第16話 お隣さんとおでん屋台
「ねぇ、お兄さん。何をしてるの?」
お隣さん家のリビングでゴソゴソとやる俺にフレアが声をかけてきた。
俺は作業を続けながら応える。
「おう、フレアか。ちっとリビングに遠隔監視カメラを仕込んどこうかと思ってな」
「遠隔監視カメラ? 何なのそれは?」
「遠くにいてもリビングの様子が分かる道具だ」
「へぇ、便利な魔道具があるのねぇ」
「で、アンタは何してんだ?」
「あたし? あたしは今日も召喚陣の解析よ」
「解析なんて出来るのか?」
「ええ、分からない事だらけですけどね」
「そっか。大変だな」
「本当にねぇ」
会話が途切れる。
俺とフレアは自分の作業に没頭する。
だが俺は静けさに耐えられなくなって口を開いた。
「で、召喚陣なんて解析してどうすんだ?」
「ちょっと弄れないかと思ったの」
「召喚陣をか?」
「ええ」
「つか、そんな事出来んのか?」
「多分ね。この召喚陣は今は一方通行なんだけど、何とか双方向に改造出来ないかと思ってるの」
「よく分からんが、難しそうな事やってんだな」
俺は感心した。
「ところで、お兄さん、貴方は何の為に魔道具を設置してるのかしら?」
「俺か? いやカメラ付けてたら便利だろ」
「どういう風に便利になるのかしら?」
「そりゃ、アンタ。みんなで出掛けたり出来るだろ」
「なるほど。そうね」
「な? だから、これの設置が終わったら、みんなで飲みに出掛けようぜ!」
女魔法使いフレアの耳がピクリと揺れる。
「出掛けるって何処に?」
俺は興味津々な瞳を向けてくる女魔法使いに応える
「何処にって、つかアレだ、……おでん屋台だよ」
「ちっすー! オヤジ、四人だ。座れるか?」
「見ればわかるだろ。客なんざオメェらしか居ねえよ。好きに座れ」
高架下のおでん屋台。
俺の行きつけだ。
俺はお隣の女騎士、女吸血鬼、女魔法使いを誘っておでん屋台にやってきた。
「ほう、これがおでん屋台か」
「おう、マリベルはおでん喰ったことあるか?」
「いや、ないな」
「ハイジアも、フレアも?」
「妾もないのう」
「あたしもないわね」
「そっか。寒い日のおでんは最高だぞ」
「ねえ、お兄さん、これは何処に座ってもいいの?」
「おう、じゃあ長椅子に四人で座るか」
俺たちはおでんの真ん前の長椅子に腰掛けた。
四人座るとギュウギュウだ。
「飲みもんは?」
屋台のオヤジが仏頂面で聞いてくる。
「そうだな、ワンカップ四つだ」
「バカ言うな、そこの嬢ちゃんはガキだろ」
オヤジがハイジアを見て言う。
「いや、こう見えてコイツ、1000歳超えてんだよ」
「……ふざけてんのか、虎の」
「いやマジマジ」
「冷やかしなら帰ぇれ、大体なんだお前らはチャラチャラした変な格好をしやがって」
「なんだっつわれてもなー」
オヤジは「はあ」とため息をつく。
俺はお隣さん達をチラリとみた。
お隣さんはおでん屋台のオヤジに自己紹介をした。
「私の名はマリベル。聖リルエール教皇国、破邪の三騎士が一人、竜殺しの聖騎士マリベルだ」
「妾はハイジア。
「あたしはフレア。レノア大陸、四方の守護を司る賢者の塔の一つ、西方『煉獄の塔』の管理人。赤の大魔法使い、フレア・フレグランスよ」
屋台のオヤジは若干ひいていた。
「と、とにかく、未成年には酒は出さねえ」
「いや、だから……」
「オヤジさん、ちょっといいかしら?」
フレアが割り込んできた。
指先にポッと小さな炎を灯してオヤジに語りかける。
「ほら、この炎を見なさい」
「なんだ?」
オヤジは言われた通り炎を見た。
「分かるかしら? あたし達は全員成人よ?」
「んなわけ……」
反論しかけたオヤジの目が虚ろになる。
「あたし達は全員成人」
「……全員成人?」
オヤジはフレアの言葉をおうむ返しする。
「そうよ、いい子ね」
「成人、全員成人」
フレアは「パンッ!」と手を叩いた。
「じゃあオヤジさん、お酒を頼めるかしら」
「ああ、ワンカップ四つだったな」
オヤジは四人分の酒を用意した。
「オヤジ! 大根、厚揚げ、卵に、牛スジ二本。全部4人前だ。汁多めにしといてくれ!」
「あいよ」
オヤジがおでんを皿に盛って出した。
「おう、あんがとさん。さ、みんな食おうか」
「うむ、頂こう!」
「
「美味しそうねぇ、頂くわ!」
俺たちは熱々のおでんを、ハフハフしながら頬張る。
「うっま! つか、味染みてんなぁ、ハフッ!」
「……」
「クッ! この程度の美味ッ、夜魔の森の我が居城でも、ハフッ! 我が、ハフッ!」
「お、い、しー! 何これ、熱々なのにすんごい優しい味だわ、ハフッ!」
やっぱりオヤジのおでんは最高だ。
「くはぁ! ワンカップがまたたまんねーな、おい! 大根も厚揚げもいい味だ」
「……」
「んく、んく、ぷはぁ! クッ、おのれ、妾の箸が止まらぬじゃと?!」
「この牛スジっていうの、トロトロねぇ。んく、はあぁ、お酒との相性も抜群じゃない!」
「おい、フレア。妾は偉大な発見をしたぞ?」
「発見?」
「……」
「この卵の黄身をつゆに溶いて食ってみるのじゃ」
「ッ!? 何この大発見!」
俺たちはやんやと盛り上がりながらおでんを肴にワンカップを飲む。
そんな俺たちの様子をみて、お隣さん達の奇抜な格好に眉をひそめていた屋台のオヤジの頰が緩む。
「……お客さんら、チャラチャラした格好の割に案外分かってるじゃねえか」
「だろ? こいつらはみんな、酒を楽しく飲む奴らだ」
「ああ、そうだな、虎の。……だが、そこの嬢ちゃんだけは口に合わなかったみたいだな」
屋台のオヤジは黙りこくる女騎士をみる。
「いや、違うんだオヤジ。マリベルはな……」
俺がオヤジに説明しようとした時、マリベルが屋台のオヤジに顔を向け、「クワッ!」と目を見開いて口を開いた。
「口に合わないだと!? バカを申すなオヤジ殿! 私はこのおでんの深く優しい味わいに感銘を受けていたのだ! 寒い日の屋台で頬張るおでん、まず最初に食べるのは大根だ。熱々のそれを口に含むとジワッと染み出るつゆの味わい! ハフッとしながら飲み込むと体の芯から温もりが感じられる! 次の種は厚揚げか? 牛スジでもいい。 どれもホッとする優しい味わいだ! だがこのおでんとは優しいだけではないな。付け合わせているカラシをつけると、今まで母の様に優しかったおでんの味が、厳格な父の様に一本筋の通った味わいへと早変わりする! 飽きの来ない様々なおでん種といい、いったいこの料理はいくつの顔をその深き懐に秘めているのだッ!!」
「……そ、そうか」
「オヤジ殿! 大根もう一つとコンニャク追加だ!」
マリベルの口上が屋台のオヤジを襲った。
俺たちは熱々のおでんを肴に酒を楽しむ。
マリベルは酒が進み過ぎて、少し呆け始めている。
ハイジアも上機嫌で飲みまくり、ちょっと可愛くなりつつある。
だが『ハイジアたん』になるには至らない。
フレアもバカスカ飲みまくって頰を赤らめ、「ほう」と熱く色っぽいため息をついている。
「なあ、オヤジ」
「……なんだ?」
「オヤジってチャラチャラした格好嫌いなのか?」
俺はオヤジに話しかけた。
オヤジは応える。
「そーでもねえんだがな、最近ちょっとあってな」
「なになに? 何の話してるの? あたしも混ぜなさいよ」
「なんでもねーよ。つか、すまんなオヤジ。続けてくれ」
「ああ。つい三、四日ほど前にチャラチャラした変な格好をした若え奴らが、酒を呑みに来てな」
「おう、それで?」
「その若えのがベロンベロンに酔って暴れやがるもんだから、首根っこ掴んで店から放り出してやったんだよ」
「へえ、酔って暴れるとか、……ねーな」
「お酒も楽しく飲めないなんて、その子たち、お子様だったのねえ」
俺とフレアはオヤジに相槌を打つ。
「ああ、全くだ。でだな、摘み出したその若え奴らがな、その日から仲間を連れて毎日毎日嫌がらせに来やがるんだ」
「んだと? 許せんな」
なんつータチの悪いガキだ。
俺はオヤジの言葉に憤慨した。
「今日もそろそろやって来るかもな」
「オヤジ、その糞ガキどもが嫌がらせに来たら、俺がオヤジに加勢してやるよ」
「……あんがとよ。だが他のお客に迷惑を掛ける訳にはいかねえ。虎の、お前は嫌がらせが来ても、無視して酒とおでんを楽しんでりゃいい」
そういって笑ったオヤジの顔が、次の瞬間、難しくなった。
「…………ほうら、今日もまた来やがった」
俺とフレアはオヤジの目線を追った。
するとそこにはチャラチャラした格好のバンドマン崩れといった風体のガキが10人近くいた。
「おら、オヤジ! 今日も来てやったぞ!」
「ギャハハ! なにこの汚ねえ屋台!」
「おい、ヤス!」
「へえ!」
「また昨日みたいにおでんに唾吐いてやれ!」
「なにそれ、アンタたち、そんなことしたの?! ひっどーい、キャハハハッ!」
「おでんに唾吐いてやったときのオヤジの顔!」
「ギャハハハハッ! ありゃあ最高だったな!」
目の前にたむろする糞ガキどもは最低のカスだった。
「おいコラ、アンタら……」
俺は長椅子から腰を上げた。
「待て、虎の。お前は座って竹輪麩(ちくわぶ)でも食ってろ」
屋台のオヤジが輩どもの前に出た。
「また来たのか、糞ガキども。……帰えりやがれ!」
「帰る訳ないだろバカか、ギャハハ!」
「ちょっとこのオヤジ小突いてやろうぜ!」
「おー、いいな! あとタダ酒飲もうぜ!」
うわ、本気で終わってんな、このガキども。
俺は再び長椅子から腰を上げようとする。
「……お前は座っていろ、コタロー」
しかし俺はマリベルに裾をひかれ、長椅子に座り直した。
マリベルが立ち上がる。
「我が名は竜殺しの聖騎士マリベル! お前達、それ以上の狼藉を重ねるというならば、……覚悟せよッ!」
マリベルは剣を抜き、声を上げた。
「ぷっ、ギャハハ! なにこいつ!」
「ちょっと笑わせないで! キャハハハ!」
「コスプレってやつ? きんもーッ!」
輩どもはバカ笑いをする。
その内の一人が寄ってきてマリベルの肩に手を置いた。
「よく見れば美人じゃん。お姉さん、俺たちと遊ぼうよ」
マリベルの顔から表情が失われる。
次の瞬間、マリベルが動いた。
目にも留まらぬ早業で縦横無尽に剣を振り抜く。
「なになに? チャンバラですか? ゲハハハ!」
マリベルが剣を鞘に戻した瞬間、糞ガキどもの服という服が、細切れになり地に落ちた。
輩どもは男も女も分け隔てなく寒空に全裸だ。
「お前達など斬る価値もないわ」
マリベルは再び屋台の長椅子に座り、酒を煽り始めた。
「ちょっ! 服! 服!」
「え、なんで全裸? え、え? きゃああああ!」
「寒ッ! マジさむっ!」
「ちょま! 凍え死ぬって! マジ無理!」
ギャアギャアと喚く糞ガキどもに、女魔法使いフレアが話しかける。
「寒いのね? なら温めてあげましょうか?」
そういってフレアは立ち上がる。
「―
フレアの眼前にビルのように背丈の高い、赤々と燃える炎を纏う大巨人が現れた。
「おま、フレア、つか、それはやりすぎッ!」
俺は慌てた。
「グオオオオォォーーーッ!!!」
炎の巨人は輩どもに向かって咆哮を放つ。
「ひ、ひいいッ!! ヒィィィーーッ!!」
「ギャァーッ! 助けてくれー!」
「きゃああー!! お母さーんッッ!!」
輩どもは
「つか、オヤジ、すまん。騒ぎになっちまったな」
「……気にすんな」
「おう」
「それよりお客さんら、マジモンだったんだな」
「……お、おう。気にしないでくれ」
俺はオヤジに応えた。
「そういえばハイジアはアイツらに何もしなかったな?」
「……ふん、妾が斯様な下衆どもを見逃す訳があるまい」
「ん? つか、なんかしたのか?」
「無論じゃ。軽い呪いを掛けておいた。彼奴らは暫くは歯が痛くてものが食えんじゃろ」
「微妙にひどいな、それ」
「ふん、おでんを馬鹿にした罰としては軽かろう」
「ははは、そうだな」
俺はそういって笑った。
「オヤジ、騒がせたな。勘定を頼む」
「あいよ」
俺たちは勘定をすませて長椅子を立つ。
「ふー、妾は満足じゃ!」
「美味しかったわねー、最高!」
「…………んあ」
途中、邪魔は入ったが、今日もいい酒だった。
寒空のもと、俺たちは帰路へとつく。
「おい、お客さんら」
そんな俺たちの背に屋台の声が掛けられる。
「ん、なんだオヤジ?」
俺たちはオヤジに振り向いた。
「なんでもねえ。…………また来いよ」
俺たちはオヤジに背を向け、手を振って歩き出した。
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