨拶は権力を持った貴族や商家の子供が担っているのだ。

 それを、代表として家名すら持たないダボダボのローブを着た小さな男子生徒が転けないよう裾を気にしながら壇上に向かっている。


「なんだあの子は……どこの家の子供だ」

「リアム……リアムというと……まさか?」

「家名もないということはただの平民ではないか」


 最高とは程遠い、最悪の気分だ。

 好奇の視線、疑いの視線、様々な批判の乗せられた視線に晒される。


「……」


 壇上に上がる。

 会場を包んでいたどよめきは、──シン、と綺麗になりを潜めた……もう逃げられない。

 もうヤケクソぶっつけ本番即興しかない、こうなったら無理やり思考停止して頭の中の年齢を下げるしかない。

 いいか、頭を真っ白にして考える力を低下させれば丁度いい塩梅でスピーチできるはずだ……いやできるッ!


「麦の種まきが始まる春暖の候、私たちは今日、このノーフォーク公立学校(スクール)の入学式を迎えることとなりました」


 空気の擦れる音が鳴らない程度の深呼吸をし、頭の中を空っぽにしてい……おわった。


「私たちも撒かれた種の様に新しい芽を出す時を迎え、こうして大勢の方々に祝福をいただけることをとても喜ばしく思います。そして、私たちも芽を出し成長する種のように、これからその芽を高く伸ばしていかなければなりません。これからこの学び舎で勉学に勤しむこととなる私たちが心に留めておかないとならない事とは、貪欲に知識を吸収していくこと、また、その知識を上手に利用するための経験と豊かな精神を育んでいくことだと思っています。時に華やかに、時に厳かに……魔法や剣術、商売、ダンジョン攻略、どんな様々な分野に置いても、実践していくには学び研鑽する事が必ず必要となります。先生方、先輩方におかれましては、どうか温かいご指導ご鞭撻のほどをいただき、そして保護者の皆様方、どうか勉学に勤しむ私たちをこれからも支えてください。よろしくお願いいたします」


 深く考えてないからこそ、失敗したくないという無意識(プライド)が、適当な言葉を口に探させる。


「最後となりましたがご来賓の方々、学長先生をはじめ諸先生方、上級生の皆さん、これまで支えてくださった保護者の皆様、入学する私たちのため、この様な素晴らしい式を催していただいきありがとうございます。そして、この感謝の言葉とともに、新入生代表挨拶の締めくくりとさせていただきます」


 焦りに反して、口が止まらない。

 修正できないと思った時には、もう、終わってる。

 準備不足って怖いよね……どうしよう、この空気……。


 挨拶が終わったにも関わらず、会場は静まり返っている。

 静寂に喧しいポルカを踊られているようで、頭を抱えたくなる。


『元々文章を考えてもらってましたー!……なんて勘違いしてくれないかな……ないか。司会の人が急遽変更になったって説明しちゃってる』


 とっさに考えつく希望が片っ端から潰されていく。


『口はスラスラ動いたけど、消沈していた感情が乗っていなかったというか、乗っていたのか、聴衆には伝わってしまったのか。こんなことなら喝采を清々しく求めて、堂々と始めればよかった。今度からそうしよ。うん、ホントどうしようこの空気。ま、僕のせいじゃないし、いっか。これはね、世界が悪い』


 静寂に自尊心が削がれ、自信(プライド)をしぼめられていく。

 パチ、パチ、パチ……ついに幻聴まで……どこかから鳴りもしない拍手の音が聞こえてくる。


『あの人は……』


 幻聴に引き続き幻覚か、然もなくば現実か、入学式の開会宣言をした荘厳な身なりのおじさんが両手を交差させるように叩いていた。

 それを皮切りに会場からちらほら、まばらな拍手が鳴り始める。

 開会宣言おじさんに続いて拍手してくれたのは彼の隣にいたこれまた30歳くらいの見知らぬおじさん、彼は……拍手おじさんと名付けよう。

 それからルキウス、先生方、そして保護者席にいるアイナ、ウィル、在校生席から聞こえる一際激しい拍手はカリナだ。


『あの人がこの領地を治めてこの学校を運営し、更にはアウストラリア王弟であるという、ブラームス・テラ・ノーフォーク公爵……』


 拍手の種が芽を出したところで、芽は多方へ徐々に広がり大きくなっていく。


『これが……大勢に認められた時に感じる高揚感』

 

 次第に大きくなる拍手に腹の底から込み上げてくる熱を感じる。

 それが安心から来るものなのか、嬉しさから来るものなのかは甲乙付け難い。


「ありがとうございました」


 拍手が鳴り終わらないうちに僕は壇上で一礼して、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分に退散する。


 席に着くと拍手が鳴り止む──が、


「……」


 席に戻ると同い年の新入生達から奇異な目で見られていることに気がつき、心寂しく肩を竦める。


「素晴らしい挨拶でしたね。それでは、次は来賓の方々を代表して、ブラームス・テラ・ノーフォーク様に新入生の皆様にお言葉を頂戴したいと存じます」


 司会に紹介を受けると、来賓席の中央に座っていたあの荘厳な身なりの開会宣言おじさんこと、ブラームスが立ち上がった。

 鎮まり返った重い空気の中を先陣を切って、拍手も一番にしてくれた。


「新入生諸君、本日は入学おめでとう。私はこのノーフォークを治める領主、ブラームス・テラ・ノーフォークである」


 その後も、ありがたーいお話が続いていく。

 お話の中には来賓紹介も交えられていて、さっきもブラームスに続き拍手をしてくれた拍手おじさんが、スプリングフィールド領領主アルファード・ヴァン・スプリングフィールドだった。


「今年の新入生も、顔は希望とやる気に満ち溢れ、何より聡明である。どの子も、それぞれが自分の良い所を己で理解し、至らぬ部分は諦めず努力することの大切さを知っている、そんな優秀な自分を誇ることのできる子になって欲しいと心から願っている。……まあ、今回は優秀すぎる特殊な例も存在する様だが──」


 こちらに軽く目配せしたブラームスの言葉で、会場から控えめの笑いが起こる。 

 頼むからあまりなじらないでくれ。


「保護者諸君もよく、ここまで彼らを育ててくれた。諸君らの慶福する気持ちは、私も息子と娘を持つ一人の親として共感するところがある。実は、私の娘も今年入学するこの子らと同じ年齢だ。今日は公爵として、そして一人の親として、新入生諸君と同じ役目を共に背負う貴君らに祝辞を送る……それでは、未来の繁栄と本日の門出を祝って……」


 祝辞も最後に差し掛かっていた頃、ブラームスが懐から一本の杖を取り出す。


「未来への旅立ちに祝福あれ」


 杖の先から温かい光が溢れ、会場全体を包み込む。

 天井に広がって降り注ぐ光に、来客も、生徒たちも、無論、僕も感嘆としていた。


「……なのにさ、どうしてまたこうなるんだ」


 この魔法もどうやら精霊が関係する儀式の一種だった様で、降り注ぐ光は洗礼式の時と同じ様に僕を避けて周りに落ちていく。


「……」


 ブラームスがこっちをまた睨んでいる。

 壇上からはこの異様な現象がさぞハッキリと確認できるのだろう。


「民に祝福あれ……ではこれにて、第35回ノーフォーク公立学校入学式の全てを終了とし、閉会する」


 新たな門出を祝う祝福も終わり、閉会宣言もブラームスの担当だったため、そのまま壇上を降りることなく閉会への下りと至った。


 閉会後は、退場することなくその場で先生たちから登校日の確認を受けて各自解散。


「最高だったのか最悪だったのか、その中間でもなければ……よくわからない」


 登校日は3日後。

 解散となった後、校内をぶらついて時間を潰していた。

 ウィルとアイナは保護者の説明会、兼、懇親会、カリナは在校生として式の後片付けに駆り出されている。


「……代表挨拶って、フラジールにやってもらえば万事解決だったんじゃ?」


 爪先にコツンと当たった小石を蹴っ飛ばすと、閃く様に気づいてしまった。

 お側付きで同じスプリングフィールド領出身の彼女なら、アルフレッドのことを隣で見てきたかの様に、初めに1、2文適当な文加えて、カンニングペーパーの出来事を人称を変えて話せば済んだのでは……会話するには問題ない程度であったが、あの子は利発さに反比して自分に自信がなさげだった……気が弱そうだったし、押し付けるのも酷だったか。

 今更そんなことに気づいても後の祭りだ。

 僕はもう、やってやったんだ。


「だけどなー……なんであんな自業自得野郎の尻拭いを」

「平民! よくも僕の晴れ舞台になるはずだった新入生代表挨拶を横取りしてくれたな!」


 ……後から、ちんちくりんな怒鳴り声が聞こえてくる。

 相手は誰だろう、かわいそうに。

 平民って呼ばれてるってことは相手は貴族か……それに新入生代表挨拶を横取りって……。


『横取りした記憶なんてないんだけどにぁハハ……』


 知らぬ存ぜぬで、高圧的な物言いで絡まれている人物に同情を抱いていたが、最後の新入生代表挨拶という言葉に身に覚えがある。

 無視すると後々、また悪いことが身に降りかかりそうで怖い。


「何かご用ですか?」


 振り向いて、渋々アルフレッドに伺いを立てる。


「平民!よくも僕の晴れ舞台になるはずだった新入生代表挨拶を横取りしてくれたな!」


 ……リピート?


「おい! 返事をしろ! これじゃあまるで僕がお前に構って欲しいだけのように見えるだろ!」


 実際、そうなのではないだろうか。


「それに俺の魔法を食らってピンピンしやがって! どんな汚い手を使った! ……は! まさかトリックかッ!」


 魔法があるのにトリックなんて概念がこの世界にも存在するのか。

 一つ勉強になった……と俯瞰を試みるが、擦り付けもここまで来るとこっちの心境も穏やかでない。


『そろそろ怒っていいかな。勝手に絡んで、勝手に魔法を放ち、勝手に自爆して、それを全て僕が悪いのだと言う。それにお前が自爆したせいで、やりたくもない挨拶をこっちに飛び火させた挙句(本当)、その引火で式の挨拶では誘爆までしたんだぞ(これは単なる自爆)。さらにその後の処理も面倒ときた』


 このままだとまた自爆させられかねない。

 はてさて、この高慢ちきにどう対処したものか。


「アルフレッド、その辺にしておきなさい」

「父様……」


 この人は、あの拍手おじさんではないか。

 アルフレッドの父親として仲裁にでもきてくれたのか。


「聞いているぞ。今回の件は全面的にお前が悪い。それに彼は倒れたお前の代わりに新入生代表挨拶をしてくれた。彼の優しさに感謝こそすれど、攻め立てるなど言語道断だ」

「しかし……だけどッ!!!」

「私はスプリングフィールド領、領主アルファード・ヴァン・スプリングフィールドです。陛下からは辺境伯の称号を賜って領地を治めている」


 咎めると反抗しようとした息子(アルフレッド)を放置、無視してからの突然の自己紹介に面食らった。


「リアム君。今日はうちのアルフレッドの代わりに代表挨拶をしてくれてありがとう。見事な代表挨拶だった」


 感謝を口にしながら差し出される手に、さらに面食らった。


「いいんですか? 僕に礼を……その、貴族の誇りとか……」

「ハッハッハ! 君はその年でそんなところまで気が回るのか? 大丈夫! 君がしっかりとした挨拶をしてくれたおかげで棄権する形になったうちの家名にも逆に傷がつかなかったとでもしておこう! 筋を通してこそ、だから私は君に礼を言う」


 アルファードは上の前歯の裏側が見えるほど大きく口を開けて杞憂と一蹴する。


「そうですか」


 豪快な人だ。

 心配は無用の産物だったようだし、この人から差し出された手だったらとってもいいだろう。


「それではそのお言葉を謹んでお受けいたします……遅くなりましたが、私はリアムと申します」

「君はその年で本当にしっかりしているな……将来が楽しみだ。どうだ? 将来はウチの領地に来て働かないか? 文官として相当優秀に育ちそうだ。優秀な文官は重宝する!」


 文官の重要性を力説しながら、ぜひ将来はウチの領にと勧誘されたもんだから、ちょっと手を取るのが早かったか、なんて思ってしまった。


「お誘いは嬉しいのですが、将来のことは自分でも予測がつきませんので……謹んでお断りいたします」


 お断りする。

 これにはアルファードも目を丸くしていた。


「そうかそうか! そうだとも、君の将来を選ぶ権利は君にある! 物事を常に前向きに考えることができるのであれば人生というものはそれだけ豊かになる。しかしなかなかどうして、ずっとそうあるわけにもいかない。君も己の道は己で真っ直ぐに、時には臨機応変に遠回りでもして着実に一歩ずつ、踏みしめて前に進んでいくといい」


 すごい人だなこの人は……。

 前を向いて歩くことの難しさと大切さを人生観として豪快に説くアルファードの人柄にチョッピリ憧れを抱いた。


「──ッ!どうして父様とうさまは楽しそうにそいつと喋ってるんだよ!父様は僕の父様だろ!それなのになんでそんな奴の味方をするんだよ!悪いのはそいつじゃないか!」

「やめなさい! アルフレッド! お前も自分ではわかっているのではないか!」


 ……顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。


「アルフレッド、正直に話そう。今回の出来事、私は悪いのはお前だと思っている。……そして問おう。お前はリアムくんに謝罪をするべきだ……違うか?」


 真剣な言葉で、真剣な眼差しでアルファードは諭す。


「── クソッ!」


 守ってくれるものだと思っていた存在に裏切られたと感じたのか、それとも真剣な父親の問いかけに堪えきれなくなったのか、口をつぐむしかないアルフレッドは溜まりに溜まったものを短く吐き捨てて踵を返し静かに離れていく。


「どうして……僕だけ……ッ」


 何かを我慢するように肩を震わせ、小さな背中が遠ざかっていく……。


「あの震えが良心の呵責だと思って、どうか許してやって欲しい……あれも根は素直で悪い子ではないのだ……」


 遠ざかるアルフレッドの背中を見守りながら、アルファードは独り言の様に許しを乞う。 


「うちの長男は現在、王都にある王立魔法学院の高等部に通っている。その長男が高等部に通うまではスプリングフィールド領で家庭教師をつけて教育していた。しかし次男であるアルフレッドは今回、他領地にあるこの学校に通うこととなった。この学校には素晴らしい環境が整っている、それはあの子も理解しているはずだ。だが心のどこかではおそらく、自分は兄ほど重要でないために私が家庭教師を雇わず、1からあの子のための環境を作らなかったと思っているのだろう……入学が決まってから今日まで、必死に自分がこのスクールに通う理由を考えていた」


 息子のことを語るほど、父親の表情は共に渋くなっていく。


「それに見ての通りあの子は他の子と比べて小さい。もちろん、これから成長期が訪れるのだからそれは些細な問題なのだが……それにその……他意はないのだが、あの子が君に突っかかる理由はその劣等感ゆえではないかと私は考えている……しかし劣等感などあの子が抱くのは間違っている! 私は心底優秀だと思っている! なぜならあの子はあの若さですでにッ!  国境線を守る防人さきもりである我が家秘伝の魔法を複数扱うことができるのだ! 魔力がまだ少ないため多用はできないが、いずれそれも時間が解決してくれる問題だ!」


 そ、それはよろしいことで……あぁびっくりした、しおらしく親の悩みを打ち明けていたと思ったら、突然拳を握って熱く語り出すんだもの。

 親バカだ。

 親バカがここにいるぞーい。


「あの子は外の世界を見て自分自身の才能を自覚し、その豊かな才能をさらに伸ばしていくことができる!違う環境に身を置くからこそ得られる経験もあろう!……引きこもっているだけでは本当の経験も知識も得られない。領民の気持ちを察する努力をしているうちに、ないがしろにしてしまう……貴族にはよくある話だ」


 握りしめられていた拳が徐々に緩んでいく。

 緩んだ掌を見つめる目は、どこか悲しそうだった。


「だからこそ私は思い切ってあの子をこの学校によこした。ノーフォークの環境は素晴らしい。実りがあり、他領との交流も盛んで、平和で、オブジェクトダンジョンもある。だがあの子は親に放り投げられた新しい地で迷いの真っ只中……こんなことを放り投げた私が頼むのも不躾であると自覚してはいるが、君もどうか気を悪くせず、時々でもいいからあの子の相手をしてやって欲しい……すまない、息子よりも若い君に妙な事を語ってしまったな……」


 ああ、そしてそう繋がるわけか。

 話に休止符が打たれたところで、アルファードの顔は可愛い息子の未来を憂う親の顔になっていた。

 いい親御さんじゃないか。


『これもまた、懐かしい顔だ……』


 それこそ僕がまだアルフレッドくらいだった頃、病院に泊まることもしょっ中だった頃……似た様な……子を大事に思う故に苦悩する親の顔を見たことがある。

 アルファードが話の中で垣間見せた世間を知らない愚かさと、それを知りたいのに方法がわからない辛さも身を以て知っている。


「よしッ!お詫びに将来は我が領地の文官として……」

「いたしません」

「はははッ!いや、全く!これは手厳しいな!」


 めげないなぁこの人も。

 こんなにも逞しい人ならきっと、これからも面と向かってアルフレッドと強く向き合っていくだろう。

 遠い地で一人とは形としては放任になってしまうのかもしれないが、僕の前世の父と母がそうしてくれた様に……これはこれで悪くない。

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