第六十八話 報復の序奏曲
両手を大きく広げると同時に、着込んだコートの裾がバサリと翻った。
「ダンジョンの崩壊か……一応聞いておくけど、ダンジョン内にいる人間はどうする気だ?
ダンジョンへの復讐が、どういうものなのか知ったときから、密かに貯めていた疑問をここで問う。
返答次第じゃ容赦しない。
『ダンジョン内にいる他の冒険者? ふん、知るか。俺は俺の復讐を果たす、ただそれだけだ。その目的に、他の人間は関係ない、そうだろう?』
「即答か……お前の復讐に他の人間が関係ないのは事実だけど、だからこそいい迷惑だな。お前の身勝手に巻き込まれた人達の恨み節が聞こえてきそうだ」
『なんとでも言え……《解放》!』
短くそう叫んだ瞬間、クレアの身体がビクンと大きく跳ねた。
「な、なに!?」
「これは……!」
『もきゅ!?』
一同が驚く前で、太陽を直視したような眩い光を放ちながらエナの背中を独りでに離れていくクレア。
まるで天井から見えない糸で吊されているかのように、ぐったりとしたまま空へ昇っていく。
全員の視線を釘付けにしたまま、クレアは数十メートル上空へと上がり、ピタリと動きを止める。
ぴんと張った背中から、不意に光の束が吹き出した。
間欠泉から水が噴き出すかのごとく、勢いよく飛び出した光は二度三度うねりながら形を変え、クレアの背後に複雑な魔法陣のような模様を形作る。
その光に、膨大な量のエネルギーが流れているのは火を見るより明らかだ。
『す、素晴らしい……俺の計画は完璧だ! これほどのエネルギーが内包されていたとは計算外!』
(いや、計画が完璧なのか計算外なのかどっちだよ)
ふと思ったが、そんなことを突っ込んでいられる状況じゃない。
既に――崩壊の儀式は始まっている。
もっとも、儀式へのカウントダウンは僕がクレアと出会う以前から始まっていたのだろうが。
「それにしても、まるで神にでもなったみたいだな……クレア」
意識を失ったまま、膨大なエネルギーを放出するクレアを見て、戦慄を覚える。
表示されないステータス、光る身体、最初から最下層に一人でいた不思議な少女。思えば、彼女が普通の人間とは違う要素なんて、そこかしこに転がっていた。
だから、改めて思う。
彼女は人間でないと同時に……紛れもなく、僕にとっては“クレア”以外の何者でもないのだと。
だから、今この場にいる神のようなクレアは――クレアじゃない。
両者にとってのクレアは――どこにもいない。
それが証拠に、瞼を開いたクレアは虚ろな目を僕達に向け、次の瞬間。
魔法陣のように展開された後光が、かつてないほどに眩い光を発し、辺り一帯を白く染め上げる。
空に囚われた、小さな女の子のシルエットだけが、白い世界で揺れていた。
光が収まると同時に、ダンジョン内に異変が起きる。
雨がピタリとやみ、天井の雲が、クレアから逃げるように去って行く。
割れた雲の隙間から光が差し、虹色と黄金色を織り交ぜたような空が顔を出した。
それと同時に、周囲をぐるりと囲むように満ちていた海が、決壊する。
見えない壁で形を保っていた海だが、まるでその壁が取り払われたかのように、一斉に僕達のいる岩山めがけて大量の水が流れ込んできた。
荒れる大波が渦を巻き、轟々と音を立てながら、四方八方から迫ってくる。
数分もしないうちに、この岩山は波の暴力によって粉々に砕け散ることだろう。
「地獄絵図だ……」
「ええ」
僕の呟きに、エナも首肯する。
そんなことを言っている間にも、極彩色の空にビキビキと亀裂が入っていく。
ダンジョン全体がグラグラと揺れ、崩壊という言葉が色濃く精神を蝕み始めた。
『ははは……! 凄いぞ、素晴らしい! 貴様は気付いていなかっただろうがな、エラン。クレアの身体は、お前に会う前から貯めきれないエネルギーを少しずつ外に漏らしていた。その時点で、ダンジョン内には異変が生じていたんだよぉ!』
「異変……?」
焦りが背を焦がす中、僕は首を傾げ……思い当たる。
僕が追放された七階層に、いるはずのないSクラスモンスターのサイクロプスがいたこと。それだけでなく、とーめちゃんのような低クラスモンスターが最下層にいたことも、生じていた異常なんだ。
ジャイアント・ゴーレムの残骸から僕等を守った、巨大な光のドームは、漏れ出したエネルギーの片鱗だったのかもしれない。
《モノキュリー》の虚像空間が崩壊するときになって、ようやくクレアの持つ力が異常なモノだと理解したが……そのずっと前から、異変は起きていたのだ。
「仕組まれた……運命……!」
僕は、歯が折れるほどに噛みしめる。
最初からずっと、この男の掌の上だったということか?
『そういうことだ! さあ、お前達も大人しく俺の復讐の生け
波が迫る音が、大きくなる。
このままでは、巨大な水の
(ここまでやってきたことの全てが、あいつの思惑通りだった……じゃあ、僕はこの仕組まれた運命の中で、何も手にしなかったのか? いや、そんははずはない)
この男の計画に、僕は知らず知らずのうちに乗せられていた。
許せない。
こいつが今まで僕にしてきたことも、今からやろうとしていることも。
こいつは一度、叩き折って目を覚まさせてやる必要がある。
この男の計画は最初から仕組まれていたことで、僕もそれに手を貸していた。
僕という存在が計画遂行のためのピースというのなら、やれることはたった一つ。
この男の鼻を明かすのは、この男の計画になかったであろう
ここまで、僕を導いてきたユニークスキル――《
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