第22話 幕間1/2 幼馴染の提案
幼馴染が恋をしたらしい。
「ごめん
その恋をしている乙女が喫茶店に入ってきた。長かった髪をミディアムヘアにして、きちんと身なりが映えるように整えて。
「全然。でも、よかった」
「え、いきなりなに?」
「花琳、顔色いい。生気に満ちた顔してる」
「……うん。最近はやっと調子戻った感じかな。ごめんね、心配かけて」
花琳は対面に座って、笑顔を見せた。作り笑いじゃない、健康的な表情。
「でね、この前、実は雨見さんに助けられちゃってさ……」
そして、いつもの雨トークに入った。
広告会社にいた頃の花琳の顔と来たら、まぁひどかった。単に疲れている顔ではなくて、この世の終わりとでも言いたげな顔。目にはクマ、ハリのない口元、きれいな長い黒髪もまったく手入れされておらず、せっかくの美人が台無しだった。何より、心配かけまいと作った笑いがすごく怖くて、嫌だった。
何度も「そんな会社やめろ」「訴えた方がいいくらいでしょ、それ」「マジでもう逃げな」と対面でも電話口でも言ってきた。しかし、花琳は曖昧な返事を繰り返すばかり。完全に視野狭窄に陥り、疲弊しきって逃げることさえできなかったんだと思う。幼馴染として、同じ女として悔しかった。
それが変わったのは、今年の2月。
「会社辞めることにした。あそこいても誰も私のことなんか見てないから」
突然、毅然とした声で宣言した。嬉しさや安心よりも心配と戸惑いが勝り、詳しく経緯を聞くと――なるほど、人間やっぱり最後は優しさが勝つものだ、なんてしみじみ思った。存じませぬがどこぞの優しいお兄さんありがとう。
そして充電期間を経た夏頃。1枚の名刺を手に、ポツリと言った。
「ハローワークに行ったらさ、この人の会社、募集してるんだよね。しかも同じ部署で……」
「そりゃ行くっきゃないっしょ!」
と、背中押すどころかケツをバァン叩いて、無事に例のお兄さんの会社に入社できたのが1か月くらい前。
そして今に至る間、電話で話す度に「真面目で優しくて、犬っぽくてかわいい人なの!」だの「丁寧で地道な人で、最初からああいう人と仕事したかった」だのと甘い、あむぁ~いトークばっかり。あと「私のせいでセクハラさせた……」とか謎発言してた時もあったっけな。
なにはともあれ、恋の力は偉大だ。あの恋愛不器用だった花琳が胸をときめかせてるのもうれしい。親戚のおばさん気分だ。同い年でおばさんという歳ではないが。
「好きな人と働けるっていいね」
あーしの言葉に「恥ずかしいけど、ね」とうれしさダダ漏れで話していた花琳だったが、突然凍りついた。コーヒーを持つ手が震えはじめる。
「……私、美鳥に雨見さんのこと好きだとは言ってないよね?」
「いや言われんでもわかるわ! あんな糖度100%の話聞かされりゃ!」
「え、マジ? そんな甘いこと言ってた?」
「自覚なし!? 小学生かよ!」
予感が確信に変わった。ときめきはいいが、恋愛の部分だけ成長せず、小学生レベルと来てる。まさか、いきなり距離感バグ起こして告白とかしてないだろうな。
「え、告白しちゃったのォ!?」
「こ、声大きいよ!」
思わず上半身を乗り出して、調子の外れた声を出してしまった。
「だって、助けてもらった上に東京タワー夜景まで連れてかれたら……告白にはベストタイミングだと思っちゃうじゃん!」
「た、確かに……」
事件の経緯を詳しく聞き込み。聞けば聞くほど、雨見とかいう人が一気にわからなくなってくる。東京タワーの夜景まで連れて行った異性に「付き合えません」とは一体どういう了見なんだ? 連れて行かれた側が言うならともかく、連れてった側が?
「まさかほんとのほんとに、打算なしに元気づけようとしたっての?」
だとしたら、もはやちょっと怖くなってきた。邪念なさすぎるだろ。
「うん……雨見さん、真面目だから。この前も西邑悠って人の誤報道の時も……」
ただ話を聞くに、人を利用したり隙を突いて体の関係に持ち込むような人ではなさそうだ。
したら、押してだめならもっと押した方がいいタイプかも。
「じゃーさ、次の土曜日のコスプレフェスに、雨見さんに見に来てくださいって誘いなよ」
「へっ!?」
今年の池袋コスプレフェスは、花琳と合わせることにした。高校時代からコスプレしてきたあーしは、花琳なら絶対コスプレ映えすると思っていたし、実際に何度か勧誘してきた。だが花琳は「私は美鳥みたいに愛嬌のある顔立ちじゃないし……」と手伝いはしてくれども、コスプレはしてくれず。幼馴染とはいえ強制はしたくない、仕方ないか……と思っていたところ。仕事をやめた折、花琳が今年はコスプレ付き合うよ、と言ってくれた。「会社やめる前、美鳥にはお世話になりっぱなしだったし、今までの人生でやってなかったこともしてみようかなって」と。なると衣装はすぐ決まった。
「雨見さんとやらに嫌われてるってワケでもないんでしょ? 恋愛対象じゃないってだけで」
「……うん、そういう感じだとは思う……」
「なら、ここらで1回起爆剤がいるよ」
む……、と漏らす花琳。このままじゃジリ貧、理屈はわかっているはずだ。
「でもなぁ……恥ずかしいしなぁ」
「いやどう考えても話題作りになるし誘うべきっしょ!」
「でもなぁ……似合ってないとか思われたらなぁ」
「大丈夫、あんた素材いいんだから。あーしも手伝うし」
「でもなぁ……他にもっと綺麗な人いっぱいいるしなぁ。目移りされたら」
「そんなすぐ色目使うような、軽薄なタイプなの?」
「そんなわけないよ! なに言ってるの!」
「おめぇが言ったんじゃねえか! なんで告白はできるのに、コスプレフェスに誘う勇気はないんだよ」
ツッコむと、花琳は「だって……」といじけて子犬のように弱々しくなった。
「ねぇ、実際にどういう人が来るの?」
花琳の問いに、あーしはスマホのフォトから画像を出す。
「この人は、あーしが以前お世話になった人なんだけど」
とある有名な美少女アイドルゲームの合わせをした時のものだ。
「待って、めちゃくちゃレベル高くない!?」
「まあこの人は別格だよ。界隈で年齢不詳の美少女レイヤーって言われてる人だから。……とりま、あいさつと写真だけ始めに撮ったら、後は自由行動でいいから。この日はコスプレデートってか、衣装のまま街中歩いても違和感ないしね。つーか、それくらいアタックしないと草食男子は落とせないよ」
「うー……」
花琳は頬に両手を当てうめいた。さて、どうしたものか、どうなることやら。
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