第19話 お隣さんと異世界飲み会 聖都前編

「出、来、た、わ、よー!!」


 女魔法使いフレアが諸手を挙げて、大きな声を上げながらコタツ部屋に飛び込んできた。


「お、おう。どうしたんだ、フレア?」

「お前、びっくりするではないか」

「魔法使い殿がそんな大声を出すなんて珍しいね」


 コタツ部屋でまったりと酒を嗜んでいるのは、俺と女騎士マリベル、そして大家さんだ。


「どうしたもこうしたもないわよ! 遂に完成したのよー!」


 フレアは大はしゃぎだ。


「つか、何の事だよ?」

「とにかく、まずは座って落ち着け」

「はい、これ。フレア殿もビールでいいかい?」

「ええ、ありがとう、おハゲさん」


 フレアは俺たちの勧めに従って炬燵に座り脚を突っ込んだ。


「んく、んく、んく、ぷはぁー」

「おう、いい飲みっぷりじゃねーか。で、何をはしゃいでるんだ?」

「だから、出来たんだって!」

「出来た、だけでは分からん。具体的に話せ」

「ああ、そうね。あたしとした事がつい舞い上がっちゃったわ」

「それでフレア殿。結局何が出来たんだい?」


 そう尋ねる大家さんにフレアが応える。


「コホン。聞いて驚きなさい! 遂に改造が完了したのよ! 『双方向召喚陣』の改造がッ!」


 フレアは鼻を高くし、自慢気な顔をした。


「……お、おう」

「う、うむ、そうか」

「なに、なに? どういう事なんだい?」


 だがフレアの態度に反して俺たちの反応は鈍い。


「貴方たち、もっと驚きなさいよ!」

「そう言われてもなぁ。つーか、その何とか召喚陣って何なんだ?」

「うむ、それが分からん事には話が出来ん」

「……っと、それもそうね、あたしとした事が」


 フレアは姿勢を正し「コホン」と一つ咳払いをしてから話し始めた。


「この双方向召喚陣があればね、この異世界とアチラの世界とを行ったり来たり出来るようになるのよッ!」


 フレアがとんでも無い事を言い出した。


「マ、マジか! すっげえ! つかなんだそれ、凄すぎんだろ! 天才だ! お前は天才だ、フレア!」

「なんとッ! では私達は元の世界に帰還が出来るという事か!」

「え? え? え? ホント?! 本当にファンタジー世界に行けるのかい?! こりゃたまげた! 大発明だよ、夢みたいだ! 魔法使い殿! ヒャッホーウッ! こりゃあ最高だ! お祭りだーッ!」


 あまりもの話に俺たちはドッタンバッタン大騒ぎした。




 俺たちは炬燵を囲みながらフレアの話を聞く。


「この双方向召喚陣で世界の境界を越える事が出来る人数は、今の所は一度に三人だけ」

「 案外少ないんだな」

「ええ、そこら辺は今後の課題ね」


 フレアは説明を続ける。


「そしてね、この召喚陣はいつでも使える訳じゃないの」

「おう、そうなのか」

「具体的には召喚陣に満ちるマナの充填具合による訳ね」

「うむ、よく分からん」

「分からなくていいわ。とにかくいつでも使える訳じゃないって事だけ覚えておいて」

「そ、それでフレア殿! 召喚陣が使えるのは直近だといつなんだい?」


 大家さんが興奮も露わに問いかけた。


「それはね……」

「それは?」


 フレアが勿体ぶりながら応える。


「それは、――今晩よッ!」




「さあ、貴方たち、準備はいいかしら?」

「おう。ちゃんと酒は持った」

「うむ。問題ない」

「私もだよ! ああ、夢にまで見たファンタジー世界への旅! まさかこの歳で本当に叶うことになるなんてね!」


 その日の晩、俺とマリベルと大家さんはリビングの召喚陣の前に集合していた。

 フレアが俺たちに向けて話しだす。


「行き先は聖リルエール教皇国、聖都ボルドー。メンバーはマリベル、お兄さん、おハゲさんの三人で間違いないわね?」


 因みにハイジアはフレアと一緒にお留守番だ。

 声をかけては見たのだが、「なぜ妾が聖都などに行かねばならんのじゃ」と、素気無すげなく断られてしまった。


 フレアは日本に残って召喚陣の経過観察をするらしい。


「じゃあ行くわよ。みんな、召喚陣に乗ってちょうだい」


 俺たちは言われた通り召喚陣に進みでる。


「じゃあ確認よ。アチラの世界にいっている時間は半日ほど。それが過ぎたら自動的にコチラの世界へと再召喚で戻される事になるわ」

「おう、それで頼む」

「うむ、異存ない」

「楽しみだねぇ! ああ、胸がドキドキと高鳴ってきたよ!」


 俺はふと気になった事を尋ねる。


「なあ、フレア」

「何かしらお兄さん」

「これって向こうに行ったきり戻ってこない、とかは出来るのか?」

「ええ、もちろん出来るわ」


 俺は思案する。


「つか、それならマリベルは、元の世界に帰らなくていいのか?」


 俺は気になっていた事をマリベルに尋ねて見た。

 マリベルは事もなげに応える。


「ああ、もちろんこちらの世界に戻ってくる。今回は元の世界に残してきた用事を済ませに、少し戻るだけのつもりだ」

「おう。そっか」

「私はこの世界での日々が気に入っている。それに、変わらずリビングに魔物は召喚されてくるようだし、私もこちらに残って魔物退治を行わねばな」


 俺はマリベルの言葉にホッと胸を撫で下ろした。

 どうやら折角できた飲み友達とこれでお別れとはならない様だ。


「じゃあ、いくわよ!」


 フレアが召喚陣にマナを注ぎ込んだ。

 召喚陣は淡い光を強い光へと変えて、俺たちを包み込む。


「きた、きた、きた、きたーーーッ!」

「お、おおう」


 大家さんと俺が声を上げる。

 マリベルは落ち着いたものだ。


「それじゃあ! 行ってらっしゃいー!」


 フレアのその言葉を遠くに聞きながら、俺たちは召喚陣へと吸い込まれて異世界転移した。




「……ん、つ……」


 気がつくと俺は薄暗い路地に倒れていた。


「つか、ここは、……異世界、なのか?」


 俺は起き上がり辺りを見回す。


「コタロー、気がついたか」

「お、おう、マリベル。ここは?」

「その問いに応える前に、先に大家殿も起こしてしまおう」


 見ると大家さんがマリベルの側でうつ伏せに倒れている。


「大家殿! 大家殿! 起きられよ!」

「……ん、んん」

「大家殿! 大家殿の来たがっていた異世界だぞ! 起きよ!」

「…………異世界ッ!?」


 大家さんが跳ね起きた。


「竜は?! エルフは?! 女騎士はどこだい?!」

「落ち着け大家殿! ここには竜もエルフもおらん!」

「落ち着けオッさん! つか、女騎士は目の前にいるだろ!」

「そ、そうだね、落ち着かないと!」


 そう言って大家さんは「スーハー、スーハー」と深呼吸をする。

 しばらく深呼吸を続けて大家さんはようやく一旦は落ち着きを取り戻した。


「それでマリベル。ここは一体何処なんだ?」


 俺は改めてマリベルに問いかけた。


「うむ、ここはボルドー」

「ボールド?」


 洗剤か?


「ああ。レノア大陸の南東に位置する大国、聖リルエール教皇国。その首都、聖都ボルドーだ」

「そ、そうなのかい?」

「お、おう、そうなのか。つか、そう言われても、こんな路地だと何だか異世界って実感が湧かんな」


 今俺たちが居るのは薄暗い路地だ。

 小汚いこんな路地に居ては異世界に来たという実感がまるで湧かない。


「……あッ!! 虎太朗くんッ! 空ッ、空がッ!」


 俺は声を上げる大家さんにつられて空を見上げた。


「マ、マジか……」


 俺は驚きに腰が抜けそうになる。


 路地から見上げる朝の明るい空。

 綺麗なその空には、明るさに薄くなり、だがそれでもはっきりとした存在感を放つ大きな二つの月が、ぽっかりと浮かんでいた。


「うっわー! うわっ、うっはぁーーーッ!」

「お、お、お、落ち着け、大家さん! つか、まだあわ、あわわ、慌てるような時間じゃ、あわわ」

「そうは言っても虎太朗くんッ! あの月ッ! ここは異世界なんだよ! む、胸がドキドキして張り裂けそうだよッ!」


 俺と大家さんは大騒ぎした。


「そ、そうだッ! つ、つか、こんな時こそ酒を飲んでおちつくんだ!」


 俺は持参した日本酒の封を切り、トクトクと紙コップに酒を注いだ。


「んく、んく、んく、ぷはぁ! も、もう一杯!」

「虎太朗くん! わた、私にも日本酒を注いでくれないか?!」

「お、おう! 紙コップだせ、大家さん!」

「何だお前たち。私を除け者にするつもりか? さあ、コタロー、私にも日本酒を注いでくれ!」

「おう! ジャンジャン飲んでくれ!」


 俺たちは異世界の路地裏で酒盛りを始めた。




 ――小一時間後。


「うはははは! おう、大家さん! もっと飲め飲め!」

「とっとっと、こりゃあ悪いね虎太朗くん! あははははは!」

「つか、マリベルー! アンタは飲んでるかー?」

「……んあ? の、飲んでおるぞ? コタロー、わらしにももう一杯だ、ヒック」

「おう! チー鱈も食えー、ってあら? チー鱈がもうないわ。肴は今ので終わりなー」

「ええええ? どうしてもっと持ってこなかったんだい」


 俺たちは異世界の路地裏で酔っ払っていた。


「んく、んく、ぷはぁ! おーや殿、そのようにコタローを責めても詮無きこと。……よし! ここはひとつわらしが二人をよい酒場に連れて行ってやろう! ヒック」

「マジか、マリベル! つーことは、異世界酒場か!?」

「うっひょー! 異世界の酒場! まさか冒険者ギルドかい!? きた、きた、きた、きたーーーッ!」


 マリベルが俺たちを先導するように先に立つ。


 先を行く女騎士のその手には、剣ではなく日本酒の注がれた紙コップが握られていた。


「おっし! 今から、楽しい異世界飲み会だーッ!」


 こうして酔っ払い三人は、フラフラとした千鳥足で異世界への一歩を踏み出した。

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