cage.

東雲夕凪

until 0.

第1話 Fog. (濃霧)

濃霧に包まれたようにハッキリとしない意識の中で、私は至ってよくない気分でいた。


自分の脳に埋め込まれる電脳デバイスの感覚に様々な試験を行うために与えられる刺激や映像などで気持ち悪くなっていたからだった。両親は私のことを珍しく見つめては何かを話している。


「(何を話しているの?頑張ればご褒美くれるのかな)」


そんな淡い期待をしつつ私はひどく長い時間を過ごしたのだった。



「被検体982-32 シオウナギサ 実験結果:失敗」

無機質な声で実験室にいる大人たちに伝えられたのは実験の開始から13時間が経った頃だった。ため息をつく彼らをよそに私は両親の方を見ると興味がないかのようなそぶりで目が合うだけだった。


「いこうか」

「えぇ 実験データは得られたからいいわ それに...」


拘束具を外されて立ち上がると私はひどいめまいに耐えながらも両親を追いかけた。


後にわかるのだが、この実験によって私は異常な嗅覚そして情報処理の能力が突出していた。だが、両親を含めて大人たちが望んでいた電脳の実現には及ばず失敗だった。


失敗の内容。それは、ネットワークとのシームレスな通信。意識的な情報アクセスは不可で、情報の受信には容量を超えたデータも受信してしまうため失神やその他障害が発生してしまう。また、クローンに搭載することを前提にした実験においても思考がエラーを起こしてしまい正しい判断ができなくなっていた。


情報とのアクセスを遮断してさえいれば何変わらないというのに、出がらしの茶葉のように両親は私への関心を完全になくしていた。だけれども、それ以上何もするかという訳ではなく無関心を貫いていた。ちやほやされる妹とは別に中学生になるころには施設に併設された家族寮から出され都市内のマンションの一画に住むこととなっていた。都市機構から与えられたものの使用されることなく放置されていた場所だった。


「私は何のために生まれたのか」


ただのモルモットであるのなら処分すればいいのに。とすら思ったこともあったが、それは大きな勘違いだった。

「あなたを生かしている理由?聞いてどうするの」

学校からもらった書類にサインしてもらう都合で母のもとへと行った際訊いた。するとそっけない返事と共にこう答えられた。

「実験をすることは義務だった。そして、その代償としてあなたと私たちには多くの対価が支払われるの。それに、情報を処分するのは簡単だけれどもあなたの能力が暴走して情報が漏洩したり、電脳の内部に入っている物質が危険であるから処分保留となっているのよ」

それは、別にその気になれば消せると言っているようなものだった。だけれども、電脳装置を破壊するというのはかなりのリスクが伴うのだとも言っていた。


「原子力電池って知っているかしらね」


母は書類にサインをし終えて、帰り支度する私にそう言った。"知らない"と答えると母は遠い目をして口を開く。


「半永久的に使用できる夢のような装置だけれども、放射能物質の処分や処理そして廃棄後の熱など人体には到底扱いきれないものであるのに安易に使ってしまった。それなりの設備・人材があってこそ選択肢の一つとして出てくるというのに お父さんを含めた軍の人はそんなこと気にしてないのよ。 あなたが今も生きていられるのはそのおかげよ」


扉を開く。私は振り返らなかった。


「ねぇ。私の電脳が破壊されたらどうなるの?」

「わからないわ。でも、あなたは間違えなく死亡するでしょうね。電脳装置に設置されているチップと電池が正常な回路を形成しない状態で取り出されると電脳はネットワークへ波及的な影響を与える。人体へは、そもそも電脳は脳に埋め込まれたあと蜘蛛の巣の様に定着するから電脳を破壊する段階で壊れるわ。電池の方は、早急にケースに戻すか冷却しないと過加熱して溶け落ちるわ それに、溶けた内容物はすでに実用化されているクローンを溶解させてしまう物質として悪影響を起こす。加えて放射能をかなり含むから社会機能の停止をも招くわ」


だからこそ、あなたはこの都市から出ることはできないし 常に監視下に置かれている。だから、私たちはあなたと関わりたくないの。


そのあとも何かをブツブツと続けて言っていたけれども私は扉を閉めた。自身の感情を一切汲み取ってもらえないからだ。すべては社会のために...ましては自分のためだけにわがままなのだからだ。




こんなにも寂しく喪失感にも近い感覚で胸やけがしているというのに不思議と涙は出なかった。まるで、他人事のように感じていたからなのかもしれない。


普段と同じように私は家に帰るとスープを作った。何事もなかったかのようにバケットをスライスして焼く。


「私は何のために生きているのだろうか」


分かりきった答えを無視して私は問いかける。別に希死観念があるわけではない。純粋に疑問に思ったのだ。得るものもないのに提供される私の代償に対してだ。


スープから湯気が上がる頃、私はささやいた。

「まるで籠の中の鳥のようね 大人たちが言っていた通りだ」


それでもなお、私は何の実験をしたのかを知らなかった。




***

Cage.

write by Shinonome U


in the fog の前日譚

***



1965年。第3次大戦の中で世界各国で軍事施設や実験施設・兵器製造施設のために地図上には記載されない秘密の都市が造られた。戦時中の他の都市や地域では日を追うごとに荒廃していき生活レベルも低下していく中で、秘密都市の中は別世界であるかのようににぎわっていた。電力・水道・ガスは自由に使えて無償に近い微々たる対価を支払っては充実した日常が送られていた。


ここ東98と名付けられたこの都市においても同様だった。


主にクローン兵の研究並びに電脳システムを用いた情報処理技術の開発などが行われているほか、放射能を用いた次世代電力装置の開発などが行われていた。


だが、72年に終戦を終えると役割は大きく変わり電脳システムを含めた情報処理技術の覇権を握る技術戦争へと変化していた。他の国よりもより安定的で利用価値のあるシステムの構築 それは過去の戦争とは異なり実態を持たない空間での戦いであった。


そのために、人間が第6の感覚として電脳システムを人体に組み込むことで情報処理ネットワークの直感的な操作を目指すことへとつながるのだ。


だが、戦時中の影響がなくなったわけではなかった。

(総理大臣:豊山臣永)

「政府は軍部が実験を握る秘密都市を解放してこそ”真の意味での”終戦となると思っています。勝ち負けなんか表向きでしかない。まだ、我々の管理下から逃れていて、表面上の同士であるという軍は危険因子でしかない。自衛隊が軍に対抗するにはまだまだ時間がかかりますし、何よりも敵は味方だった者たちです。ゆえに我々は軍の崩壊を実現するべく様々な手段を行使していきます。 今もなお、軍部による指揮下で行われている様々な強制ならびに非人道的な実験を停止させます」


テレビで連日流れる会見に街ゆく大人たちはため息をついた。

消化不良になりそうな社会問題に解決の兆しが一切見えないからだ。希望なんて忘れてしまった。だけど、絶望からは抜け出した。その後の世界線なんて知らないとでも言いたいかのように。

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