第2話 お隣さんは飲み友達

「で、あれは何なんだ?」


 俺は女騎士マリベルと差し向かいでビールを飲みながら、親指で龍の死骸を指差す。


「龍だ」

「……それは見れば分かる」

「死んでいるな」

「……それも見れば分かる」

「私が始末した」

「それも知ってる。見てたからな」


 俺とマリベルの会話は噛み合わない。


「って、そうじゃなくて! つか、龍もそうだけどアンタもだよ、マリベル。アンタもあの龍もどっから来たんだよ?」


 マリベルはビールを煽り、「ぷはぁ」と息を吐いてから応える。


「ほら、あそこに召喚陣が見えるだろう」

「ん?」


 俺はマリベルの指し示す場所に目を遣る。

 すると、そこには薄ぼんやりと青く光りを放つ、大きな魔法の召喚陣の様なものが見えた。


「私も龍もな、あの召喚陣に喚ばれたんだ」

「へぇ」

「状況から察するに、四日ほど前に私が召喚されたのが最初みたいでな。どうしたものかと途方にくれていたら、次の日にキマイラという魔物もあの召喚陣から召喚されて来たから、取り敢えず退治した」

「……」

「そのまた次の日には、バジリスクが召喚されて来たから、これも退治した」

「……」

「で、今日はレッドドラゴンだ。こいつは中々の強敵であった、……っておい、コタロー、聞いているのか?」


 マリベルは、眉を眉間に寄せて俺にそう言って来た。

 俺はマリベルに応える。


「……ああ、聞いてる。でもな、マリベル。ここには、……こっちの世界にはそんな、キマイラだの、バジリスクだの、レッドドラゴンだのいう怪物は、存在しないんだよ」


 マリベルは理解できないという顔をして、首を傾げる。


「つまり、どういうことだ?」


 俺はそんなマリベルをズビシと指差して告げる。


「つまりマリベル、アンタは異世界人だって事だ!」




 俺とマリベルは差し向かいでビールを飲む。

 柿の種をポリポリと齧りながらだ。

 俺は目の前の女騎士に尋ねる。


「なぁマリベル。異世界ってどんな所なんだ?」

「どんな所、と言われてもな。そもそも私は『異世界』というものがどういうものなのか、まずそれがちゃんと理解できていない」

「あぁ、そうなのか。つまり、異世界ってのはだな。この世界とは別の世界って事だ!」

「……なんだ、それは。さっぱり説明になってないではないか」

「……だな。すまん、やっぱり俺にもよく分からんわ」


 そう言って俺はピーナッツを避けながら、柿の種を摘む。


「おい、コタロー。お前先程からピーナッツを避けすぎだぞ。柿の部分がなくなるではないか」

「あら、マリベルも柿派か?」

「そうではない。要はバランスだ」


 マリベルはビールを一口含んでから柿の種を摘む。


「ところで、さっきの出し巻き玉子とやらは旨かったな。あれはコタローが自ら厨房に立って調理したのか?」

「調理って、そんな大したもんじゃねーよ。溶き卵と出汁を割った卵液を、焦げないようにフライパンに流しながら巻いていくだけだ」

「いや、謙遜せずとも良い。あれなるは我が母国、聖ルリエール教皇国でも食したことのない美味であった」


 そう言ってマリベルは、出し巻き玉子の味を思い出しながら、恍惚とした表情を浮かべた。


「また、そんなご大層な言い方をして。……つかそんなに気に入ったんなら、今からもう一度作ってやろうか?」


 俺がそう言うとマリベルが、顔をバッとこちらに向けて、俺の事を凝視して来た。


「それは真か?」

「……お、おう。真だ」


 俺はマリベルの勢いに少し引き気味になる。

 つか、マジで目ヂカラ強過ぎだろ、この女騎士。


「なら宜しく頼む!」

「おう、柿の種を摘みながらちょっと待ってろ。10分で戻る」


 俺はそう言って酒の肴を作るために、自分の部屋に戻った。




「うまい!」


 マリベルは出来立てほやほやの、湯気を立てる出し巻き玉子を頬張り、声を上げる。


 先ほどまで「10分と言いながら15分も掛かったではないか!」と頰を膨らませていた女騎士と、同一人物とは思えない程の上機嫌さだ。


「やはり旨いな、出し巻き玉子は」

「そうか? そんだけ旨そうに食ってくれたら、まぁ何だ。作った甲斐があるわ」

「うむ。こんな馳走を日に二度も食せるとは、私は何とも幸せ者だな」


 そう言って笑いながら、マリベルは出し巻き玉子をビールで流し込む。


「それはそうとな、マリベル、こんなモンも作ってみたんだが」

「ん、何だそれは?」

「これはだな、『豚平焼き』だ」

「豚平焼き?」

「ああ、冷蔵庫に豚コマがあったからな、作ってみた。出し巻き玉子が気に入ったんなら、こいつもイケるだろ」


 俺は地べたに座って胡座をかくマリベルに、豚平焼きの皿をズズいと差し出した。

 マリベルは使い慣れない箸を向けて、オズオズと豚平焼きを一切れ摘む。


「ふむ、見た目は出し巻き玉子よりも華やかだな」

「見てるだけじゃなくて、食ってみろよ」

「それもそうだな、……では、いざ!」


 マリベルは掛け声と共に豚平焼きを一切れ口に含む。

 つか、いざってメシ食うときの掛け声なのか?

 俺はそんなマリベルの様子に小さく吹き出す。


 マリベルは吟味するように口に含んだ豚平焼きをゆっくりモグモグと咀嚼し、ゴクンと飲み込んだ。


「どうだ? 旨いか?」

「……」

「あれ? 口に合わなかったか?」


 返事を返さないマリベルに、俺はそう尋ねる。

 マリベルはうつむき、肩を小刻みに震わせている。


「……なぁおい、アンタ。……マリベル?」


 俺が返事を促すとマリベルはガバッと顔を上げる。


「ッッ、旨いっ!! なんだこの料理はッ!? 旨すぎるにも程があるであろう!!」


 顔を上げたマリベルは大声をあげてそう吠えた。

 ガツガツと豚平焼きを喰い、顔を上げては「うまー!」と喜びの声を発する。


「おいおい、俺のぶんもちゃんと残しとけよ?」


 俺のそんな言葉はマリベルの耳には届いていない。

 マリベルは一心不乱に豚平焼きを貪る。

 俺はそんな女騎士に小さく苦笑いをしてから、新しい缶ビールをもう一本、黙ってマリベルへと差し出した。




「面目次第もない」


 マリベルは正座をし、そう言って縮こまる。

 俺は鷹揚に手を振りそんなマリベルに応える。


「別に構やしねーよ」

「……しかし、コタロー。お前のぶんまで全部食べてしまうとは。……このマリベル、一生の不覚」


 俺は、「そんな調子だとあと何回一生の不覚があるんだろうな」なんて考えながらマリベルに話す。


「いやだからいいって。それよか、豚平焼きは気に入ったみたいだな?」


 俺がそう尋ねると、マリベルは、正に至福といった表情を浮かべて応える。


「……ああ、まさに至福のひとときであった。まさか、出し巻き玉子を超える料理に、今日また早速出会えるとは夢にも思わなんだぞ!」

「ははは、だから大袈裟だって」

「大袈裟なものか! 十分に肉汁の旨味を吸い込んだ、トロリとした卵の味わい! その卵に包まれた肉の確かな食感! 刺激的な茶色いソースにマイルドな白いソース! 風味を唆る緑のふりかけ! 全てが渾然一体となって、正に見事としか表現しようのない味のハーモニーを奏でていたぞ!!」

「……お、おう」


 いや、どこの料理評論家だよこの女騎士は。

 俺は若干引き気味になる。


 そんな俺の様子にマリベルはハッとなり、「コホン」と小さく咳払いをしてから落ち着きを取り戻した。


「まあ、何だ。旨かったんならそれでいいよ」

「ああ、とても旨かった」

「そかそか。んじゃ結構呑んだ事だし、今日はこれくらいにしときますかね」

「うむ。馳走になった。感謝する」


 俺は立ち上がり、空になった缶ビールを潰してコンビニ袋に回収していく。

 空き缶はそこら中にゴロゴロ転がっている。

 一体どんだけ飲んだんだよ、この女騎士さんは。

 俺は愉快な気持ちになって、微笑みを漏らす。

 そしてふと気になってマリベルに尋ねてみた。


「そういや、このウチ、家具ないみたいだけど、寝るときとかどうしてんの?」

「ん、ああ。床に横になって眠っている」

「……マジ? 寒くない?」


 今はもう11月も終わろうという頃合い。

 季節は冬だ。


「うむ、寒いな」

「そりゃあそうだろ。……しゃあない、俺ん家の来客用の布団を貸してやるよ」

「おお、何から何までかたじけない」

「いいって事よ。何せアンタ、……マリベルは俺の大事な飲み友達だからな」


 俺はそう言ってマンション隣室の自分の部屋に戻る。

 そして来客用の布団を引っ張りだしてから、またマリベルの部屋へと戻ってきた。


「……う、む。……むにゃ」


 俺が苦労して布団を運んでくると、マリベルは酔い潰れてスヤスヤと眠っていた。


 俺はそんなマリベルの姿に小さくため息を吐いたあと、布団を敷いて、女騎士マリベルをそこに寝かせてやった。

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