第5話 お隣さんは吸血鬼

「で、アンタ。真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイアのハイジアさん」


 俺は、炬燵に座って卓上七輪で裂きイカを炙る自称吸血鬼に声をかける。


「なんじゃ、下郎?」

「げろッ……」

「なんぞ言いたい事があるのかぇ? ほれ、言うてみい下郎」

「……つか下郎ってアンタ。俺の名前は『虎太朗コタロウ』だ。ちなみに『こ』は『虎』だからな」

「ふむ、下郎の名はコタローじゃな」

「いやだから下郎じゃねー、ってまあいいか。で、アンタ、ハイジア。アンタもあの召喚陣に喚ばれて来たのか?」


 俺は炬燵で温もりながら、ぐでーッとテーブルに頰をつける女吸血鬼に尋ねる。


 ふと見遣ると、女騎士マリベルは俺とハイジアの会話には混ざらずに、チビチビとぐい呑グラスを傾けながら、ヒックヒクと赤い顔でシャックリをしていた。


「うむ、そうみたいじゃの」

「あっそ、しかし何なんだろうなぁ、あの召喚陣は?」

「そんな事は妾も知らん」

「だよなぁ」


 卓上七輪の上で、裂きイカがクネクネと踊る。


「おい、もうそのイカはいいんじゃねーの?」

「どれ、では一つ頂こうかの」


 女吸血鬼は器用に箸を操って、裂きイカをとる。


「……っと、その前にコタロー。妾にもその日本酒とやらを御酌せい」

「いやいやいや、お嬢ちゃん。アンタ、まだ成人してないだろ。酒はやめてジュースにしとけ。って、ジュースがないな」


 俺はそう言って腰を上げ、自宅からジュースを取ってこようとした。

 そんな俺にハイジアがムッとした顔で話しかける。


「何を言っておるのじゃコタローよ。貴様のその目は節穴かえ? 妾はとうに成人しとる」

「は? どう見ても12、3歳だろ、アンタ」


 俺は艶めく白銀の髪に金色の瞳を持ち、黒を基調としたゴスロリ服に身を包んだ、幼いながらも妖艶なその女吸血鬼に尋ねた。

 女吸血鬼ハイジアは呆れ顔で応える。


「……ふぅ、これじゃから下郎は。妾の歳は1000歳をゆうに超えておる。1200か、1300と言うところであろ」

「……えっと、マジ?」


 俺は酔っ払い騎士のマリベルに顔を向けて確認する。

 するとマリベルは赤い顔を頷かせて、ハイジアの言葉を肯定した。


「ほれ、分かったら、早う酌をせい」

「……お、おう」


 ハイジアの差し出す木の升に、俺は日本酒をトクトクと注いでいく。


「……おっとっと。そのくらいで良いぞコタロー」

「おう」

「ふふん、貴様の様な下郎が、夜魔の森の支配者たる妾に斯様に酌ができること、誇りに思うがよいぞ?」

「へぇへぇ」

「……ふむ。綺麗な酒じゃ。まるで真水の様に透き通っておるの」

「だろ? まぁ飲んでみろよ」

「そうじゃの。……では」


 ハイジアは升を傾け、コクリとその可憐な喉を鳴らした。

 そして喉を通る切れ味鋭い味わいをゆっくり堪能した後に、おもむろに裂きイカに手を伸ばし、ムシャリとそれを食んだ。

 ムグムグ、ゴクン、とハイジアは裂きイカを飲み込む。


「どうだ? なかなかイケるだろ?」


 ハイジアは問いかける俺に振り向く。

 その口角はヒクヒクと引き攣っている。

 どうやら、微笑みを噛み殺しているようだ。


「……ま、まあまあじゃの」

「そっかそっか」

「この程度の美味は、夜魔の森の我が居城でも、毎日のように食しておったわ」

「あっそ、はい、これ。エイヒレも出来たぞ」

「あ、すまんの」


 どうやら日本酒と海鮮珍味は、女吸血鬼も虜にするようだ。




「そういや、夜魔の森ってどんな所なんだ?」

「なんじゃ、藪から棒に」

「いやなんつーか、その厨二的フレーズが気になってな」

「ん? ちゅーに?」

「いや、すまん、それはこっちの話だ」

「夜魔の森はのぅ、我ら不屍人の安寧の地じゃ」

「不屍人?」

「うむ、聞いたことはないかぇ? 夜の眷属、スケルトン、グール、ライカンスロープ、リッチー、ゴースト、それにヴァンパイア」

「あ、知ってる知ってる」

「妾はの、その夜魔の森の支配者じゃ」

「はぁー、偉いさんなんだなハイジアは」


 俺はそう女吸血鬼をヨイショしながら、空になった升に日本酒を注いでやる。


「おお、すまんの。……んく、ぷはぁ」

「じゃあ、ハイジアが居なくなったら夜魔の森の住人が困るんじゃねーの?」

「いや、そうでもない」

「そうなのか?」

「ああ、夜魔の森の我が居城には、妾の僕たる吸血鬼の王ヴァンパイアロードなんかも居るでなぁ」

「ふーん。あ、鮭とば出来たぞ」

「ほう、ならば寄越すがよいぞ?」

「ああ、ちょっと待て。……おい、マリベル。お前も鮭とば食うか?」


 俺は先ほどから黙っている女騎士マリベルに声をかけた。

 マリベルは俺に赤い顔を向けて、「んあ?」と返事をした。

 ……だめだな、こりゃ。


「ところでさ、吸血鬼の王ヴァンパイアロードとか言いながら、『妾の僕』って何かおかしくないか?」

「そんな事は知らん。とにかく妾は女王じゃからの。王より偉いに決まっておろう」

「あー、なんか納得だわ」

「であろ?」

「ああ、やっぱり男より女の方がつえーもんな」


 ――ピンポーン


 俺とハイジアが日本酒をチビチビやりながら話していると、玄関チャイムの鳴る音が聞こえてきた。


「おい、マリベル、誰か来たぞ。来客だ」

「……、……んぁ?」


 これはダメだな。

 この女騎士はもう使いモンにならん。


「しゃあねぇな、代わりに対応しますかね、っと」


 ――ピンポーン、ピンポン、ピンポーン


「はい、はい、今行きますよっと」


 俺はお隣さんの代わりに、来客対応に腰を上げた。




「で、御宅さん、どちら様?」

「……それは、私のセリフだ」


 俺は玄関扉を開け、そこに突っ立っているハゲ親父に尋ねた。


「私はこのマンションの大家だ」


 ポケッと見つめる俺に、ハゲ親父はそう名乗った。


「あ、大家さんすか。ども」

「……で、君は誰だ? この部屋で何をしている?」

「えっと、俺は隣の部屋のモンですけど、今はこの部屋の住人と酒盛りしてます」


 俺がそう応えると、目の前の大家さんは目を吊り上げて、コメカミをピクリとヒクつかせる。


「……この部屋は空き部屋の筈だが?」

「……え? そうなんですか? でも人が住んでますよ?」

「だから、不法占拠だと言っている」


 あ、そうなの?


「退きなさい、中を検めさせてもらう!」


 そう言って大家さんはお隣さん家に踏み込む。

 そして大家さんは一直線にリビングへと足を踏み入れた。


「……」

「大家さん?」

「……」

「あのー、大家さん?」


 大家さんはだだっ広い空間になったリビングを前に、目を点にして呆けながら突っ立っている。

 俺の呼び掛けは完全にスルーだ。


「おーい! 大家さーん! 聞こえてますかー!」


 俺は大家さんの耳元でデッカい声をだした。

 大家さんはその声にビクッとなって俺を振り向く。


「な、な、な、な、なんだね、これはッ!?!?」

「いや、知りませんけど」


 大家さんは俺の肩を掴んでガクガクと揺さぶる。


「り、り、り、り、リビング!? リビングがッ!?」

「ちょ、ちょっと、おい! 揺らすなオッさん。酒が回るだろーが! ぅえっぷ」


 大家さんは相当混乱しているようだ。


 ――全く何事じゃ、騒々しい――


 そのとき俺と大家さんのすぐ側の、何もない空間から声が響いて来た。

 直後、何もないその空間に黒い靄が生まれる。

 黒い霧は人型になって、そこから女吸血鬼ハイジアが姿を現した。

 大家さんはハイジアを眺めて顎を落とさんばかりに口を開いて、絶句していた。




 俺と女騎士と女吸血鬼と大家さんは、炬燵に足を突っ込みながら、仲良く卓を囲む。

 ただし女騎士だけはもうフラフラとしながら、頭をカクンカクンと揺らしている。


「いやぁ、異世界って本当にあったんだねぇ!」


 大家さんが唾を飛ばしながら、話し出す。


「あのリビングの召喚陣! あそこから喚ばれてくる化け物を退治するだなんて、君たちはアレか? 正義の味方だろう?!」


 大家さんの上がったテンションは留まるところを知らない。


「若い頃は私もよく想像したものだよ! ―黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの― なんて、魔法の呪文もよく唱えたなぁ」


 俺は興奮気味に話す大家さんに、ウチから新しく持ってきた日本酒、久保田萬寿をグラスに注いで差し出す。


 この酒は俺の取って置きだ。

 出来れば一人のときにチビチビと楽しみたかったんだが、他の日本酒がもうなかったんだから仕方ない。

 トホホ……


「私もね、もう少し若くて、頭にも髪があれば、君たちと一緒に冒険の旅に出かけたんだがなぁ!」

「……髪は関係ないであろ」


 ハイジアは大家さんのテンションに押され気味だ。

 つか別に俺たち、冒険の旅には出ないぞ?


「よし! 部屋のことは私に任せなさい! いくらでも自由に使っていいよ!」


 こうしてお隣さんは大家さんの承認を得て、正式に俺ん家のお隣さんになった。

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