第3話 すれ違い

「………」

 目を開けると、石造りの天井が見えた。少し頭痛がする頭を抱えながら、真詩義は横になっていた体を起こした。

 右を見ても左を見ても、石の壁。更には床も石である。だが、一人座れそうなくらいのぼろ切れが敷かれており、寝ていた場所もベッドの上である。



 真詩義は今までベッドで寝たことがない。生まれた時からそれが普通であった彼にとっては羨むようなことではなかったのだが、いざ実際に寝てみると、冷たい石床の部屋で五、六人が窮屈に雑魚寝をしているよりも快適である。現に今まで感じことのない程清々しい寝起きである。

「誰の……」

 正面をみると、鉄棒によって出入りできないようになっている。これがこの部屋のドアなのかと思った時、部屋の前に一人の男が現れた。

 男は体が大きく、肩幅も広い。鋭い眼光にお似合いな強面は、一般人には恐れられるだろう。

「少年。飯の時間だ」

 そう言って、片手に持っていた小さなカゴを床に置いた。その中には小さなパンが二つと、果物が一つ、水が入っていた。鉄棒の間から手を伸ばせば簡単に届く場所ではあるのだが、どうして食べ物が与えられるのかが理解できていなかった。

「あの……これは?」

 質問が来ると思っていなかったのか、大柄な男は怪訝そうな表情を浮かべた。

「飯だが?」

「いえ……どうして与えるのか、ということですけど……」

「囚人……罪を犯した者は牢に収容され、一定期間はそこで過ごしてもらう。まさか、飲まず食わずで過ごすつもりか?」

「囚人…?」

 囚人という言葉に、真詩義はさらにわからなくなった。もし男の言葉が本当なら、自分は何かしらの犯罪を犯し、投獄されたということ。自分は何も罪は犯していないはず。なのに、何故投獄されているのか。

 そして何故、こんな広々とした部屋で、ベッドもあって、食事まで与えられるのか。真詩義の知っている牢獄は、棺桶のように狭い牢に入れられ、食事も与えられず、看守の気分次第で誰かが殺される。そんな場所のはずだった。


「自分が何をしたのか、覚えていないのか?」

 真詩義の反応を見て、男は問いかけた。

「何をしたと言われましても……赤いロボットに襲われて、白いロボットに助けられて……」

「……個人の量産型のヴァリアント、そのパーツを窃盗した疑いだ」

「そんな! 窃盗だなんて……して……」

 思い返してみる。助けに来てくれた白いヴァリアントから剥がされた右脚部。それなら戦えるかもと思って、勝手に拾って装着。

 盗んだと思われても仕方が無い。しかし、ちゃんとした理由がある。

「あ、あの! 俺をここに連れてきた人と、倒れていた人に会わせていただけませんか?」

「……キーレイ准将は重症で現在療養中。ミリアム・カインズレイは少年を捕まえたことによる経過報告と事務作業を行なっている」

「そう…ですか……」

 今すぐ会うのは難しい。ならばこの牢の中で待つしか無いのだが、出された食べ物を食べてもいいのだろうかと何故か申し訳ない気持ちになった。

「とにかく、情報の精査をしている。終われば処分も決定する。それまでは大人しくしていろ」

「はい……」

 何もかもがわからない状況。なら、言われたことに従っておく方がいいだろう。そう思った真詩義は、その場にうずくまった。






「ここかっ!」

 出された食事も食べ、いつの間にか眠っていた真詩義の牢の前に、一人の女性がやってきた。何事かと目が開く前に臨戦態勢を取ったが、女性はそれを気にすることなく話を続けた。

「こんなことになってしまい、申し訳ない。すぐにここから出してやる」

「え?」

 カチャリ、という金属が擦れ合いながら離れていくような音が聞こえ、牢が開かれた。その声は、自分を守ろうと奮闘してくれていた女性のものにそっくりだった。

「あの、これは」

「話は後で嫌というほどする必要がある。今は私についてきてくれ」

「……はい」

 落ち着いていたはずの精神が、また飛躍的な展開についていけずに揺れ動く。だが、おそらく知っている人間がいるだけまだマシだった。


「私はヴェリエル・キーレイ。この国のヴァリアント部隊所属だ。君は?」

「真詩義。皇真詩義、です」

「変わった名前だな、スメラギが名前か?」

「あ、いえ、真詩義が名前です」

「分かった、マシギ」

 キーレイ准将と呼ばれていた女性は、先ほどまで療養中のベッドの上だったらしく、真詩義が投獄されたと聞いて飛んできたということである。

 ヴェリエルは女性にしては長身で、長いブロンドの髪を靡かせながら歩いている。貴族然とした服装も相俟って、つい目を釘付けにするほどの気品がある。一方、隣で歩いている真詩義は、ぼろを繋ぎ合わせたような格好をしている。髪も整えられておらず、爪は伸び放題。手の平はこれでもかというくらいに硬い皮膚に覆われている。誰がどう見ても、子供ながらに厳しい環境下で生きてきたことだけはわかる。ヴェリエルもそれが気になっていた。

「ところで、マシギはどうしてあんな場所に居たんだ?」

「え?」

「……?」

 それは真詩義の方が知りたいことである。眠っていて、夢の中で光を掴んだらここに来ていた。それをどう説明しようかと迷っていると、ヴェリエルが何かを察したような表情で真詩義の頭を撫でた。

「いや、無理に言わなくて良い。それに関しては大した問題ではないからな」

「はぁ……」

 この時ヴェリエルは、真詩義が捨て子だと思っていた。親に捨てられ、頼れる人もおらず、何年もの間たった一人で生きてきたと。

 真詩義はというと、ヴェリエルの言葉に甘えて何も言わなかった。それが逆に自分が人に話せないほど辛い境遇であると、勘違いに拍車をかけた。

「……何かあったら、すぐ私に言ってくれ」

「……は、はい?」

「とりあえず、マシギが関わった出来事に関する処理を行なわなければならない。その為に、今から我が国のヴァリアント部隊の隊長に会う必要がある」

 ヴァリアントとはなんだろうか。真詩義の頭の中では、例のロボット装甲のことであると直感的に予想はついているが、生まれてからまともに教育というものを受けたことのない真詩義には難しい話であった。


「それで、隊長のことなのだが……ん?」

 ヴァリアント部隊隊長がいるという部屋に向かう中、正面から走ってくる女性がいた。こちらも女性にしては身長が高く、肩口まで伸びたピンクの髪が彼女の性格を体現するかのように跳ね回っている。

「キーレイ副隊長! どうして窃盗犯とここに!?」

 真詩義の姿を見るなり窃盗犯と言って指を指す。失礼極まりない行為ではあるが、この女性は完全に真詩義のことをただの犯罪者としか思っていない為、仕方ないといえば仕方ないことである。

「それより、お怪我の方は大丈夫なんですか?」

「問題ない。それと、この少年を捕まえたのはカインズレイか?」

「は、はいっ!」

「念のため、自己紹介をしておけ」

 この言葉にどんな意味が込められているのか。カインズレイと呼ばれた女性は渋々ながらに真詩義に自己紹介を行なった。

「ヴァリアント部隊、第三近接部隊所属、ミリアム・カインズレイ」

「皇真詩義、です。真詩義の方が名前です」

 ペコリ、と真詩義は丁寧に頭を下げた。その行動をミリアムは鼻で笑った。

「まぁ、犯罪者と仲良くする必要はないわね。名前を覚える必要はないわ」

 冷笑とも言える笑みを向けられても、真詩義はぽかんとした表情をミリアムに向け、困ったようにヴェリエルの方を見た。

 ヴェリエルもヴェリエルで、大きなため息を吐いて真詩義の頭に手を置いた。

「カインズレイ。いくら何でも、その態度はいただけないな」

「だってキーレイ副隊長。そいつは副隊長のヴァリアントを」

「あーそうだったな。何でも私のヴァリアントを盗んだ窃盗犯らしいな。私はそんなことを一言も言っていなかったのだがな」

「でもっ、そいつは准将のヴァリアントを」

「ヴァリアントを装着していた。お前は、マシギが私からヴァリアントを奪った現場でも見たのか?」

「い、いえっ!」

「マシギが自白でもしたのか?」

「いえ」

 にこやかであったヴェリエルの表情が、だんだんと無表情へ。次第に険しい目でミリアムを睨むようになる。

「敵が倒れ、私が気を失い、マシギが助けを求めていた現場を見て、勝手に窃盗犯だと判断したということか? カインズレイ殿?」

「は……はい……」

「そうか……」

 ここまで言われて、ようやくヴェリエルが何を言いたいのかが予想できたミリアムだが、その予想は『現場の一部を見ただけで真実を突き止め、犯罪者を捕まえることができたことに対する賛辞』という、自身の願望しか反映されていないものであった。故に本人は褒められるものだと思っており、キリッとした表情を崩さないよう、毅然とした態度を見せる。

 だがもちろん、ミリアムが褒められることはなかった。


「この大馬鹿者!!」

「……へ?」

 決して狭くはない廊下に響き渡るヴェリエルの怒号。それのせいで近くを通りかかった者たちが何事かと集まり始めていた。

「カインズレイ……マシギは私の命の恩人だぞ! 敵に負け、命を奪われそうになった時、他でもないマシギが私を助けたのだ!」

「へ……嘘……」

 ミリアムの顔から血の気が引いていく。

「そして、破壊された私のヴァリアントの脚部を装着し、敵を倒した………カインズレイがヴァリアントの窃盗犯として投獄したマシギは、勇敢なる戦士でもある。それをお前は……」

「は、はは……」

 自分が何をやらかしてしまったのか。それを理解したミリアムは、その場に力なくへたりこんで乾いた笑い声を上げた。

「マシギ。今回の件、我々ヴァリアント部隊の落ち度だ。本当に申し訳ない。それに、窮屈な場所に閉じ込めてしまった。許してもらえるとは思ってはいないが、願いを何でも言って欲しい。可能な限りで対応しよう」

「あ、いえ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいです」

 普通の人間なら、ここで怒りを露わにするものだろう。だが、真詩義は怒りを露わにしないどころかお礼を言いたいなどと言い始めた。目が死んでいたミリアムも、それには疑問の色を示した。

「犯罪者として捕まえられたのに、部屋は広いし、ベッドもあるし、綺麗な食べ物まで用意してもらって、逆に申し訳ないくらいでしたので」

「牢獄に入れられて感謝されるって……一体どんな生き方してきたのよ……」

「……とにかくマシギ。君は受ける必要のない罰を受けたんだ。こちらとしても償う必要がある」

「そう言われても……本当に申し訳ないというかなんというか……」

 これ以上の問答は無駄であると判断したヴェリエルは、もう一度だけ「すまなかった」と頭を下げると、一瞬で般若のような表情を浮かべてミリアムを再び睨んだ。

「そして、カインズレイ。お前にはやってもらうことができた。拒否権はない」

「……はい」

 怒りを秘めた冷静な命令に、ミリアムは異論を唱えることなく、ただただそう返事をしただけであった。周囲に集まってきた人たちは真詩義に懐疑的な視線を送るも、ヴェリエルの言葉を受けて、汚らしい格好をした少年からヴェリエルを救った戦士といった感じに印象が変わったのだった。

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