第3話 転


 私は第13世代のクローンだ。

 第13世代も異質だ。人類に生殖能力を付与しようという科学者たちのたゆまぬ努力の結果、ついに配偶子――卵子もしくは精子を生み出すことができるようになったからだ。

 しかし、子作りに成功した13世代はまだいない。なぜか受精に至らないのだ。まだまだ改良の余地があるということなのだろう。

 それなのに配偶子を作れる身体を手に入れた代償として、私たちは寿命が短い。

 多分、もう時間はない。




 突然だが、ルリとデートに行くことになった。

 近くの公園でお弁当を食べるのだ。私はとにかくもうデートがしたくてたまらなかった。だってデートの記憶が全然ないんだから。ルリと再会したとき、一瞬記憶がよみがえったような気がするのだけど、いまはもう何も思い出せなくなっていた。

 だから、デートがしたい。

 嬉しいことにルリはOKしてくれた。



 私がつくったサンドイッチはまずまずの出来で、ルリがつくったプリンは最高だった。

 食べ終えて、人工芝の上に敷いたピクニックシートの上に仰向けになった。火星のレビアドームの天井に、青空のビジョンが投影されている。さわやかな風も吹いていた。いい日だ。


 隣で座ってお茶を飲んでいるルリに、なにか問いかけたくなった。

「ルリって、ふだんは何をしているの」

「研究。あとは本を読んだり、ディジーとしゃべったり」

「ディジー? そういうお友達がいるの?」

 猫が私のおなかの上に乗ってきた。食後の胃にずしりと負担をかけてくる。

「ディジーとは、DZシリーズの愛称です。つまり私がディジーです」

 ルリ、機械猫としゃべってるのか……。

「というかさ、この子って司書なんだよね。どうして私たちのデートについてきてるの」

「さあ」

 興味ない、とでも言いたげな声だった。

「私は司書業務の手があいたときには、第2世代マスターのお手伝いをするのが使命なのです」

「つまり暇だからついてきたと」

 ディジーの瞳孔がきゅっと細くなった。

「そうですよ暇ですよ悪いですか。だって、クローンの皆さんは記憶の引き継ぎができるでしょう。一度読んだ本は、来世もその来世でももう読まないわけじゃないですか。おかげで誰にも読まれない死蔵本が増える一方なんですよ。私はとても悲しい!」

「そ、そっか」

 興奮したのか、ディジーは私の顔に頭突きしてきた。

「悲しい!」

「お、落ち着いて」

 ルリが猫を抱き上げ、芝生の上におろしてくれた。

「ね? ディジーと話すの、結構おもしろいでしょ」

 ううーん。どうだろうか。

「じゃあ、今度は、セイアがふだん何をしているか、私、当ててあげる」

 瞳をのぞきこまれて、きゅんとする。

「走ったり、投げたり、飛んだりしているはず」

「ジョギング、バスケ、トランポリンだね。言い方があれだけど、正解」

 ふふんと得意げになるルリも可愛い。

「あ、でも、第13世代になってからはやってないな」

「……そう」

 ルリの声のトーンがぐっと下がった。しまった、第13世代の特徴から死を連想してしまっただろうか。

「第13世代は、あまり身体を動かすのに向いていないよね。そのかわり、生殖行為に向いているの」

「まあ、そうだね」

 一応そういうふうに作られているのは事実だけれど、なんか言い方があれだ。

「性行為特化型なの」

「え、いや、そういうわけではないと思うよ」

 だって性行為と配偶子を生むのは別物……別物だよね!?

 唇に指先を当てられて、するりと撫でられた。突然そんなことをされて心臓が爆発しそう。

「今度のセイアは、今までのセイアよりもエッチになった」

「えっ、嘘、ど、どこが!?」

「目がきらきらしてて、表情がとろんとしてて、食べてって言ってるところが」

 ルリがのしかかってきた。焦る。

「わ、わあ、ちょっと待って。ダメ、いやダメっていうか、あの、ほら、猫が見てるからっ」

 猫が猫が、と私が騒いでいたら、くっとルリが忍び笑いをもらした。

「もう、冗談に決まってるでしょ」

 ルリは私の上からどくと、隣に寝転んだ。なんだ冗談なんだ。まったくもう心臓に悪い。

「でもさあ」

「ん?」

「卵子も精子も問題ないのに、どうして受精しないんだろうね」

「わからない。神様だけが知っていることなのかも」

 神様か。いるのかな、火星にも。

「ねえ、もし受精したら、その相手と一緒に暮らして育児しないといけない法律ができるの、知ってた?」

「なにそれ知らない」

「誰かが受精したら立法化することになってる」

「そんなの横暴だよ。なのためにそんな……」

「子供のために。ひいては人類の未来のために」

 それを言われると反論しづらい。

「私は受精しなくて良かったな」

 個人の体を社会資源として扱われる社会には慣れきってしまった私だが、ルリと離れて、好きでもない男と一緒に暮らすなんてごめんだ。

「……セイア、私本当は」

 それきりルリは黙り込んでしまった。


 風が吹いて、前髪をゆらしていく。なんだかとても気持ちがいい。プールで泳いだあとみたいな、心地よい気だるさだ。

 二人の間に、静かな時間が流れていく。



古島ふるしまさん、もしかして寝てる?」

 寝てない。

 そう言おうとしたのに、とてもだるくて声が出せない。

 まさか。

「寝てるでしょ。寝言、言うかな?」

 笑いと涙がはんぶんこの声だ。ルリも気づいているんだ。

「そういえば、電車で青明せいあが寝言を言った話、覚えてる?」

 なんのことだかわからない。だが、ルリは私にかまわず続けた。

「あのとき、「瑠璃るりちゃんと仲良くなりたい」って言ってたんだよ」

 全然覚えてないけど、その気持ちはよくわかる。


「ねえ、本当に寝ちゃったの」


 声が遠い。うまく聞き取れない。

 唇にやわらかな感触が降ってきた。私の死がルリを苦しめることを知りながら、身勝手なことに幸せな気持ちだった。


「誰も知らない秘密を教えてあげる。私たち、受精は永遠にできないの。だって私がそう仕組んだから」


 ああ、手首を触られている。

 そっか。また消しちゃうつもりなんだ。

 わかったよ。もう会いにいかない。


「私にとって一番辛いことは、年を取ったセイアが心を病んでしまうこと。私たちは一緒にはいられない。でも……」


 私には、先にやることができた。

 受精してもルリと一緒にいられる道を探すんだ。


「セイアは誰にも渡さない」

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