第5話 The pie is mightier than the pen


「このままではいけない……」 


 洗礼式を終えて数日、意気消沈していたが、なんとか立ち直ろうと努めていた。


 精霊と契約をすることはできなかった。

 しかし、この世界には魔法が存在するのだ。


「魔法使いになる!」


 だったら次に目指すのはコレしかない。


 月日は流れ、悪夢の洗礼式から1年が経った。

 1年間、稚拙なりに魔法を学ぶ方法を模索していたが、家に魔法教本があるわけでもなく、ウィルとアイナも魔力操作が不安定で危ないからと、魔法の行使方法を教えてはくれなかった。

 それから、去年の春の洗礼式の後、アストル司祭の計らいで昨秋と今春の洗礼式の精霊契約に特別に参加させてもらったのだが、結果は初めの洗礼式と同様、結局、三度目の正直で臨んだものの失敗した僕は、開き直って完全にアプローチを変えることにした。


「お父さんお母さん、僕、スクールに行きたい」


 ここ1年間、今の状況を打破しようと僕が様々なマジックキャンペーンをウェルカムに取り組んでいたことを知っていたウィルとアイナは、身近なところから急に方針転換して公共の教育機関に頼ろうとしている事に驚いていた。


「なっ、スクール?」

「スクールに行って魔法の勉強がしたい。それにスクールに通えば、ダンジョンに入るためのギルドカードの発行をしてもらえるでしょ!」

「ブフッ──だ、ダンジョン!?」


 突然の息子の申し出に素っ頓狂な質問返しで取り乱したウィルは、一度落ち着きを取り戻すべくお茶で一息を入れていたが、再び飛び出した予測不能の”ダンジョン”という単語にお茶を吹き出した。


「ち、ちなみにお前がいうダンジョンというのは……」

「うん、オブジェクトダンジョン」


 この世界には大きく分けて2種類のダンジョンが存在する。


 1つは、死ねば誰もが死ぬ、森や洞窟など自然に魔物が生まれる自然のダンジョン。

 もう1つのオブジェクトダンジョンは、オブジェクトと定義された不思議な建物から侵入できる、特別なダンジョン。


 街づくりにおいては通常のダンジョンが出現しやすい魔力の濃ゆい場所を避けて街を作るのが基本であるが、オブジェクトダンジョンはその逆、オブジェクトダンジョンのある場所に都市ができる。

 オブジェクトの建物内には転送陣が存在し、その転送陣は別次元へと通じている。そしてその転送陣はマザー、及びセーフエリアというモンスターの入ってこないエリアに通じているらしい。

 そのためモンスターがこちらの世界に溢れることはなく、安心して狩や採集にいける利便性の高いダンジョンだ。


 さらに、オブジェクトダンジョンの中では死に戻りができる。

 ダンジョンの中で死んでも、マザーエリアと呼ばれる最初のエリアで復活できるという。

 それどころか、ダンジョン内の魔物を倒すと素材や魔石の他に「DダンジョンPポイント」なるものが手に入り、ポイントはオブジェクトダンジョンの入り口にある不思議な交換所で様々な資源や加工品と交換することができる。

 

 僕たちの住むノーフォークにも”ケレステール”と呼ばれるオブジェクトダンジョンが存在する。

 スクールや教会はオブジェクトの近くに建てられており、僕は洗礼式に出向いた際に間近にその建物を見ている。

 外観は、屋根のある大きなローマのコロッセオという表現が一番しっくりくる。

 また、その特異性、故に、オブジェクトダンジョンはしばしば神聖視され、ダンジョンの名前がそのまま神様の名前になっていたりする。

 そのため、この街の教会の神には、地域の神として”ケレステール”も名を連ねており、オブジェクトダンジョンの存在する都市の教会は基本的にその都市に存在する神も主神と共に掲げている。

 そうそう、王都にはオブジェクトダンジョンが4つもあるそうだ。

 ダンジョンの数だけそれぞれ神様がいるのだとか、これらダンジョンについての知識はウィルの武勇伝ついでに得た。


 ダンジョンがオブジェクトの方だったことを確かめたウィルは「そうか……よかった」とホッと胸を撫で下ろす。

 その後「いや、良くない!」と声を荒げる。

 それでもなんとか大人らしく振る舞おうとする姿を見ると、労りたくなる。


「どうしてダンジョンに行きたいんだ?」

「スクールに通えば魔法やその他いろんな勉強もできるし、ギルドでカードも作ってもらえるでしょ? そうしたらオブジェクトダンジョンの中に入れるし、魔法に失敗しても……ね?」


 頭ごなしに否定されなかったことをいいことに、我が意を得たりと目を輝かせてついつい早口になってしまう。


「しかし、スクールは通常9歳になってから通うものだ。お前にはまだ早すぎると思うのだが……」


 誇大な妄想を語る僕に、ウィルは常識を突きつけてくる。


「スクールには編入試験があったよね。それに合格できれば、スクールの先生たちも通うことを許してくれるんじゃないかな?」


 それからというもの、遠回りに世の中には常識というものがあると言っていたウィルだが、やる気を見せている我が子の我儘な屁理屈に反論をすることも叶わず、どうすべきか仕切りに頭を悩ませていた。


 何も反論が思い浮かばなかったウィルは助けを求めるように、今まで隣で静かに見守っていたアイナに助けを求める。


「……」

 

 静寂の中、アイナがコップを手に取りお茶を一飲して、また机の上にコップを戻す。

 ……生唾を飲むほどの緊張が走る。


「良いわね、それ」


 コップを戻して約7秒の1呼吸分の間を置いて、勢いよくテーブルに手をつく音とともに立ち上がってとても嬉しそうに、やる気満々といった顔で賛同する。

 肝を冷やしたが、アイナの賛同を得て両腕で小さくガッツポーズして喜んだ。

 しかし、ウィルは腕を組み直して難色を示す。


「アイナ、ちょっと落ち着いて。やっぱりリアムにはまだ早い」


 巨人と化したアイナを説得しようとする。

 しかし、アイナはウィルの説得も我関せずに自らの主張を述べ始める。


「せっかくこの子がやる気になっているの!それにあなたもこの子のやる気を折りたくなかったから迷っていたんでしょ!だったら良いじゃない!」


 有無も言わさないよう、まくし立てていく。

「わ、わかったから落ち着いてアイナ」と、狼狽えてウィルはついに折れた。


「というわけで、リアム、スクールの試験に挑戦しなさい」


 たまらなく嬉しくなりハキハキとした姿勢で「はい!」と返事する。


「でもリアム、今回はあなたの意見に賛同するけど、本当はお母さんも心配なの。だから、お父さんの気持ちもわかってあげなさい」


 ──すかさず頷く。


「それと、スクールの話は今回限りのチャンス。もしスクールに入ることができなかったら、入学できる年になるまでスクールは諦めること」


 更に新たな条件を設けてくる。

 返事に戸惑いながらも、それもまた仕方のないことだと提示された条件を呑む。


「よし、じゃあウィル!今からスクールに直談判に行こ!」

「えっ!今から!?」

「そう、善は急げ!スクールの入学期はもうすぐのはずだから、急げばリアムも初日からスクールに入ることができるかもしれない!」


 かくして、アイナの行動力に驚くウィルを引き連れて、直談判するためにスクールへと足を運ぶ。



──翌日、スクール──


 アイナの ” 思い立ったが吉日 ” というような勢いに連れられスクールに赴いたリアムたちは、今、学長室にいた。

 ルキウスと名乗った学長先生は割と若く20代前半くらいの見た目をしていた。


「── 当スクールとしては、このような特別措置を取ることは難しいでしょう」


 アポなしの直談判に時間を作り、話を聞いてくれていたルキウスは相談内容に難色を示す。


「それに、リアムくん?でしたね。親であるあなた方が、いくら『この子は優秀だ』と申されましても、精霊契約もしていないこの年の子が、スクールで学んでいくのは厳しいかと思います」


「絶対にノーだ」という雰囲気を醸し出すルキウスに、アイナはなんとか食い下がる。


「おっしゃる通り、リアムは精霊契約ができなかった。何よりも精霊契約を楽しみにしていたリアムは、契約ができなかったことで、一度谷底へと突き落とされました。しかしこの子はめげることなく、新しい道を見つけ『魔法を学びたい』と言ったんです。リアムのやる気と真摯さは、親である私が保証します。ですので、何卒、ご再考いただけないでしょうか」


 情に訴えつつも真面目な口調で僕の魔法への情熱を語ったアイナは、一度頭を下げ再び顔を上げると、その後は黙ってルキウスの答えをジッと待っていた。

 すると、アイナに追随するように今度はウィルが頭を下げる。


「この子の姉であるカリナは、スクールでも優秀な成績を修めていると聞いています。どうか、そのことも含めてご再考願えないでしょうか」


 カリナを引き合いに出したウィルに内心『なんでお姉ちゃん?』と不思議に思うも、僕のために頭を下げてくれたアイナとウィルにだけ頭を下げさせるわけにはいかず、「お願いします」と追って頭を下げる。


「カリナさん……」


 ルキウスがカリナの名前に片眉を上げる。

 この様子、普段は弟に甘々な姉であるがもしかするとカリナはスクールでは相当優秀なのか。


「んー……」


 自分を真っ直ぐ捉えて離さないアイナに、”これは折れない……”と、ため息を一つ吐いたルキウスが「わかりました」と、とうとう折れる。


 ウィルと僕はルキウスの言葉に下げていた頭を上げた。

 ようやく彼から視線を離したアイナと改めて視線を交わすと、「やった!」と3人で抱きつきたい……気分だが、ここは無理を通した手前、グッと堪える。


「試験は国語と算術の筆記試験とします。魔法や剣術、歴史などは学んでいないでしょうから試験から除外します」


 特別措置を許したルキウスが実施する試験の内容を提案する。

 思いの外、好条件だ。


「しかし、試験の内容は一年生の他領地からの編入試験と同レベルのものとします。それでもよろしいですか?」


 前世の知識がある僕にとって、この世界の6〜7歳児の受ける国語と算術程度ならば大丈夫だろう。

 読み書きはこの一年、カリナにノートを借りて特に必死になって勉強したし、文法を間違えず、数字さえ読めれば計算も楽勝だ。


「はい!」


 かなりの好条件に内心舞い上がっていた。


 すると、ウィルとアイナにルキウスまでもが、ハキハキとして返事した僕に温かい眼差しを向けてきた。

 恥ずかしいからそんな生温かい目で見ないで!


「合意もいただいた、ということでそのように取り計らわせていただきますね。それでは早速、筆記試験を行いましょうか」


 恥ずかしさに内心で悶えていると、ルキウスが綻ばせた表情はそのままに、とんでもないことを言い始める。

 急降下された試験告知に笑顔のまま固まった僕に、「何か問題でもあるかね」とでも語るように片眉をあげると共に、してやったりというニマニマとした目でルキウスはこちらを見ていた。



──試験教室──


 急遽、入学試験を受けることになった。

 教室で待つよう言われて大人しく席についている。

 待機している教室は大学の大講義室のような段々配置で、そんな教室の真ん中、それも一番前の長机の中心に、ぽつんと座っていた。


「まだかなぁ〜」


 机に肘をつき、足をバタバタさせていると、教室の引き戸が開く。


「えっ!?」


 赤いショートの髪に緑色の碧眼の、カリナと同じ年ぐらいのいかにも活発そうな女の子が、片足を教室に踏み入れた状態で停止する。


「えっ?」


 向こうが驚いているのと同じで、僕も入ってきた人物の意外性に驚いていたのだが、赤髪の女の子は戸口の所で止まったままあたふたし始める。


『驚かれた僕が驚くのは自然だ……なんで彼女は僕に驚いた挙句にあたふたしてるんだ?』


 不思議なものを見るような目で、つい彼女を見てしまう。

 こちらの視線に「ハッ」と気づいた彼女は、一度教室を出ようとする。

 しかし、その後すぐ反転すると、何事もなかったかのようにドアを閉めて教壇に向かった。


「ギャッ!」


 あぁー……足元を見ずに歩いていたのか、教壇の段差に足を引っ掛け思いっきり転んだ。

 持っていた茶封筒の中の試験問題であろう紙を盛大にぶちまけた彼女は、数秒間固まったように動かなかった。

 固まって動かない女の子に「大丈夫ですか?」と声をかける。

 すると、今度は「クッ」という呻き声を上げながらも、床にぶちまけた紙を集めると、用紙の順番確認をし始める。

 そして、何事もなかったかのように毅然と歩き始めて教壇についた。


 表情がコロコロ変わっていく。

 面白い女の子だ。


「ッ……」


 教壇についた女の子は、どこか怪しいものを見るようにジトッとした目で僕を一瞥した。

 そして、その一瞥もまるでなかったかのように、再び毅然とした表情に戻ると咳払いを挟んで試験の説明を始める。


「えー、ンンッ、それでは試験の説明をします。教科は国語と算術、制限時間はそれぞれ50分です。始めの合図とともに試験を開始するので、試験が始まったら配布する解答用紙に解答を記入してください。算術は計算用紙を配りますので、そちらに途中計算をお願いします。また、カンニング行為が発覚した場合は失格となりますので、お気をつけください。それでは、何か質問はありますか?」


 受験者は僕一人だったため「ありません」と女の子(試験官)の問いに声を出して答える。


「よろしい、まずは国語の筆記試験です。問題用紙と解答用紙を配るので、手を触れないようにお願いします」


 問題用紙と解答用紙を裏面にして机の上に置き、再び教壇の上に戻る。

 今度は下にも気を配っていたらしく、女の子が転ぶことはなかった。


「これから、国語の筆記試験を始めます。制限時間は50分。それでは、始めッ── 」


 始めの合図とともに、教壇上の砂時計がひっくり返される。

 それと同時に、国語の問題に目を通す。


 国語の問題は、文章の並べ替えや、文章中に「そして」や「しかし」といった接続詞を選択肢から入れていくようなとても簡単な問題ばかりだった。

 念の為、見直しを入れても10分くらいだろうか。

 問題を解き終わってしまった僕は挙手して、教壇で砂時計と睨めっこしている女の子に「終わりました」と声をかける。


「ハッ!? もう終わったの!?」


 女の子は砂時計を机に置いたまま小走りで解答用紙の回収に来る。


「……解答欄が全部埋まってる」


 信じられないものを見るような目で解答に一通り目を通した女の子は「でも全部合ってるってことはないよね」とボソッ呟いた後、「まあ、いいでしょう」と表情を取り繕うと、茶封筒の中に解答用紙をしまう。


「砂時計を一つしか持ってきてないので、別の砂時計をとってきます」


 算術の試験問題が入った茶封筒を胸に抱えて、女の子は一旦、教室を後にした。

 そして、1〜2分後、再び教室に戻ってくると、算術の問題用紙、解答用紙、計算用紙を配って教壇に戻った。


「数学の筆記試験を始めます。制限時間は同じく50分。それでは、始めッ── 」


 数学の試験が始まる。忙しない試験の始まりに慌てながら問題用紙をめくった。


 算術の主な問題の内容は、お金(単位:パワーズ:P)の計算だった。

 1P=1円とし、日本円に換算すると通過は次のようにまとめられる。 


 白金貨 : 1000万円


 金貨 :100万円

 

 大銀貨:10万円

   

 銀貨 : 1万円

  

 大銅貨:1000円

 

 銅貨 :100円


 厘貨 : 10円


 銭貨 : 1円


 また、算術問題の1例を挙げるとこんな感じ。


「Aさんは所持金に銀貨1枚と大銅貨5枚を持っています。Aさんは1個銅貨1枚のジャガイモを70個買うことにしました。さて、Aさんの元に残る所持金はいくらでしょう」


 ジャガイモ1個の値段が高すぎるし、『こんな高いジャガイモを70個も買うAさん、ヤバくない?』と、下手くそな設問にツッコミを入れながらも、『でもこれ本当に一年生の筆記試験か……?』と、思いの外問題のレベルが高かったことに内心驚いていた。


(1×10)+5ー(70/10)= 8


 大銅貨8枚=8000P


 答:8000P


 1枚1枚数えて答えを出さない限り、この問題を解くには足し算と引き算の他に、掛け算と割り算を使わないといけない。


 まあ、問題ないけど。


 結局、算術の筆記試験はやはり小学生レベルに留まる問題が5〜6問あっただけで、見直しも含め7〜8分ほどで恙(つつが)なく終わった。


「すみませーん。終わりました〜」


 無駄な緊張が抜けて、ホッと一息ついてから試験官の女の子に解答終了を伝える。


「ッ、ツ ──!」


 先程より間隔が短い終了宣言に、食いつくように急に立ち上がった所為で、右足のアキレス腱あたりを座っていた椅子の足に打ち付けてしまったようだ……あー、あれは痛そうだ。

 苦悶の表情を浮かべる女の子に同情の念を抱きながら、試験中なので余計なことは言わないように、彼女が復活するまで見守る。


「そ、それでは、本日の試験は終了します。お疲れ様でした」


 態度は背伸びしているが、最後まで面白い子だった。

 時間にして約20分。

 この世界で初めての試験は ” 試験時間より待ち時間の方が長かった ” という結果に終わった。



──学長室──


「ややッ──?」


 学長室で待機していたウィルとアイナは、ルキウスのもてなしを受けて楽しくお茶会をしている真っ最中だった。


「ンッ──!? ケホッ」

「お、おかえりリアム」


 ウィルは飲んでいたお茶を吸い込んで咳き込み、アイナは手に持っていたお菓子をソッと背中に隠す。


「試験はどうしたの?」

「終わりました」


 視線を泳がせながら質問するアイナに終了したと告げる。

 これにはルキウスも「もう終わったのか!」と、目を丸くしていた。


『前世の知識があっても……いいよね』


 さっきの仕返しとばかりに「フフンッ」と鼻を鳴らしドヤ顏を決める。


「そう、なら結果が出るまでこちらで一緒にお茶でもどうだろう?」


 ドヤ顔は、大人の対応でスルーされた。

 悔しい上に恥ずかしいんだけど……。

 この勝負、ルキウスが一枚上手だった。



──5分後──


 あれも美味しい、これも美味しい。

 久しぶりの甘いお菓子をリスのように頬張っていると、扉がノックされる。


「失礼します」

「おーアラン先生。テストの採点は終わった?」

「はい、つつがなく」


 アランと呼ばれた教員らしき男は、採点が終わった旨をルキウスに伝える。


「では、リアムくんの試験結果を教えてくれ」

「リアムくん?」


 アランは、”……誰?それ?”みたいな顔をした後、まだ口の中にお菓子が残る僕を見て「誰ですか、この子は?」と質問に質問で返す。


「誰ですか、って今回試験を受けたリアムくんだよ。アランくんも彼の試験の監督をしたでしょ?」


 アランの質問返しに、ルキウスが更に見事な質問返しを決める。


「すみません。一旦、外してもよろしいでしょうか」


 アランの表情はどんどん白くなり、断りを入れると血相を変えて学長室から飛び出した。

 あんな人知らない。

 僕が知ってる試験官はあの赤髪の面白い女の子だ……。



──10分後──


「失礼します」


 再び学長室の扉をノックしたアランの後ろには見覚えのある赤髪の女の子が一緒にいた。


「ラナちゃん? 学長室(ココ)に来るなんて何かあったの?」

「どうしたんだ? 何かあったのか?」


 意外や意外、赤髪の女の子に対して逸早く反応を示したのは、ウィルとアイナだった。

 あの面白い女の子の名前はラナというらしい。

 顔見知りらしいラナが学長室に連れてこられたことを、ウィルとアイナが心配し始める。


「ラナちゃん?」

「ほら、一年前の洗礼式で一緒だったレイアちゃん、覚えてるか?」


 一年前の洗礼式……レイア、ああレイアね。

 レイアとのお喋りは、苦い思い出の中で唯一楽しかった記憶だからもちろん覚えている。


「覚えてる」

「なら話は早い。ラナちゃんはレイアちゃんのお姉ちゃんだ」


 ほぇー、そうなのか。

 記憶の中のレイアとは似つかない行動をとるこの子が、彼女のお姉さんだったとは驚きだ。

 言われてみれば、目の色は同じだな。


「あの子で間違いないな」

「はい、間違いありません」


 アランはラナに何か確認している。

 状況が中々進まない。

 そんな状況にしびれを切らしたルキウスがアランに再び質問する。


「それで、リアムくんの試験の結果はどうだったの、アラン先生」

「……」


 アランは沈黙していた。

 ルキウスは、アランにもう一度同じ質問を繰り返す。


「もう一度、訊くよ。リアムくんの試験の結果はどうだったんだ? それとも何か? 言えないほど悪かったの?」


 ……おいおい。


「いえ、……リアムくんの受けた試験は、全て、満点でした……」


 ルキウスの意地悪な質問の効果か、アランは歯切れの悪さを残す。


「ほぉー、それは驚きですね。満点で合格するとは!」


 ルキウスはその結果を聞いて、驚きつつも満足するように頷いていた。

 まさかこの世界には魔法があるからして、カンニングでも疑われているのか……?


「うそ、だろ……」

「やったね、リアム!」


 試験結果を聞いたウィルとアイナも各々の反応を見せる。


「……」


 志望動機は魔法の習得──”矛盾”。

 しかし両親はずっと自分が見張っていた──”無実”。

 試験も唐突に始めたし、ということはやはり純粋な実力……優秀なお姉さんが遊び感覚で勉強を教えでもしたか、兎にも角にも、たまにいるんだよこういう神童は──。


「学長先生……そ、その……」

「ん、何かね、アランくん?」

「それが……」


 発言の許可を得るとアランはルキウスの耳元に手を当て、こちらに聞こえないような声で何かを伝え始めた。


「うん……ん?」


 ルキウスの顔色がどんどん悪くなっていく。

 狐に抓まれたように。


「ぃッ!? 王立学院中等部の編入問題を……ハッ!」


 王立学院中等部の編入問題。

 何かとてつもなく不穏な言葉が聞こえてきた。

 ほんともう突然大声をあげたもんだから、試験問題を見ていないウィルとアイナは「何かあったのか?」という顔で不安げに僕の顔を見つめてくる。


「申し訳ありません。こちらに手違いがございまして」


 アランが頭を下げて謝罪の言葉を述べる。


「て、手違いと申しますと? リアムはスクールに入学できないということでしょうか?」


 ”手違い”を”手違いがあり入学ができない”と解釈したウィルが質問する。


「当スクールに通うカリナさんのために、練習問題として用意していた王立学院の中等部編入過去問題をリアムくんの入学試験で出してしまったようで……」

「王立学院の中等部編入……? それって……」

「”カリナさんの弟が受ける”と預かった言伝がどこかで”カリナさんの受ける”となって伝わってしまったようでして」


 ……なんだ、その伝言ゲームのような間違いは? 

 本当にどうしてそうなったのか、訳がわからなかった。


「えっと……テヘッ?」


 アランが一緒に学長室に来たラナの方をチラッと……彼女の挙動不審な一連の行動を見てきたリアムは、その視線で経緯を大体を察してしまった。


「いや〜、カリナさんが中々受けてくれなくて困っていたのですが、まさか弟さんがお受けになるとは」


 なんて笑い話かのように、ルキウスとアランはお互いのミスを誤魔化そうとする。

 だが、アイナはどうしてそんな行き違いが起きたのかその原因そのものに着眼する。


「ところで、なんで”カリナの弟が試験を受ける”という風に言伝されたのでしょうか」


 最もな疑問だ。

 まずあり得ないであろう伝言である。

 ピシッと笑顔の凍りついたルキウスが、言いにくそうに応え始めた。


「それはですね……その、お宅のカリナさんの成績は当スクールの中でも群を抜いており、中等部1年生ですでに学内トップの成績を修めておりまして……そのカリナさんの弟さんに”特別措置をとる”という風に伝えれば余計な波風を立てずに済むかと思いまして……」


 カリナは想像以上に優秀だったらしい。

 あのブラコ……弟思いのカリナがそんなにも優秀だったなんて、少し見る目が変わったかも。


『入学したいと言った僕がいうのもなんだけど、このスクール、大丈夫か?』


 交渉の際、こちら側からカリナの話題を振ったが、特別措置を”カリナさんの弟だから”で済ますなんてどうかと思う。

 我儘は言いましたけどね、お手数おかけしますが、何卒と。

 両親もこのどうしようもない理由に呆れてしまったようだ。

 痛いものを見るような目でルキウスたちを見る。


「申し訳ありませんでしたー!」


 疑いの視線に耐えかねたかのように、顔を真っ青にしたルキウスとアランが息のあった声で、改めて謝罪する。


 ……いいでしょう。

 いただいたお菓子に免じて許しましょう。

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