第12話「漢タイテイの情熱なる変身」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇッ‼ てめぇら助られた身の癖にギャーギャーうるせぇんだよ! 休日は黙って家で寝てろッ‼」


 家を出た瞬間から俺は一時も休むことなく、全速力で走り続け──いつの間にか駅前まで到達していた。

 通過点に過ぎないそんな場所で、大人たちが魔法少女に対してハンドスピーカー越しにまたも抗議を続けている。

 その中には包帯を巻いた人や松葉杖をついた人、間接的にエネシアに救われた生き残り達。

 通り過ぎる皆がどうでもよさそうに避けて行き、誰も耳を貸さないというのに声を上げ続けるその姿勢は認められるものがある。


 しかし、夏の灼熱に皮膚が焦がされ、汗が吹き出し続ける今の状況で奴らの聲は聞くに堪えられるものではない。

 魔法少女に命を救われたくせに口だけは達者で、まるで今までの俺みたいで腹が立ってしまった。


 だから、俺は演説こえを掻き消そうとして──走りながら叫んだのだ。


 驚いて演説を中断してしまう中年たちや周りにいた老若男女様々な視線を浴びながらも羞恥心を脱ぎ捨て、目的地へと脚を止めずに進んで行く。


「シンジ──今の行為で体力が1.2割も消耗コンサンプションしてしまいました。

 無駄な体力を使わないでください」


 ズボンのポケットの中で、ボンコイは先の発言を注意してくる。


「はいはい! バカだな俺も! 何やってんだかクソッ!」


 怒りの矛先を奴らに向けたところで、意味なんて無いという事は俺だって解っていたのに。自分でも意味が解らない。


「言い訳や返事は結構です、目的地まで急いでください」


 ──やっぱりコイツ嫌いだ。


 ※


 ──この状況でボンコイコイツが冗談を言うとは到底思えない。

 しかし、奴が提案してきた内容を飲み込むには少々時間が掛かってしまいそうだ。


「おい……体が“男の人”は魔法少女になれないんだろ? そういう研究結果も出てるし」


 そう。──肉体が男である人が魔法少女なる為の小隕石を飲み込んでも特に変化は起きない。

 これは女性だけが持つ遺伝子や細胞に影響するというのが濃厚であり、基本的に男が魔法少女に変身する事は不可能に近いという事になっている。


「みたいですね、インターネットで調べてもそのような検索結果リザルトしか表示されません」


 解り切った事を話す様に言うと、ボンコイは此方を見つめるかのように液晶画面を向けてきた。


「貴方でも装着できるように特殊魔製女服ジェネレイティブスーツを調整して我が魔法少女マスターを奪還しましょう、ということです」


 ようやく完全に飲み込めた予想外な発言と提案に驚きを隠せずにいると、一つの疑問が浮かんできた。


「ま、待て、それはわかったけど……体を女に性転換させられるとかないよな……?」


 そう、変身するのは魔法なのだ。あの粒子に包まれ途端、体を女に変えられないという保証は何処にもない。


いえノー。そのような事は致しません」


 ボンコイの言葉に安堵しかけたが、それでもやはり信用には乏しい。


「ほ、本当か?」

「えぇ。をしている時間はございませんので。

 ──まず全身の細胞を全て書き換えなければいけないですし、その際に様々な部分が伸縮し始め、骨格や皮膚に激痛が生じてきますので痛覚の抑制にも専念しなければ。そして睾丸や陰茎も縮小し、最後には──」

「もう良い! わかった! 提案はオーケーだ!」


 時間があった場合の可能性想像が頭を過ぎり、顔を青ざめながらもその考えを承諾した。


「──わかりましたオーケイ。では、今からこの指定する場所に向かって貰います」


 そう言いながらボンコイはマップ機能を起動し、その場所への目印とコースを表示しだす。


「全速力でお願いしますよ。

 ブラックエネシアは現在隣国、徐々にこの日本へと海を越えて近づきつつありますから」


 ※


「……普通にダメだろ、これ」

「──えぇ、刑法130条前段建造物侵入罪ですね」


 50階建てもあるこの街で一番大きなビル。

 その出入り口にある大きな柱へと隠れ、疲れ切った体を整えながら侵入するタイミングを練っていた。


「なんでここの屋上に行く必要があんだよ」

「そこが一番装着リボーンをしやすいのですよ」

「そんな設定、初めて聞いたぞ」


 見たところ人の出入りも少なく警備員もあまり見当たらない。休日だからこその好機ではあるが、もっと前に作戦を考えていればカモフラージュ用のスーツの一着くらい買ったものを。


 ──……だけど、行くしかないか!


 ほぞを噛もうが何も変わらないと言い聞かせると柱を飛び出し、出入口へと歩いて行った。

 私服で来訪してきた俺を発見し、エントランスにいた社員たちが凝視してくる。

 幸運なことに警備員は眠たそうにしながら時計を確認していたので、その場を急いで駆け抜けて行く。

 エレベーターに乗りこんで上の階を押すも、何故かエレベーターは作動せずボンコイへ問いた。


「──ここのビルは、エレベーターを動かす時も部屋を通過する時もカードキーが必要なのですよ」

「はぁ⁉ ……じゃあ先に進めねぇじゃん」


 唐突な情報に消沈しかけるが、ボンコイは続いて喋りだした。


「私をカードを置く位置に翳してください。解読ハッキングします」


 そう言われると俺は迷うことなくスキャン位置へとボンコイを翳してみた。──するとエレベーターの扉は閉まり、指定された階へと重い音を鳴らしつつ上がりだしていった。


構造ストラクチャアを理解しました。今後は私を翳してください」


 そして、なるべく人に合わぬようにして次々と進んで行き、屋上へ行ける一つ下の階まで辿が出来た。


 辿り着く……辿り着いたのだが……。


「これどうすんだ」


 のボンコイを使って、ここまで来れた。

 だが、どうしたものだろうか。

 目の前にあるのは矢印の方向にカードをスキャンする仕組みの機械であり、翳す場所は何処にも見当たらない。

 一方でボンコイはスマホの形をしている、いったいカード何枚分の大きさだろう。

 察する通り、大きくてスキャンは不可能な形状をしている。


 ──うん。


「詰んだ」

「詰んでません」


 俺の言葉を食い気味に否定してくるボンコイ。


「カードサイズにまで小さくなってくれるのか。出来そうだな、やってくれ」

「いえいえ、そのような事せずとも入る事は可能です」


 「え」と間抜けにも言葉を溢すと、横目に浮遊していたボンコイは突然ある事を聞いてきた。


「シンジ──?」


 背筋が凍てつくような質問だった、今の話からして小さくなるというのは選択肢に存在しない。


瞬間、全速力でお願いしますよ」


 やろうとしている突破方法を聞こうとした瞬間、ボンコイのカメラレンズが突如とつじょ赤色に発光し──レーザーが通過用の機械を焼き壊してしまった。

 綺麗な焦げ断面を纏いながら大きな音を立てて倒れ込むと、けたたましい警報音が両耳を劈いてくる。


 はい、器物損害罪追加。

 『殺人機能は無い』とは。


「安心してください。

 監視カメラに映っていた映像は全て駅で抗議していた太った中年女性に差し替えられておりますので、捕まらない限りシンジのせいにはなりませんよ」

「あぁ……そうかよ‼」


 ここまで来たら引き下がる事は出来ない、そのまま一心不乱に俺は走り出して行った。

 あと一階だけだと己が体に言い聞かせていると角から出てきた警備員に発見され、応援を呼ばれてしまう。


 ──なんでいんだよ! こっちは姉の救出が掛かってるってのに!


 警備員の静止の聲や追跡を振り切り、階段を昇っていくと遂に屋上の階へと辿り着いた。


 屋上へ通ずる扉にボンコイを翳し、外の世界に迷いなく踏み入れて行く。

 爽やかな風が汗でベタついた頬を冷やし、日差しの熱い視線に眼をすがめてしまう。

 後ろからは扉を叩く音が聞こえ、警備員が「開けなさい!」と叫び続けていた。


「此方への侵入を不可能にしました。──急ぎましょう」


 ようやくだ、ここまで少し長かったが……もう覚悟は出来ている。


「あぁ、いくぞ。ボンコイ……装ちゃ──」

「お待ちください」


 気合を入れ、いざ──という瞬間、水を差すようにボンコイが話しかけてきた。


「な、なんだよ。急がなきゃいけないんだろ!」

「ですので急ぎで説明します。

 ──肉体が男性である貴方を強制的に魔法少女へ変身させた際、おそらく全身に想像を絶する痛みを伴う事になります」


 始めて聞いた事を耳にし、心躰しんたいが一瞬だけ止まりかけた。


「此方でもなんとか抑制してみせますが“ゼロ”にするというのは、ハッキリ言って不可能です。

 ──私の記録データにも無いので痛みは未知数。最悪、変身した際や戦っている最中に痛みでことだってありえます」


 死ぬ──頭の片隅で考えていた事が、段々と具体的になってくる。

 何故このタイミングで、ボンコイはそんな事を聞いてくるんだ。


「今からでも遅くありません。逃げたい場合はここから飛び降りてください。私がバレない所へ着地させますので、そのまま家へ逃げる事も可能です」


 まるで逃げる事を推奨するかのような言葉遣い。

 そんな戯言を聞いて、心が揺らぎだしている自分がいる。

 一つの囁きだけで固めたはずの決心が揺らぎだしている弱い自分が、まだいるんだ。


「──それでも貴方は戦いますか?」


 本当に自分が戦う事に意味はあるのか──全部無駄に終わってしまうかもしれない。もう二度と姉さんは戻ってこれないかもしれない。意味なんて……ないのかもしれない。

 だけど、だけど……意味が一つもないなんて事はないだろ。


 俺は自身に残る恐怖を殺そうと奥歯を噛み締め、強がるようにして笑みを浮かべてみせた。


「『戦いますか?』じゃねぇ……戦うんだよ。

 ぜってぇ何があっても姉さんを助けるんだよ‼」


 『テレビのヒーローの様に俺が大切な人を救う』その言葉を胸に再度迷わない事をここに誓いだす。


了解オーケイ──装着リボーン


 刹那──突如として包み込んできた桃色の粒子が、俺の全身を血肉一欠片も残さずに造り替えてきた。

 それは心地よく与えながらも、自分が変わっていく恐怖を増幅させてくる気味の悪い感覚を与える体験だった。

 すると粒子の中で構築された装甲たちが俺の体へ次々と装着されていき──最後には鉄仮面までも顔に被せられ、全身が鎧に包み隠されてしまう。


 粒子が消え去った瞬間、全身から煙を立たせ一人の戦士が爆誕した。

 魔法少女というよりも見た目は特撮ヒーローでありがちな、紅白カラーのヒロイック系パワードスーツ──仮面の戦士となっていた。

 全身に装着されているにも関わらず、息も視界も悪くない。寧ろ前以上に全体が良くなっている。


 しかし──一歩前に出た瞬間、躰が燃えるように凍らされるように痺らされるように刺されるように削られるように裂かれるように捲られるように、様々な種類の痛覚を同時に感じ取り、それは終わることなく体を蝕んでくる。

 ボンコイが抑えていてもこれなのだろう、発狂寸前だ。


 ──だが、エネシア姉さんが経験してきた十三年分の痛みに比べれば、こんなの大したことはねぇ……! こんなの唾つけて耐えてみせろってんだッ‼


「俺は…………タイテイ。──魔法少女……『大帝タイテイ』だッ‼」


 テレビに出てくる主人公の様にこの世界へ向け、生誕した一人の戦士が大きく声を張り上げた。

 痛みを掻き消そうと、自分を奮い立たせようと、この名前は俺に力を与えてくれる。


「──では、飛びますよ。我が仮契約魔法少女タイテイ


 脳に直接語り掛けてくる聲を感じ取った瞬間、音速のまま青空へ向かい羽ばたいて行った。

 内臓が破裂してしまいそうな速度を維持し、ブラックエネシアがいる方角へとタイテイは進撃していく。


 やっと入って来れた警備員たちは、徐々に見えなくなっていく魔法少女の背中を唖然としながら見送っている。


 風が全身を殴って来るような痛みを姉を考える事で掻き消し、轟音と共に雲を切り裂いて──彼は戦場へと向かった。

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