ヴァリアント・マキナ ~異世界転移の小さな勇者~

軋木 三三三

第1章 赤き勇士

第1話 Prologue

『勝者、皇真詩義!』

 熱気を帯びた大歓声が、場内に響き渡る。鼓膜が破れそうな振動に微笑みながら、一人の少年がガッツポーズをとった。年相応の体と、年相応の顔。そんな少年が、自分より何倍も強い相手を打ち破ったのだった。

『さあ、新たな覇者の誕生に、惜しみない盛大な拍手を!』

 場内の熱気に当てられたようなアナウンスに、地響きでも起こしそうな歓声と拍手が上がる。少年は全方位にいる観客に手を振ると、選手の控え室に向かって歩き出した。



 かつて、人間は誰もが平和に暮らしていた。更に生活を豊かにするために、技術の進歩を試みた。結果は見事に成功、思っていた以上の進歩に皆歓喜の声を上げ、その恩恵を授かっていた。

 しかし、いくら技術は進歩しても解決できない問題は山積みである。

 例えば人口問題。人口の増加に力を入れていた国々は、様々な政策を打ち出して人口増加に成功。だが、地球上の人口が爆発的に増えて各地で食料不足が発生し、食料だけでなく様々な物資が国からの配給制になった。他の先進国でも同じような状況が発生しており、国連の会議の場で議題に上がるほどであった。

『食料が足りないなら、口減しをすればいい』

 日本の時の総理大臣がそんなことを言い出した。三権分立など絵空事と化していたその当時、この発言が一つの法律を作り、何億人という人間を路頭に迷わせた。その法律とは、『現在の技術に関する知識・技術が一定以上身につけていなければ、居住区に住む権利を剥奪する。また、居住区に住んでいない者は、国家の定める指定公共事業を行なう義務がある』というものであった。

 公共事業と言えば聞こえは良いが、実際には炭鉱などでの採掘作業である。仮設住宅があると思えば、一部屋に五、六人は詰め込まれ、食事は一日二回、明らかに腐っている物や砂埃を被っている物しか与えられない。それでも、生きるためなら食べなければならない。個人の行動は全て国によって管理され、娯楽や嗜好品が与えられることはなかった。


 ただその中で、唯一娯楽らしい娯楽があった。それが地下闘技場。腕っ節に自身のある者たちが集い、全力で相手と戦う。時には骨が砕けたり失明したりということもあるが、それはご愛嬌として全員理解している。

 そして、猛者が集うその地下闘技場で、最年少の覇者が誕生したのだった。


 少年、真詩義は、居住区を追い出された人間たちの中でも、働き者で有名だった。怪我人の分まで働いたり、病人の看病もしていた。そんな彼が何故、地下闘技場で戦っているのか。

 それは、『みんなに楽しんで欲しい』という純粋な願いだった。それだけのために技を磨き、元出場者に稽古をつけてもらったりと、五年の修行が今回報われたのだ。誰もが興奮して叫び声を上げ、誰もが笑顔で試合を見る。まさに真詩義の理想がそのまま反映されたのだ。



「痛っ……」

 しかし、真詩義は控え室に戻る途中、激しい頭痛に見舞われた。先程の試合で、相手から手痛い一撃を頭部に受けていたのが原因である。ただの脳震盪とは違う、脳味噌の中心部から広がってくるような鈍い痛み。

 休めばすぐに治まるだろう。真詩義はそう思って自分の控え室に入り、すぐに横になった。


 以降、真詩義が自分の足で控え室から出ることはなかった。






 目を覚ました真詩義が目にしたのは、真っ暗な空間である。何もない、何も聞こえない。

「……?」

 これは夢だろう。そう自覚できるくらいには落ち着いており、とりあえず歩いてみる。こうも何も見えないのでは、ちゃんと前に進んでいるのかすらわからない。それにしても、どうして真っ暗なのか。真詩義にはそれが疑問で仕方なかった。



 それからしばらく。足を止めて、歩いてきたであろう道を振り替えるが、やはり何もない。だが、別にこの夢から急いで覚める必要もないため、真詩義はその場に座り込んだ。


「みんな、楽しんでくれてたなぁ………」

 考えるのは、試合で自分が勝利した時の観客たちの反応。自分が人を笑顔にすることができた。それに対する満足感で、心は満たされている。

 真詩義には、それ以外に求めるものはなかった。毎日ただ採掘作業を行ない、少ない食事しか与えられない。そんな状況下で常に笑顔で居られる者などいない。真詩義の両親は、笑顔なく過労で亡くなった。

 真詩義にはそれが我慢ならなかった。どうして笑顔になれないのか。どうして笑顔を奪われなくてはいけないのか。知識や技術を持つ者たちが、どうして同じ人間を追い出したりできるのか。憎しみも当然抱いていたが、それを隠すように、周りの人を笑顔にしたいという願いを自己暗示のように自分に言い聞かせてきた。

「………」

 ふと下を見ると、暗闇の中に光の点が一つ、浮かび上がった。ゆらゆらと動くそれは、ホタルのようにも見える。両手を構え、包み込むように光を掴んで、指の隙間から見る。

「……?」

 変だ、とすぐに気がついた。もしこれがホタルなんかの生物なら、点滅したりしながら手の中を動き回るだろう。ただの光であったのなら、手の中で光っているだけだろう。

 だが、真詩義の目に見えているのはそのどちらでもない。『草原』が見えているのだ。小さな光の粒の中に、広大な草原と、その先に街が小さく見えている。自分たちの知っている街並みではなく、物語に出てきそうな、少しだけ幻想的な街。

 それを見ているだけで、真詩義の心は高鳴った。もしこんな草原で走り回ったら、どれほど気持ち良いだろう。あんな街に住めば、どんな出会いがあるだろう。


 これが夢であることは重々承知している。それでも、もしこれが現実だったらと思ってしまう。

 目が覚めたら、またいつもの採掘作業が始まる。みんなと一緒に鉱石を掘る。そんな日々がまた幕を開け、また地下闘技場で戦うことも多くなるだろう。しっかり休まなくてはならない。そう思って光から目を離した。

「……?」

 目を離したはずだった。手は顔から離れていて、光はもう見ていないはず。しかし、目の前にさっきまで見ていた草原が広がっている。さっきとは違い、風や太陽の光を感じる。

 もう一度手の中を確認する。そこには既に光はなく、風が手の平を撫でていく。

「え……え……?」

 暗闇ではない。前を見れば開けた景色。上を見れば青い空。立ち上がってみると、確かに足元には草があり、地面がある。ここが現実のはずがないのだが、そうは思えない。

「もしかして……な」

 ここまで現実的な夢は見たことがない。もしかしたら現実かもしれない。そんな期待を抱きながら、真詩義は歩き出した。


 これが夢なら、覚めないで欲しいと祈りながら。

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