【完】魔法聖少女⛧姉姉姉姉

糖園 理違

第1話「姉は魔法少女だった【前編】」

 熾烈なる闘争、ワシントンの街並みは烈火に包み込まれ阿鼻叫喚で木霊している。

 巨大な“怪物”が創り上げた地獄は人々を絶望へと叩き落とし、街を赤黒く染めあげていた。


 そんな戦場の上空を──恐れも知らず、単身で吶喊する一人のの姿があった。


 前方にいる怪物を睨みつけながらも接近する速度は、端から見ても『異常』としか見えぬ程の高速飛行で、ならば即死も免れぬない。

 耐Gスーツらしき物は着用しておらず、肌を露出した個性的ないで立ち。

 そして片手には、長杖らしき巫山戯ふざけた物が握られている。

 空を飛ぶ異様な女。


 否、『異端な存在』でこそ“魔法少女”は正しい。


 魔法少女は持っていた長杖を翳し、先端から眩い閃光──いわゆる『魔法』を怪物の巨躯目掛けて解き放った。

 魔法の光が怪物の躰を射抜くと、全身から炎が立ち上がり敵は膝を抱え倒れていく。

 巨大な敵を倒した決定的瞬間──されど、その死体は下にいる建物や人々をも巻き込みながら肉体の崩壊を開始するのだった。


 そんな衝撃的な映像を──俺、『早城真士はやしろ しんじ』は眠たげな表情で見つめていた。


 朝食と共に見始めて十分程経ったが、一向に他のニュースへと変わる気配もなく同じ情報や映像、専門家のインタビューが延々と流されている。

 現地の状況を撮らえたというスマホの映像からは衝撃波でカメラが上下左右にぶれ、飛んでくる建物の破片が宙を舞い、硬い雨となって人々に降り注ぐ恐ろしい光景も映し出されていた。

 『損害や死傷者、行方不明者の数もまだ正確な数はわかっておらず、今年一番の大きな戦闘を記録した』と報道され、巨大使襲来事件の悲惨さを更に物語る。


 しかし──これは今に始まったことではなく、俺が生まれる前から発生している全世界を巻き込んだ異性種との戦争だ。


 二十年前、宇宙から現れたとされる謎の生命体『天使』が襲来してきた。

 歪な化け物達は突然地球上に姿を現し、人々を惨殺していった異常種で目的どころか言語やコミュニケーションがあるかも不明な人類の敵。

 こんな訳の分からないモノに人類は敗北を決するのかと、誰もが思ったのも束の間──同じく二十年前のある日、それは起きてしまった。


 一人の女性が突如として別の姿へと変わり、天使を殲滅していった。

 彼女はこう語った、「空から落ちてきた光る石を飲み込んだら、こうなってしまった」と。

 天使を殺す為の反抗因子、彼女らは『魔法少女』と呼ばれる事となる。


 一部の女性たちが得た其の圧倒的な力は、強靭な天使たちを何度も倒し──人類勝利のかなめとも言われるようになっていった。

 しかし、『英雄』や『女神』ともてはやされていた彼女たちだったが、魔法少女として戦う者は世界的に現在減少の一途をたどって──


「くひゅ」


 突如、小さく可愛かわゆい言のが正面から聞こえてくる。


 くしゃみをした白髪の女性は虚ろな表情で鼻を啜りながらもティッシュを手に取り、思いっきりみ始めた。

 それからも二枚、三枚と取っていき、それは循環へと突入していく。

 食事には一口も手を付けておらず、咳が止まらなくなっている。


 夏風邪気味の彼女は、女子中学生に見間違うほどの童顔で身長も俺より二十五センチも下だが、本人には失礼だけど乳房は中学生顔負けの豊満。

 これを友人の橘侑弥たちばな ゆうや曰く「ロリ巨乳」と言うらしいが──


 いやいや、彼女はロリでも妹でも少女でもない。


 彼女は義姉ねえさんの『早城奈朶音はやしろ なたね』。

 学校では年齢を詐称している二十五歳の女子大生。


 十枚ほど擤んでも一向に止むことを知らず、鼻先は熟されたように赤く彩ってきていた。

 可哀想に思いながらも先に食べ終わり食器を片づけると薬箱から取り出した風邪薬を目の前に置いて、俺は無言のまま玄関へと去って行く。


 こんな冷めた姉弟関係が続いて、早三年。

 姉さんの事が嫌いな訳ではないのだが、いつからかあまり言葉を交わさなくなってしまっていた。

 二人の間で出る事といえば、「ご飯」と「うん」くらい。

 いい加減この関係が終わる打開策があれば良いのだが。

 玄関を開けた瞬間、『そんな望みをしても無駄だ』と言いたげに日差しが全身を焦がしてきて目を細めた。


 取り持ってくれても良いじゃん。


 ※


「付き合いたい魔法少女二選~! ドンパフドンパフ!」


 晴天たる屋上に侑弥ゆうやの下らない話が木霊し、辺りにいた生徒たちは此方を迷惑そうに一瞥して自分たちの会話へと戻っていった。

 お恥ずかしい。


「……五メートルくらい離れようか、侑弥」

「それじゃ一緒に飯食えねーじゃん」


 フェンスに腰かけて昼食を取る俺たちに、太陽は情け容赦なく日射を浴びせて更に焦がそうとしてくる。

 夏は太陽が一番調子に乗る季節だ、四季で一番不要。


「……あのな、魔法少女なんて呼んでるの侑弥だけだと思うぞ。

 『宇天性変異型魔種人コスモウィザード』が正式名称な」


 共に呆れていた加賀美誠良かがみ あきらは購買のパンを取り出しつつ訂正を呈した。


「え、俺も魔法少女って呼んでる」


 俺の一言に、誠良は「何⁉」と溢し、驚いたような表情を浮かべる。


「んな長ったらしい名前で呼ぶの誠良あきらだけでしょ。

 あれか、皆があだ名で呼ぶ中で唯一フルネームで呼ぶことに優越感抱いてる奴みたいな」

「は? そんなんじゃねぇし」


 侑弥の言葉に黙り込んだまま、誠良は不貞腐れた様子で焼きそばパンを徐に頬張り、俺も姉さんの作ってくれた弁当を食べ始めた。

 しかしそれでも侑弥の話は終わった訳ではなく、昼食のヨーグルト片手に平然と再開されてしまった。


「さて二選に戻るんだが……一人目! アメリカのローゼバル!」


 馬鹿馬鹿しい、水に流して話を途切れさせよう……と思ったが。


「……それ、ワシントンで五十メートルもある巨大天使を倒したって……魔法少女の人か。今朝のニュースでやってた」


 意外にも誠良がその名に反応し、残念ながら付き合いたい魔法少女二選の続行が決定してしまう。

 何やってんだお前ぇ。

 彼の反応を受け、水を得た魚の如く侑弥はとても情熱的な解説を始めだす。


「そ、そそ! 二十年前からずっと戦い続けているベテラン魔法少女!

 ボクサーパンツ型のズボンに胸のダイナマイト谷間を強調させたあの高速戦闘特化の軽装装備! そして杖から放つ赤いビーム! はぁ~~~魅力の塊」


 全世界で人気を誇っている魔法少女、『ローゼバル』。

 その圧倒的な力とスタイルで人気を集めている政府公認の魔法少女なのだが、天使の撃退にはが出る事は仕方ないと思っているタイプで昨日の損害に対しても「仕方のない事だった」と発言して、一部で炎上している。

 

 すると侑弥の話に違和感を覚えたのか、誠良は顔をしかめた。


「……妙だ、だってこれはお前の付き合いたい魔法少女だろ?」

「あ~? そうだけど?」

「ローゼバルって確か……だよな、俺たちと二個下くらいの娘がいる」

「……それが?」

「天使の襲撃で夫が死んで……シングルマザーになって」


「……? ?」


 彼の言葉を聞き、一瞬で背筋は凍り体は冷死を開始した。

 されど、俺たち二人は平静を保ちつつ侑弥の心意気に耳を貸す。


「シングルマザーで十五歳の娘がいるスタイル抜群屈強魔法少女、推定三十代から四十代だから少女ではない……でも、それが

 ──?」


 一人目から業が深かかった、昼食早く終われ、逃げたい。

「はい、栄えある栄光二人目~! デロデロデロデロデロデロ」


 地獄の自家製ドラムロール、勘弁してくれ。


「デロデロデロデロデロデロ、ダンッ──エネシア」

「「知ってた」」


 豪勢に発表された二人目に声並み揃えて即答した。


「ふぅ……十三年前に忽然とこの世界に君臨した、人類三大魔法少女の一人にして地球最強の『石竹の大和撫子クイーン・オブ・ピンク』……」


 誠良は老けこんだような表情を浮かべ、食べ終わった焼きそばパンの袋を丸めるとスマホを弄りだした。


「──活動初期はスレンダーロリっだったが、現在のけしからんスタイル! 大きく実った豊満な谷! 白く美しいロンブーと桃色でエッなミニスカとの空間の狭間にばえる大きな太腿ふともも

 という成長を感じざるおえない欲張りロリ巨乳なんですよ奥さん!」


 奥さん何処どこだよ。

 スクショを見せながらの侑弥による高速変態解説には、脳が理解を拒もうとしてまったく着いてこれない。


「戦闘スタイルは、エッなミニスカに取り付けられた七つのパーツを組み合わせて様々な武器で戦う! しかし評価に反して活躍は少なく、突如奇跡の様に推参しては天使を一網打尽にする神出鬼没。

 ──たまぁに下着が見えるらしく、目撃情報では純白! 俺の予想じゃ、エネシアの下はアマゾン。下着から少しハミでている」

「お前のキモい性癖考察なんて聞いてねぇよ、飯中だ飯中」


 当分、わかめのみそ汁を食べる時にこの事を思い出しそうだ。

 バカそうに見えてもクラスじゃ此奴こいつが一番成績が良いのだから、世の中変すぎる。

 延々と続く解説を聞き流しながらも、校庭のグラウンドを凝視し──。


「そのキモい魔法少女コーナーをやめないんなら明日からと昼飯食えよな」


 その“先輩”へと指を差す。

 侑弥たちも差した方角を見つめ、誠良は渇いた苦笑を浮かべた。

 異常な速度で何周もはしり回りながらバスケットボールでお手玉をしている黒髪ポニーテール女子。

 一年上の先輩月野命運つきの めよりは、今日も奇行たんれんに勤しんでいる。


「あぁ……命運めより先輩か」

「どうだ。あの人だってだし、全教科オールAの秀才、お前好みの美女。お似合いだ、おめでとうございます」


 煽ててみると、侑弥は腕を組み唸りながら首を一回転させ──結論を述べた。


「いんや……アレはちげぇ」


 否定するかのように首を横に振った。


「確かに美人な事に異論はねぇ。でもさぁ……ベクトルがちげぇのよ、エネシアが『桃白の閃女せんにょ』だとすりゃ命運先輩の“リリィ・ミスルト”は『関わりたくない正義の味方』ってゆーか」


 喋っている事はあまり理解できないが、言いたい事は伝わる。


「家が近所だったから小中一緒だったけどよ、殆ど関わりなかったな……同じ学区の人くらいの認識だったのに、俺が中学上がった時には既に有名人。

 先輩と同じクラスの人に聞いた話しだけど──授業中、街のどこかに天使が現れた途端いきなり立ち上がって『先生、天使が現れましたので、これより私は魔法少女としての活動に入ります』て言って、教室のど真ん中で変身して窓から出て行ったらしい。

 そんで終わったら、元の制服のまま自分の椅子に座ってたんだと」

「マジかよ、魔法少女こわっ……」


 侑弥の言う通り、命運先輩は何方どちらかと言えば確かに人々を護るの魔法少女なのだが、何処か壊れていていびつな人とも例えらえた。

 バカ真面目というか、昭和に出て来るような熱血真面目主人公の遺伝子を組み込んだかの様な人間。


 不正、暴力、嘘、全ての悪を嫌い──女子たちはスカート丈を揃え、男子は持っているワックスを全て自主的に捨てていった。

 イジメ0、赤点0、退学者0、彼女が入学してからこれが三年間も続いている。集団を強制する学校でここまで反発的な不正が無いのも、これまた妙な話。

 それに反して学校の中退者は二倍に増え、入学希望者は昨年より四割も減っている。

 先輩自体は普通の生徒であり、別に生徒会長でも漫画でおなじみ理事長の娘でもない。

 魔法少女の力は使わず天性的に備わっていた独裁能力だけで、この様な形へと学校を変えてきたのだ。


「先輩がエネシアか真士の“妹”くらいロリ巨乳で落ち着いてたらなぁ……」

「勝手に真士の姉さんを妹にして、比較対象にするな」

「細けぇことは良いじゃねぇか。

 ──今ここに天使が来たらエネシア来るかな、来たらガチャでSSR引いた時と同じ感覚に慣れるんだけどなぁ」


 またそうやって下らない事を言う、呆れるやドン引きを通り越して「近寄るな」まで言いたくなる。


「お前……自分の叔父さんが天使に殺されてるのに、よくそんな最低な事を口に出せるな」

「良いんだよ別に、殆ど会ったことないし……天使なんかに殺されるよりだったら、むっちゃ可愛い魔法少女に殺されたいぜ。

 な、真士」


 ──侑弥の言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ世界が止まったように感じた。

 断片的な記憶が過ぎりだしたが、すぐさま現実へと切り替え「殺されるのは嫌だよ」と素っ気なく返した。


 そうこうしているとチャイムが鳴り、昼休みの終わりを告げた。


「ちぇ、もう終わりか」


 「あと一時間は欲しい」等と他愛もない話をしながらも、俺たちは薄明るい階段を下っていく。


 魔法少女に撃たれた時──母さんと父さん隼人さんは、どんな気持ちで死んでいったのだろう。

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