第10話 咲慧

 無理に身体を動かしながら歩いていたが。

 身体は悲鳴を上げており糸の崩れた人形のように膝から倒れ込んでしまう。


 側にシャッターで閉まった本屋らしき店があった。


 身体は動かず。

 このまま死ぬのも悪くないと思っていると。

 背後から黒の服を纏った女性に声を掛けられる。


「……ここは寝る場所ではないのだがな」

 玲奈とは異なる妖艶に似た美しい女性だった。


「…………」

 少し見惚れてしまった自分を不甲斐なく感じる。

 玲奈が死んだと聞いて次の女性を探しているのかと感じてしまい。


 自分で自分を呪いたくなった。


「無視か。まあ良い。そこで生き倒れられたら面倒だ。死にたいのなら場所を選べ」

 女性は棘のある言い方をする。


「………」

 僕は動かない身体を無理に動かして此処から立ち去ろうとした。


 身体中に痛みが響く。

 尋常ならざる痛みが身体に訴える。


「……っ!」

 歯を強く噛み締めながら身体を動かす。

 壁に持たれながら立ち上がり、足を引きずって向かう。


 どこへ向かうだって、言わなくても分かるだろう。


 身体が四散しても殺してやりたい奴等の元にだ――。


「……人を呪わば穴二つ。と言う言葉を知っているか青年」

「…………」

 何が言いたいのかが分からなかった。


「……君は些か以上に迷走している。そんなのでは彼女は救われない」

 女性は憐れんだ目で俺を見ていた。


「……彼女だって? 何が言いたい」

「入ってこい」

 女性は半分閉まっているシャッターの中に入って行った。


 俺は彼女も報われないと言う言葉の意味を言及したくて女性を追った。


 店内には古今東西の偉人に纏わる本があった。

「……さて、客人よ。そこの椅子に掛け給え」


 言われるがままに椅子に腰かけて聞きただす。

「……彼女も報われないと言うのはどう言う意味ですか」


 僕は鋭い眼光で睨んだ。

「言葉通りの意味だ。彼女の霊魂は君の側に存在している」

 女性は平然と言った。


「玲奈が、見えるのか」

「……一応な」

 女性は僕の後ろにいる存在を見ていた。


「……玲奈は僕に何と言っている?」


「……復讐は辞めて」


「…………」

 玲奈は復讐を望んでいないと知り、茫然としかけたが女性はためらわず言う。


「……とは、言ってないな。寧ろ、こんな苦しみを味わうのが許せない。殺せ、殺せと何度もつぶやいている」


 復讐が玲奈が望んでいるのなら喜んでする。


 だけど一つ気がかりな言葉が有った。


「こんな苦しみって、どういう意味ですか」


「言葉通りの意味だ。彼女は死んでも苦しみ続けている」


「何故です! あの屑共が生きているからですか!」

「いや、その加害者が死んでも苦しみからは解放されない。自殺は救われない――」

 冷たい言葉が僕を貫いた。


「自殺は救われないだって」


「……この世界には法則が存在する。人を殺すな。呪術を安易に用いるな。この世界にも冥界の世界にも共通する法であり法則でもある。それを犯す者は救われない――。自殺は、自ら命を絶つと言った業に縛られる。自殺者の霊が何度も同じ時間に飛び落ちて死ぬのは、その典型例だ。本人は死んだとは思っていない。地面に衝突するという想像を絶する痛みを味わってから、また屋上まで登り。翌日の同じ時間に飛び落ちる。そう、本人が自らの業に気付くまでは」


「……玲奈はどうすれば救われるのですか」


「答えは君と彼女の中にしか存在せん。……確実に言える事は、このままだと遅かれ早かれ彼女は君を引きずり込むだろう。良くも悪くも彼女は君を深く愛している。だが、愛は呪縛となり、やがて憎しみへと移り変わる。そう、君を恨み。呪い殺すように変わるんだ」

「……」


「復讐するのは好きにすればいいが、その前に彼女の救済を考えろ。私的な見解としては、彼女の魂を冥界の世界に正しく誘い。その後に復讐をする事を勧めるがな」

「……どうすれば良いのですか」


 女性は厳しい顔をしてから言い放つ。


「……この選択が君を救うとは分からないが一つ方法がある。君の才を貰う代わりに、君に霊視の才を授けよう。正直、お勧め出来んがな」


「……玲奈を救うのならどんな手でも使います」

「そうか」

 女性は呪文の様な言葉を唱え始めると半透明な本が片手に浮かび上がってきた。


 その半透明な本の表紙に片手を置き。

「八九代目、咲慧が赦す。我が命じる才を銘記せよ」

 女性がそう唱えると、半透明な本にタイトルが浮かび上がる。


「……霊を見る才を渡す代わりに君の才を貰う。貰った才は返還出来ないし、渡した才を取り除く事も出来ない。それでも良いかい?」

「ああ。玲奈を救えるのなら才なんかいらない」

 女性から半透明な本を受け取る。


 中を開くと白紙のページが書かれていた。


 読めない文字を読み進める。


 読み終えると激しい頭痛に襲われ。

 まともに目を開けなかった。

 

 外的な痛みは我慢できるが内面的な痛みに我慢できずに倒れ込んだ。

 

 目を閉じる最後の瞬間。


 心配そうな顔で覗き込む玲奈が一瞬見え。


 そのまま気を失った。

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