第13話 飼い犬のケア・2
膝の上に乗った銀色の頭をよしよしと撫でてやる。
体は大きくなっても、この髪の手触りは子どもの頃から変わらないのよね。ちゃんとブラッシングすればもっとフワフワするのに。私がブラッシングしてあげてもいいんだけど、そのあとは自分でやらなくなりそうな気がするのよね。それって主人と従僕の関係なのかしら?
何分か堪えながら撫でてやると、やっとルドルフが言葉を溢した。
「……うー、お嬢のバカ! 見栄っ張り!」
「はいはい」
「何でいつも危ないことばっかり。しかも自分だけで決めちゃうし」
そう言って怒ってはいるが、撫でるうちに耳が撫でられやすいように後ろに倒れていく。
前世の世界にいた犬と本当にそっくりだ。私は完全に猫派だったけれど、今思い起こせばもったいないことをしていたのかもしれない。猫のつれなさは大好きだが、犬の全力っぷりは悪い気がしない。
でもやっぱりヒトに近い獣人だと、完全にペットというよりは歳の離れた弟のような感覚ね。
ルドルフの頭を撫でながら、思う。
それとも子どもを育てるって言うのがこの感覚なのかしら。駄目な子ほど可愛いって言うし。
「正直、あの子は王子よりタチが悪いよ。お嬢が抱きつかれても振り払いもしないもの」
「そうねえ」
あれがヒロインってものなのね。あの性格、あの言動。どうしても愛らしく思って、受け入れてしまう。それに、今まで誰とも共有できなかった『異世界転生』と言う共通点。前世の世界を知っていると言う点で、この物語世界で唯一の完全なる理解者。あの子と話していると、前世の世界へ戻ったような気分になった。
だから余計に、助けてあげたくなった。
「でも、俺だってあの子は嫌いじゃないよ」
「あらあら。妬けるわね」
「心にも思ってないくせに……」
ルドルフが小さく唸る。しかし辛抱強くゆっくりと撫でるのを続けると、尻尾の方は嬉しそうに揺れだした。
「だって、だってあの子のおかげでお嬢が王子と婚約解消出来たってことだし」
「そうね。だから借りは返さなきゃね」
ルドルフが見栄っ張りと言って来たが、間違いない。セレナの親切に報いたい、という気持ちは間違いない。しかし、そういった気持ち以外にも、ちょっと良いところをセレナに見せたいと言う気持ちがあったのは事実だ。それはセレナに対する好意の気持ちが理由だ。そして私にだって人より優れていたい、誰かを守護するような上の立場に居たいという気持ちだってある。
でもそんなのみんな持ってることでしょう? それにあんなまっすぐなお馬鹿さん、私のせいで不幸になるなんて寝覚めが悪いじゃない。
いずれにせよ、セレナが殿下と結ばれることを望んでいないのだから。そこに介入しておくのはリスクマネジメントでもあるのだ。すぐに解決が無理でも、問題を放置するよりはある程度の距離感と時間軸で管理した方がいい。予防できることは予防したほうがいい。相手が相手だけに将来的な不安もある。自国の王族の騒動も困るし、元婚約者が問題を起こされるのは私の名誉にも関わる。
運命の番がどうのこうので綺麗に別れられたのだから、これ以上私のこれからを邪魔するような真似はされたくない。これじゃ私が次の婚約者を見つけるにしても支障が出かねない。
「でも、すぐそうやってお嬢は俺の知らないところで誰かを抱え込んじゃう。そういうのが嫌なんだ」
「私には自由意志があるんだから、無理よ。それに私はお前の主人なんだから、お前の承認なんていらないのよ。私がそうすると言っているんだから、お前はそれに従うだけよ」
「そうじゃなくて……」
「とにかく、どうにかするしかないでしょう。お前も、文句を言う前に出来ることがないか考えなさい」
「……はあ」
ルドルフが深いため息をついた。しかし、しばらくすると、ふふん、とふいにルドルフが笑う。
「何よ」
「ううん、お嬢はやっぱり俺が側にいる前提で物事を考えてるよね」
「…………」
「王子も俺がお嬢の番だって認めてたってね」
そういえば、この駄犬も頭痛の種だ。今までもルドルフが拗ねた時はこうやって懐柔してきたけれど。こちらにその気がなくとも、ルドルフは私のことをそう言う目で見てるんだった。
「さあ、それはどうかしらね。セレナの気を引くためもあるでしょう」
私は撫でる手を止めて、座り込んでいるルドルフの横に立った。
「さあ、寝る時間よ。自分の部屋へ戻りなさい」
「うー、お嬢のバカ」
ルドルフはそう言うものの、機嫌はすっかり治っていた。立ち上がりざまに、私に抱きついてくる。
なだめれば調子に乗り、叱責すれば悲劇ぶる。だけど今の現状では手放すには惜しい。何をしても躾も上手くいかない。
「あの子に上書きされちゃったからね……あーあ、お嬢がこうやっていつも俺の手の中に収まっていればいいのに」
「何度も何をいってるの。私がお前の思う通りになるわけがないじゃない。さあ、退きなさい」
「……そうだよねえ」
ぎゅうぎゅうと力を込めた後、ルドルフはさっと手を緩め、私に叩かれない位置へと逃げた。
「おやすみ、お嬢」
「……おやすみなさい」
どう考えても、躾に失敗している。こうやって甘やかすから、調子に乗る。
ルドルフが出て行った後、部屋の鍵をかけながら私は頭を振った。
「なんだか今の、
私は寝巻きと部屋に香水をふりかけ、自分の匂いに上書きし、眠りについた。
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