第7話Objection


 入学試験から3日後、ギルドカードの発行許可証を受け取るため、アイナとスクールを訪れる。


「リアム君の入学とギルドカード発行の許可証は無事取得できました」


 冒険者ギルドに登録しなければオブジェクトダンジョンに入ることができない。

 冒険者ギルドでは魔物の素材や魔石の買取をしているし、怪我をした冒険者の支援等、現代的に言えば社会保障的な面の役割も担っている。

 鍛冶職ギルドや医療ギルドも冒険者ギルドと連携をとっていて、それらギルドは本部となる中央ギルドに統合運営されているわ、仕事の受注・依頼窓口や銀行も運営してるわで、国から運営承認を得るギルドに登録してギルドカードを発行することで一つのステータスを確保する。 


 ギルドに登録するには10歳を迎える、またはスクールや学院に所属している必要がある。

 10歳というのは”自分で判断して動くことのできる年齢”という最低ラインとなる。

 スクール生は、オブジェクトダンジョンのリヴァイブと呼ばれる復活システムを利用することで事故による負傷を恐れることなくモンスターの生態を勉強したり、魔法や剣術の習得を効率的に目指すことができるため、優遇措置が認められている。  

 だから、スクールに所属する生徒は逆に、全員ギルドに加入する、となる。


 ギルドには年会費の様な会員費は存在しない。

 ギルド運営は、冒険者が魔物を狩ったり、採集したりで得た素材をギルドに売ってくれれば買取手数料を得られるし、仕事を仲介すれば手数料で利益が出るから、そういう所で利益を得ているらしい。

 ダンジョンで得た素材は絶対にギルドに売らなければならないという規則も存在しないが、領地を超えたとても巨大な市場を持ち、安定した適正価格で素材を買い取ってくれるため、素材を売る場合はギルドで、というのが冒険者の定石セオリーとなっている。


「ありがとうございます」


 ルキウスから許可証を両手で受け取る。

 受け取った許可証には特例を認める旨と、ノーフォーク領の領主の名前”ブラームス・テラ・ノーフォーク”の署名が記されていた。


「入学式までにギルドでカードを発行しておくように」

「はい!」


 思いつきからここまでトントン拍子で進んできたが、遂にダンジョンに入るために必要なギルドカードが手に入る。

 転生してから6年半、赤ん坊の頃から物事を考えることのできた僕にとって、この期間はとても長く、長く感じた。

 魔法に触れられるはずだった精霊契約ができなかった。 

 これで漸く、自分自身の力で魔法を行使する術を学ぶ環境を手に入れるための切符を得たわけだ。



──ダンジョン広場──


「そろそろかしら……うーん、でもこのベリーパイ、捨てがたい」


 昔はパーティーを組んで高ランクの依頼もこなす冒険者として精力的に活動していたウィルの仕事は、今でも冒険者である。

 パーティーを解散して、アイナと結婚してからは難易度の高くない依頼の片手間に簡単に手に入る薬草採集や魔物を狩って生計を立てるいわゆる低ランクの仕事をこなす方針をとっている。


「お待たせ!」


 今日もオブジェクトダンジョンに出向き一仕事を終えてきたウィルが、朝に待ち合わせ場所として指定していたカフェに到着する。 


「残念」

「なにが?」

「ううん、なんでもないの。ね、リアム?」

「うん……」

「それじゃあ行くか」

「ええ」


 ギルド支部はオブジェクト広場の一角にある第1支舎とオブジェクトの中を中心に活動する第2支舎に別れており、仕事依頼申請や銀行は第1支舎、第2支舎はギルドカード発行であったり、素材を買い取ったり、冒険者の入退場管理をしたり、と役割が分けられている。

 円形の大きいコロシアムの形をしているオブジェクトダンジョン”ケレステール”のあるオブジェクト広場には、ギルドノーフォーク支部第1支舎の他にも、教会、スクールなど、様々な主要な施設が広場を取り囲む様に集まっている。

 公都ノーフォークはケレステールを中心に開発されているため、街を囲う外壁も円形に近似し、東西南北にある門へと繋がる主要な道が広場から真っ直ぐ伸びているため便も良い。


 さて、今日向かうのはギルド支部第2支舎だ。

 オブジェクトダンジョンの建物内に僕たちは向かう。

 

 ケレステールの建物の中は活気に満ちていた。

 動物の耳と尾が生えた獣人、耳垂が締まり耳輪がとんがっているエルフ、背丈の低いドワーフもいれば、背丈が2〜3mほどもある人など、雑踏の中には人種以外にも様々な種族が見受けられる。


「そこからずーっと、ダンジョンに入る奴らのためのカウンターだ」


 回廊には建物の中心を囲む様に流曲線に広がるカウンターや取引所がずっと続いている。ダンジョンエリアへの転送陣は入退場カウンターの奥にあるらしい。


「いってらっしゃいませ」


 受付の人がカウンター横の開閉式ゲートを半自動で開く光景は実にシステマチックで、空港の手荷物検査場と駅の改札の役割が合わさったと想像するのがしっくりくるか。


「東側は主に入場専用ゲート、西側には退場用のゲートと素材取引所。転送陣は地下中央にあってね……」

「地下……?」

「あのゲートの先にあるのは階段で、たくさんの転送陣がある転送の間は地下にあるの」


 ここでふと疑問に思う。転送の間が地下にあるのなら、この階の中央はどうなっているのか。建物の中心部分が漏斗の様にぽっかりと空く。


「ねぇ、建物の真ん中には何があるの?」

「うーん、真ん中には広場があるんだけど……」


 アイナが説明し辛そうな顔で悩んでいる。


「まあ、後で連れてってやるよ……ときたら、早く登録を済ませよう」


 手を引いてウィルが急かす。

 ちょっとした我慢でウズウズしてしまうところもまた、父親らしい。



──窓口──


「確認いたしますので少々お待ちください」


 窓口受付のいかにも事務仕事が得意そうなお姉さんは、許可証を見た後に確認を取るため席をはずす。


「確認が取れました」


 しばらくすると戻ってきたお姉さんは手元で書類の作成と手続きを始めた。


「では、ギルドカードの作成にあたりギルドカードの説明をさせていただきます」


 そこからお姉さんの長い説明が始まる。


ギルドカード:ダンジョンポイントと冒険者ランクと名前を表示。ギルド関係の手続きはもちろん、ダンジョンに入るために管理入場ゲートでカードを提示する必要がある。また、ダンジョン内のダンジョンポイント交換所を利用する時、他のギルドカード所有者とポイントを譲渡、受取する時などに必要となる。


ステータスの魔石:魔法登録した所有者のステータスが書かれた半透明の立体板を出現させる。この時、他人からはそのステータスを可視することはできない。もし他人にも見せたい場合は「ステータス」と声に出すことで周囲の人間からでもそれを見ることができる様になる。


 お姉さんの説明を掻い摘んで要約するとこんなところ。


「では、カードと魔石に血をお願いします」


 何も書かれていない真っ新な保険証ほどのカードとガラスの様に透明な石、後、そういって針も手渡してくるお姉さんの営業スマイルが眩しい。


「わかりました」


 手渡された針をなんのためらいもなく親指の腹にチクッと指してカードに血をつける。


 血をカードにつけた途端に文字や線が次々に浮かび上がってくる。

 炙り出しされる白紙に勝手に浮かび上がってくるサマに、テンションが上がっていく。


「こちらにカードをお願いします」


 完成したギルドカードをジッと見つめる僕に預かり確認を催促するお姉さんの表情(カオ)は少し不満そうだった。

 もしかして彼女は僕が針を刺すのを嫌がると思っていたのか、それを楽しみにしていたのか。


『ストレスが溜まってるのか……可哀想に』


 僕ちゃん子供だし、気づかなかった振りして哀れんでおこう。

 ……この人には、対抗しなければいけないような気がするのはどうしてだろう。

 お姉さんにニッコリ笑ってカードを渡すと、お姉さんの顔もまた元の営業スマイルに戻る。


「はい、確認しました。これでギルドカードの発行は終了です。ステータスの魔石もこちらで作成されますか?」

「いえ、持ち帰って作成しようと思います」

「承知いたしました。それでは指輪型とステータスの魔石を受け渡しいたします。もし紛失された場合は再発行に料金がかかりますので、お気をつけください」

「はい」

「本日の要件は以上でよろしいでしょうか?」

「ありがとう」

「お疲れ様でした。それではケレステールのご加護があなた方と共にあります様に。良き冒険を」


 こうしてギルドカードの作成も終わり、窓口を後にする。



──アイナと解散後──


「さっき約束したからな。建物の中心がどうなってるか見せてやろう」


 晩御飯の準備があるため、先に家に帰ったアイナを見送ると、ウィルが約束を守るためと肩車してくれた。


「買い食いすると夕ご飯が食べられなくなるからまた今度な」


 向かった建物の2階には、1階と同じような回廊が広がっていて、2階回廊には様々な売店があった。

 物珍しく売店をキョロキョロ見ていると「母さんの料理が一番だ」と惚気ながら言い聞かせるウィルが、大きな両開きの扉の前へと立つ。


「いくぞ……」


 扉を押した先、そこには薄暗い巨大な空間が広がっていた。


「良さそうな席は……」


 中央を囲む様に段々下がる観客席には楽しそうに談笑するたくさんの人々がいた。

 ウィルは空いた席を見つけると、僕を肩から降ろして今度は膝に乗せる。


「あれは……?」


 建物の中が武道館の様な会場になっていたことにも驚きであったが、まず目を引くのが中央に浮く巨大な黒い四角形で構成された物体である。


「もうすぐ始まるからな」


 中心に浮かぶ黒い物体が光り始めた。

 光はこちらの目の慣れとともに安定していき、やがてそこには河原に立つ4人の男女が映し出される。


「オークジェネラルだ!」

「あいつらにはまだ早いって!」


 複数のモンスターとひときわ体躯の大きいモンスターが彼らの立つ岸の対岸に姿を現す。

 モンスターが出現すると、周りからの歓声によって会場は熱を帯び始めた。


「始まりました! ザ・リング vs エリアCボス、オークズ戦!進行・実況は私リッカがお送りし……おーっとこれは!オークジェネラルが混じっている!果たしてザ・リングはこの強敵を攻略しルーキー卒業の壁を無事乗り越えることができるのか!」


 4人の男女が映し出されたのと並行して、映像直下の中央舞台にはリッカと名乗った女性が登場し、映像の実況を始めた。


「あそこには、エリアボスに挑んでいるパーティーが映し出されるんだ。みんなこれをコンテストって呼んでる」


 周りが盛り上がる中、頭の上のウィルの顔を伺うと、ウィルは懐かしそうな目でそれを眺めている。

 映し出されたパーティーはオークの雑兵とジェネラルに戦闘を仕掛け始める。

 どうなっているのか、オークやオークジェネラルの咆哮や冒険者たちの音声も流れている。

 スポーツ試合を武道館の特設ステージに集まって観戦しているみたいで、スタジアムの様な臨場感がある。


「今、彼らが戦ってるモンスターはエリアCのボス、オークの集団”オークズ”だ。ジェネラルも1頭、混じってる様だ。あれは強敵だぞ」


 画面に映るパーティーとオークジェネラル達の戦いを見ながらウィルが解説を続けてくれる。

 映像ではオークジェネラルに魔導師らしき女が火の魔法を放ち、裏から回った男が腕を切り落とそうと剣を振りかざしていた。


「ほら、あいつらの装備にロゴが入ってるだろ」 


 彼らの装備にはいくつか種類の違うロゴが入っている。

 残念ながら腕を切り落とそうと剣を振りかざした男は、別のオークの横からの突進に邪魔をされ攻撃を失敗してしまった。


「ああやってスポンサーをつけて支援してもらうことも冒険者が稼ぐ方法の一つなんだ。もしスポンサーをつけたいのなら事前にギルドで登録しないといけない。といっても、スポンサーもある程度ランクを上げないとつかないから初めは気にしなくていい」


 戦闘の映像と音声を流すライブ……それにしても肖像権とかどうなってるんだろう?


「浮いてるのは?」

「あれはオブジェクトダンジョンが出現した時から一緒に備え付けられていたらしい。オブジェクトダンジョンはここ100年の間に各地に出現したものだが、皆が攻略に躍起になる一方で、まだまだ謎が多い。世の中にはダンジョン学ってのまであって、確かこの街のスクールでも教えていたから興味があったら入学した後に先生に尋ねるといい」


 ここ100年の間に、各地に出現し始めた不思議なダンジョンへの入り口。

 なぜこれらが出現し始めたのかは未だ謎なのだという……あっ、ザ・リングがオークを一頭倒した。


「いけー!あッ、危な!」

「ギリギリだったなぁ」

「坊ちゃん元気がいいな。ナッツ食うか?」

「いいの……?」

「いただいとけ」

「ありがとうおじさん」

「すみません」

「いいっていいっ……あ、あんた、アリアの」

「今は親父ですよ」

「……そうだな。あんたもどうだ?」

「おっ、すみませんね〜!」

「いいって!さあコンテストを楽しもう!」


 ここまで白熱できるとは、我ながら娯楽に飢えていたのだろう。

 ザ・リングvsオークズの戦いは、無事、ザ・リングの勝利に終わった。


「ただいま〜」

「おかえり!」


 コンテスト観戦を終えてすっかり日の沈む夜に差し掛かる頃、家に着いたリアムとウィルはアイナとカリナの待つ夕食の席につく。


「豆のスープ……」

「嫌だった?」

「全然!? な、俺たち豆大好きだもんな!」

「う、うん!」


 隣のおじさんに散々ナッツをご馳走になったから、夕食で出てきた豆のスープにちょっと気後れしてしまう。

 とはいえ、食事を楽しみながら会話を交わせばコンテストの熱はまだ十分に残っていて、口が空けばさっき見た戦いの話が止まらない。


「それで、魔導師のお姉さんが火の魔法を放った後、剣士のお兄さんが腕を狙って剣を振り上げたんだけど……」


 食事中の会話のほとんどが今日見たコンテストの話で終わってしまった。

 スプラッタな表現はもちろん避けた。


「僕も魔法を使える様になったら……あっ……んな……」


 話したいたいことも存分に話して、食事の満腹感、会話の満足感、そして今日一日の疲労に襲われて瞼が重くなり始める。


「もうお眠ね。でもベッドに入る前にちゃんと着替えないとだめよ」

「はぁーい……」


 席を立つと、おぼつかない足取りで自室へと向かう。

 ……久しぶりに充実した1日だった。

 でもスクールに入学すれば、これからもっと……。


「じゃあステータスの魔石の作成は明日にしましょうね」

「だ、ダメッ!今日する!」


 一気に目が覚めた。


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