第2話「姉は魔法少女だった【後編】」
放課後に駅前の本屋で新刊の漫画とのど飴を買い店を出た瞬間、拡声器によるけたたましい声が耳に入り、聞こえてくる方向に振り返ると中年の人たちが何やら魔法少女について叫んでいる様だった。
正体が解ったので興味は鬱陶しさに変わり、さっさと通り過ぎようとした。
──十八年前に、上司の鬱憤からブラック企業の勤務先を壊滅させた魔法少女。
──十三年前に浮気をした彼氏を魔法で惨殺して、部屋に置いてあったピザに肉片をトッピングして浮気相手に送りつけた悲惨な事件。
──五年前、多額の借金を背負っていた女性が突如手に入れた魔法少女の力によって、銀行を襲撃した事。
等々、帰宅ラッシュの
魔法少女たちの事件を調べて、ラインナップし、台本を作って皆で練習し、いざ本番と来たら賛同される
「十年前ー! 全長二千メートルの天使が出たにも関わらず、皆がやられた後で忽然と出て来た『エネシア』の単独攻撃によって敵は瞬殺した。
周りの事も考えず、身勝手な攻撃! 裏で政府と繋がっている可能性がある!」
出た、出所が謎すぎる
しかし懐かしい、当時のニュースは今でも覚えている。
異形の
各国の軍や魔法少女はその天使に傷一つ付けられぬまま、地球はもう終わるとまで囁かれたその時──颯爽と現れたのが、白桃の魔法少女『エネシア』。
神速な連撃を与え続け、なんと単身で巨大な天使を撃退してしまったのだ。
しかし、この件で一部から「彼女がもっと早く来ていれば」「その後の衝撃波や地震による災害が起きた件はエネシアのせいだ」等と言われており、悪い印象を与えている一つの原因となってしまっている。
そして一番妙なことは、俺たちが住んでいるこんな変哲もない普通の街がエネシアの主な活動拠点という事だ。
県外や海外に現れるなんて、一年に一回あるかないかだし──と、いいからさっさと帰ろう。
「十三年前の魔銃を使った無差別殺人事件! その中には二名の日本人──」
前触れもない一瞬のことだった、現実に発生した悲劇が映画の様に壊れていく。
魔法少女を訴えていた大人たちの上空に突如として何かが墜落し──彼らを
降着してきた衝撃が体を強く押し出してきて、地面に転がり込んだ。
何が起きたのか事態を理解しようと、顔を上げた──
「……天使」
人類の敵、神に順応する『天使』の名を関した審判者たちの体は不気味な異形体。
太い脚が六本、そして長い二本の手が触手の様に蠢く。
夕焼けに紅く塗られた逆光を浴び、笑顔で固定された白い仮面が見下ろしてくる。
……さっきのおっさん達、死んだのか。
人の死に直面し、恐怖に呼吸が乱れだす。
先程まで五月蠅いと妬ましく思っていた人たちが、辺り一面に転がっている。
天使を
そして脳裏に浮かんでいた悪い予感は、想像通りに起きてしまう──腕部が
鼓動渦巻く心臓目掛け、
悪い想像をしている暇があれば、いち早く逃げればよかった。等と後悔してももう遅い。
──姉さん……そういえば、風邪大丈夫かな。
刃が体を突き破り、内に流れる血液を溢れださせる。
残虐無慈悲、開いてはいけない穴が開かれ崩壊が始まる。
しかし──体に痛みはない。
当然だ。何せ、刺さっているのは不思議にも天使の方なのだから。
突き刺さるは蟷螂の形とは格の別、死神を模した様な薄桃色の大鎌。
特徴的な色彩をした刃が横へ一直線に振るわれると共に、天使の体から大鎌が離れる。
すると、瞬時に天使の上半身が前へと朽ちて、倒れ込んだ。
天使の体液が足元まで流れてきて、俺は自分の鞄を手に取り後退った。
倒された天使の背──
そこに、ロリータファッションに身を包んだ一人の少女が佇んでいた。
反射して乳白色に爛々と煌めくエナメルのロングブーツに、上腕二頭筋から上を露出させた堂々たるデザイン。
聖母を彷彿とさせる肉体美から流れるピンクメッシュが施された白菫色のツインテールは、暁を受け
身長は俺より頭一個小さい。しかし、その貧弱そうな手には天使の体液で塗れた大鎌が握られていた。
俺は彼女を、その名を知っていた。
人類三大魔法少女の一角にして、地球史上最強の乙女。
──……エネシア。
最強と名高い彼女が、こんな普通の駅前に降臨している。
すると
沈黙を保ち続ける彼女に、何か話しかけるべきかと戸惑いながらも──感謝を伝えるべく、口を開いた。
「あ、ありがとうございま──」
「こほ」
感謝の途中で返されたのは、咳一つ。
聞かれたのを察したのかエネシアは口元を押さえ、目を逸らした。
具合でも悪いのだろうか、もしかしてさっきの奴に何かされたのか。またも悪い予感を想像してしまう。
再度話しかけようとしたその瞬間、彼女の足元が光りだし空へと飛翔していった。
風圧が襲い掛かってくるも、俺は眸を凝らし上空を確認する。
しかし、時既に遅く桃色の影は一瞬で見えなくなってしまっていた。
『天使を倒す以外興味はない』という噂は本当なのかもしれない。
一人茫然としているとパトカーや救急車のサイレンが響き始め、その場から反射的に逃げ出してしまった。
『警察の世話になるのは嫌だ』という理由から全速力で帰路へと帰りだす。
今日は最悪な日だ、夕焼けすら俺を嘲笑っている。
※
大空の彼方へと流星の如く消えていった魔法少女、『エネシア』。
そんな彼女の神速を、肉眼で追いかけた青い魔法少女がいた。
彼女は天使の気配を嗅ぎつけ、急いで空から現場へと急行していたのだが──その途中ふと天使の意識が途絶え、その数秒後に反対方向から飛んできたエネシアと空ですれ違ったのだ。
エネシア──殺したんだ。九十四日と五時間ぶりに、天使を。
「…………エネシアッ‼」
追跡は不可能だと悟った瞬間──青い魔法少女は拳を握り絞め、虚空に殴りつけた。
刹那、風を切り裂く
──拳で市内上空に浮かぶ雲を消滅させるだけの力しかないのか、私は……。
自分の無気力さに落胆し、青い魔法少女はエネシアが消えた方角を睨みつけた。
「貴方はいつも忽然と現れて……どこで、何をしているのですか……‼」
※
急いで逃げちゃったけど、普通に監視カメラとかに映ってるよな……。
それにしても、と真表で見たエネシアを思い返す。
アレが地球最強──大鎌で瞬殺したのは、流石に圧巻としてしまった。
全身を薄桃やピンクでカラーリングした愛嬌のあるコスプレ……『
エロいとか痴女とか散々な言われ様だけど……実際に見たら案外カッコいいじゃん。
マンション前へと着き見上げていると、今度は苦しそうに鼻を擤んでいた姉さんが脳裏を過った。
──今日風邪っぽかったから、疲れてるけど今日は俺が飯を作ろ。簡単な料理くらいは出来るし……冷蔵庫のあまりもあるから、何とか──何、とか──
うちが住んでいるマンションの一階入り口には、厳つい顔に反して優しいお爺さんが整備している大きな
そんじゃ其処らの茂みと思うなかれ、と創作者の意思が伝わってくる日常に潜んだ芸術品。
その芸術品の上に──顔を赤くしながら眠る少女の姿があった。
新種の不審者かと近づいてみるが、驚くべきは遠くからでも目立つその恰好。
太腿と上腕二頭筋から上に掛けて露出し、リボン付き薄桃色ミニスカロリータを着用している──白菫色のピンクメッシュツインテール。
顔をよく見てみると、ピンクのアイシャドウや口紅が施された煌びやかなメイクに幼い形相をしていた。
更に恐ろしいことは、先程俺がこの人に助けられたということだ。
「……何故」
もう会わないであろうと思っていた
※
……いつも押しているはずの部屋のドアが異様に重い。
深呼吸を繰り返しながらも呼吸を整え、横たわった“彼女”を静視する。
薄桃色の地球最強魔法少女──エネシアがどういう因果か俺の部屋で寝ている。
なんでこんなことに……いや、俺が勝手にあげたんだけど。
話しかけてもぴくりともせず、額を触ってみると案の定熱があった。
そこで、どうしたものかと入り口前で一分考えた末──背に負ぶり、マンションへと連れて行くことにした。
胸や太腿を意識しないようにと持ち上げたが、下劣な考えなど許さぬほどの苦行を強いられる事となった。
エネシアのミニスカに取り付けられている武器パーツ──計七つある中の、前にマウントされている鋭いパーツの角が尻と腰を何度も直撃し、顔が苦痛に歪みだす。
『抱え上げれば良かった』等と嘆くが今更姿勢を変える訳にも行かず、ご近所さんとすれ違わない事を願いながら自分の体が擦り切れない事を祈りつつ帰宅してきたのだ。
──何はともあれここに姉さんがいなくて良かった。どう説明すれば良いか解ったものではない。
夕陽が夜に喰われていく様子を見物していると、ベッドが軋むのが聞こえ視線を切り替えるが寝返りを打っただけと安堵する。
すると突然、昼食に話したことが脳裏を過りだした。
確かに
それに服装もパツパツでキツそうだ。無理して着ているのか? 魔法少女って
『──たまぁに下着が見えるらしく、目撃情報では純白!』
確かにスカートの丈も結構ギリギリだし、角度によっては見えそうではあるが。
『──俺の予想じゃ、エネシアの下はアマゾン。下着から少しハミでている』
下着から……ハミで……。
──いや、見ねぇよ。
エネシアの体に布団を掛け、リビングへと向かう。
昼休みに変な話を聞いたから、恩を仇で返す過ちを犯すところだった。
最低、失礼、卑劣、屑、
引き出しからウェットシートに冷えピタ、風邪薬を取り出し自室へと持って行く。
──とりあえずエネシアが起きたら『名乗る程の者ではございませんスタイル』で「ドアからだと一般人と遭遇する可能性もあるので、窓からの帰宅をお勧めします」なんて言って返してあげよう。
すると自室の方から声が聞こえ、足取りを急がせた。
──起きたんだ、良かった無事で。
緊張のあまりか、ドアを少し強く掴み回した。
唇が少し震えているが……それでも、話しかけるんだ。
「え、エネシア様! 本日の、気分は
「ま、待って! シンちゃん!」
「へ?」
起きていた。──しかし俺が見たのは、クールで寡黙なイメージからかけ離れた慌てた様子でベッドに座っている彼女の姿。
「──
そして、何処からともなく聞こえてきた謎の渋い機械音声。
突如エネシアの全身から桃色の粒子が吹き荒れだし、部屋中に溢れ始めた。
華吹雪の様に舞っていくと虚空に消えていき、粒子の剥がれた部分から“別の物”が姿を現す。
桃色のカーディガンや水色のロングスカート、どれも何の変哲もない普通の服。
不思議な事は、どれも見覚えのある服装だということ。
粒子は顔や髪からも剥がれだしメイクやツインテールをも消滅させると、そこに残ったのはあどけない子供の様な
全ての粒子が消滅し、残ったのは一人の女の子──
エネシア──であろう見覚えのある人は赤面しながらも口を開け、双眸を震わせている。
魔法が解けたら、地球最強の魔法少女も普通の女子大生へと早変わり。
俺はこの絶対的驚愕真実をどう受け止めた物かと、その場で熟考した。
考え、迷い、思い出し、否定し、確信に至り、それでも目を背けようとしたが──俺は
「痛い」
と言ってしまった。
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