第14話 お隣さんと南蛮漬け
今日も雲ひとつない快晴。
吹き荒ぶ風は冷たいが、室内で悠々と酒を楽しむ俺達には関係がない。
「南蛮漬け、出来てっかなー」
俺はウキウキしながら冷蔵庫をあけた。
タッパーから取り出したのは、タカサゴの南蛮漬けだ。
「お味の方はっと」
俺は酢に漬けた魚の身をヒョイと一つ摘み出す。
そしてパクッと一口。
モグモグと咀嚼してゴクンと肴を飲み込んだ。
「かぁー! すっぺー! でも旨いッ!」
俺は少し多めに酢を使った南蛮漬けの良い出来に手を叩いた。
「うっし、あとはこいつに合う酒を」
俺は酒棚から三合瓶を数本取り出した。
「ちーす、上がるぞー!」
俺は挨拶もそこそこにお隣さん家に上り込む。
そしてコタツ部屋の扉をガチャリと開けた。
「よう、アンタだけか、マリベル?」
「うむ、そうだ」
「そっか」
「うむ」
短い挨拶を交わしてから俺はコタツに脚を突っ込んだ。
「マリベルはもう昼飯くったか?」
「いや、まだだな」
「そっか、じゃあ酒と肴もってきたけど、いるか?」
「ああ、頂こう」
俺は酒盛りの準備をしながら、女騎士マリベルに話しかける。
「つか、フレアつったか。あの魔法使いの女は?」
「ああ、ヤツならリビングで何やらゴソゴソとやっていたな」
「何やってんだ?」
「詳しくは知らん。直接聞いてみたらどうだ?」
「んだな、じゃあ呑むのはフレア呼んできてからにすっか」
俺は炬燵から立ち上がり、リビングへと向かう。
そしてリビングの扉を開いて、中にいる女魔法使いに声をかけた。
「おい、アンタ、フレアつったな」
「ええと、貴方は確か、……モコタローだったかしら?」
「ちげーよ! なんだよ、モコタローって! 『モ』はどっから出てきたんだっつの! 俺の名前は虎太朗だ! ちなみに『こ』は『虎』だからなッ!」
俺は声を荒げた。
「うふふ、冗談よ、お兄さん。で、そのコタローがなんの御用かしら?」
「……ったく。今からマリベルと飲むから、アンタもどうかと思ってな」
「お酒?」
「ああ」
「良いわね、良いわね、飲みましょう!」
女魔法使いフレアは乗り気だ。
「おう、ならコタツ部屋に来い」
「ええ。でも少しだけ待って頂戴。キリの良い所まで調べてしまうから」
「おう、いいぞ」
フレアは召喚陣へと向き直る
そしてムムムと頭を捻らせて何かを調査しているようだ。
俺はフレアに尋ねる。
「なあ、フレア。何してんだ?」
「召喚陣の調査よ」
「ほう、……で、何か分かったのか?」
「まだあんまりね。この規模の召喚陣を人為的に描けるとは思いづらいし、たぶん自然発生的に生じたものだと思うけど、……詳しいことは全然。これは先が長そうだわ」
「そっか」
俺はそれきり押し黙ってフレアの調査にキリがつくのを待った。
女騎士と女魔法使いと俺はコタツ部屋で卓を囲む。
俺はコタツテーブルにドンと酒をおいた。
「今日の酒はな、『泡盛』だ」
今日用意した泡盛は『八重泉』に『白百合』だ。
マリベルとフレアは興味深そうに泡盛を眺める。
「ほう、コタロー、これは初めての酒だな」
「あらあら、透き通った綺麗なお酒ねぇ」
「おう、二人ともまずは一杯飲んでみろ」
俺はまず八重泉の封を解く。
キラキラと光を反射する琉球ガラスのグラスに、泡盛を注いだ。
「ほら、飲め」
「うむ、……ッ、いざ!」
「ありがとう、いただくわね」
「ん、く、ぷはぁ! これは強い酒だな!」
「ん、……はあぁ。結構クセのあるお酒ねぇ」
「ああ、だけど旨いだろ?」
「ああ、旨い! もう一杯貰おう!」
「ええ、あたしももう一杯貰えるかしら」
「おう、じゃんじゃん飲んでくれ!」
そういって二人にお代わりを注ぎいでから、自分のグラスを煽る。
「かぁッ! 旨いねぇ!」
「ところで、コタロー、肴のほうはどうなっているのだ?」
「おう、勿論用意してるぞ」
「あら、お兄さん、準備がいいのね」
「ほら、肴だ。タカサゴの南蛮漬け。つか、沖縄風に言うとグルクンの南蛮漬け、だな」
俺はコタツテーブルに肴をおいた。
「さ、食ってくれ」
「では、いただこう!」
「あたしも頂くわ」
二人は南蛮漬けを食べる。
ムグムグと口を動かし、ゴクンと喉を揺らした。
「すっぱーい! でもすごく美味しいわね、これ!」
「ちょっと酢を多めにしてみたんだ。その方が酒が進むかと思ってな」
「ホント! これを摘むとお酒が飲みたくなるわ!」
「だろ? ほら、フレア、グラスをだせ。お代わりを注いでやる」
フレアは美味しそうに南蛮漬けを肴に泡盛を飲んだ。
「で、お兄さん。この子、マリベルはどうしたのかしら?」
「お、おう。つか、フレアまだは知らんのか」
「知らないって何を?」
「マリベルはな、肴を喰うといつもこうなるんだよ」
「こうって……」
「まぁ見てろ。そろそろだぞ?」
固まっていたマリベルが動きだした。
クワッと目を見開き、唾を飛ばしながら声を上げる。
「なんだこれは! 口に入れるとまず最初に感じるのは刺激的な酸味! キュッと締まった魚の身を噛みしめると次に訪れるのは仄かな甘み! だがこれは酸味と甘みだけではないなッ?! そうか、これは香草の香りだ! 強い酸味に微かな甘みと爽やかな香草の香りが見事に調和しているではないか! しかも食感がまた堪らない! 締まった魚のギュッと歯を押し返す食感と細切りにした根菜のコリコリとした歯ざわりが、堪らなく噛むという行為を楽しくさせてくれる! 最後に南蛮漬けを飲み込んだ後に訪れる口腔の静謐! 清らかなその後味に私は身が引き締まる思いだ! まさに騎士たるべきものが常志すべき有様がこの南蛮漬けにはある! 宛ら騎士の生き様が如し! まさしくこの肴は騎士の肴と言えようぞッ!」
「……お、おう」
俺は引き気味に応えた。
「えっと、……何?」
「まぁ、なんだ、そっとしておいてやってくれ」
マリベルはその後も「騎士たるものー! 騎士たるものー!」と訳のわからない声をあげながら南蛮漬けを摘んだ。
「こんにちはー、お邪魔しまーす!」
お隣さん家の玄関から声が聞こえる。
コタツ部屋の扉をガチャッと開け、杏子(アンズ)が顔を出した。
「あ、今日もやってるんですね? あ、フレアさんもこんにちはー」
「ええ、こんにちは」
「おう、杏子ちゃん、アンタも混ざれ」
「はーい、じゃあちょっと着替えてきますねー」
杏子は衣装を片手にトイレへと向かった。
着替えて戻ってくる。
「つか、杏子ちゃん。最近の大学は制服あんのか?」
「え? ありませんよー」
「なら、なんで制服着てるんだ?」
「ええー? 何でかなぁ? コタローさん、当ててみて下さいよぅ?」
「……お、おう。つか、何だ、もう飲んでたのかアンタ」
「まだ、飲んでませんよ!」
「いや、だって喋り方、ちょっとうざかったし」
「コタローさん、酷いー」
「あ、分かった!」
「何がですか?」
「その制服姿、コスプレだろ!」
「ピンポーン! 正解です! さすが
「兄い様?」
相変わらずこの女子大生は訳がわからん。
とりあえず俺は杏子に酒を進める事にした。
「杏子ちゃんは泡盛はイケるか?」
「あ、はい! 泡盛好きですよー。クセのあるのも結構大丈夫です、私」
「ほう、……なら、こいつを開けるか」
俺は白百合の封を解いた。
「お兄さん、それはさっきのお酒とは違うのかしら?」
「いや同じ泡盛なんだけどな、この白百合は、さっきの八重泉より、さらにクセが強いんだ」
「ふむ、気になるな。私にも一杯貰えるか?」
「勿論だ。グラスをだせ。ほら、フレアも杏子ちゃんも」
「ええ、お願い」
「はーい! さすが
杏子が無理やり俺を褒める。
俺は女騎士と女魔法使いと女太鼓持ちに白百合を注いだ。
「では、頂こう」
「ええ、頂くわ」
「いただきまーす」
三者三様の声をあげて、みんなが泡盛を飲んだ。
「どうだ?」
「えっとー、土の匂いがします」
「中々クセのあるお酒なのねぇ」
「うまい! が、確かに人を選ぶ酒だな」
「おう、こいつは湿った土っつか、なんつーか、朝方の森の匂いがするんだよな」
「あ、それそれ。そんな匂いですよねー。香りというより匂いって言った方がしっくりします」
「だよなぁ。これ、ハマる人結構ハマるんだぞ?」
「なんだか分かる気がするわねぇ」
「お、そうだ。杏子ちゃんも南蛮漬け食ってくれ。あと、グルクンの唐揚げもあるぞ?」
「なに?! 聞いていないぞ! コタロー、私にも唐揚げを寄越せ!」
「そういや杏子ちゃん、今日は大家さんは来ないのか?」
「あ、はい! お父さんならお母さんに折檻されてましたよー」
大家さん……
俺たちは酒を飲みながら取り留めのない雑談をする。
「あ、アニメ観ていいですかー?」
「甲乙つけ難いッ! グルクンの唐揚げも旨すぎるッ! 私はいったいどうすればいいのだッ!」
「この『コタツ』っていう神器は最高ねぇ」
コタツ部屋のドアがガチャリと開く。
「なんじゃ貴様ら、朝っぱらから騒がしいのう」
「いやもう夕方だからな」
「……夕方から騒がしいのう」
「ニャーオ」
ニコを抱いたハイジアがコタツ部屋へと顔を出す。
「おぉ、見たことのない酒じゃの。コタロー! 妾にもその酒を酌をせい!」
「へいへい」
コタツ部屋にみんな勢揃いだ。
大家さんもその内奥さんからうまく逃げ出して顔を出すかもしれない。
俺たちの楽しい飲み会は、今日もまだまだ続く。
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