第四十六話 虚像の最下層

 浅い水の底を割って現れたそいつは、黄色い肌と四つの赤い目を持つ、毒ガエルのようなモンスターだった。




「話していたのは、お前か?」




 油断なく相手を見上げながら、そいつに問う。




『そうだ』




 そいつが、白い頬を大きく膨らませるのに呼応して、野太い声が聞こえた。




「さっき言った、無駄っていうのはどういうこと?」


『言葉通りの意味だ。お前達が誰を探しているのかは知らんが、いくら探そうが徒労に終わる』


「どうして、そんなことがわかる?」


『この空間には、お前達以外誰もいないからだ』


「なっ!?」




 言葉を失った。


 右後ろに立っているエナも、僅かに目を見開いて硬直している。




「じゃあ、このダンジョンに入った人達はどこに……?」


『違う第一階層さいかそうで、とっくに殺されてるだろうな』


「違う、最下層……?」


『そうだ。ここは、第一階層さいかそうであっても、その虚像のようなもの。お前達は、無数に存在する影の一つにいるに過ぎない』


「つまり、今まで《モノキュリー》に挑んだ者は、別の虚像空間にいて。実体たる最下層は別に存在するってこと?」


『その通りだ。正確には、この空間の裏に背中合わせとなって存在している。が、いかなる方法をもってしても、この空間から脱出することはできない』




 なるほど。


 このモンスターの言わんとしていることがわかった。




「つまり。一度入ったら、物理的に死ぬまで出られない虚像の迷宮……ってことか」


『理解が早いな。その通りだ』


「ふーん。道理で、誰も攻略者がいないわけだ」


『ほぅ?』




 ふと、モンスターが値踏みでもするように顔を近づけてきた。


 泥が腐ったような刺激臭が鼻に突き刺さり、思わず顔をしかめる。




『お前、なかなか面白い奴だな』


「何が?」


『生きて出られないことを悟ったのに、まるで騒ぎ立てない。可愛い顔して、随分肝が据わっているな』


「冗談はよしてくれ。女の子二人と、か弱いペットが見てる前で、男の僕が取り乱すわけないだろう? それに、ここを抜けてやらなきゃいけないことがある。どんな手段を使ってでも、この空間を突破してやるさ」


『ふっははは! 面白い、やってみろ!』




 愉快に笑い飛ばした後、モンスターは発達した脚で水面を蹴り、上へ飛び上がった。


 撒き散らされた水しぶきが容赦なくたたき付ける中、僕は飛び上がったモンスターに視点を合わせ、すかさず《サーチ》を起動した。




◆◆◆◆◆◆




 カエラナイ


 Lv 136


 HP 13200/13200


 MP 980/1280


 STR 4400


 DEF 3160


 DEX 2020


 AGI 6900


 LUK 140




 スキル(通常) 《粘液ミューカス》 《猛毒噴射ポイズン・ジェット》 《猛毒針ポイズン・ニードル》 《超跳躍ハイ・ジャンプ》 《幻影イリュージョン》 《擬態ミミック


 スキル(魔法) ― 


 ランク SSクラス




◆◆◆◆◆◆




(何が“カエラナイ”だ。さっさと土に帰れ! ていうか、カエルなのにカエラナイとか、ややこしすぎるだろ!)




 まったく、変な名前のモンスターだ。


 そのカエル……もとい、カエラナイは、空中で大きく頬を膨らませる。




(まずい! 来る!)




 この体勢は、十中八九遠距離攻撃だ。




「スキル《積層土壁ラミネート・グランドウォール》ッ!」




 魔法スキル《積層土壁ラミネート・グランドウォール》。


 薄く固めた土壁を重ねて起動可能な、防御用土魔法。


 壁一枚につきMPを10消費し、最大10層までの壁をミルフィーユ状に重ねて高耐久の防壁に昇華できる。


 


 MPを50消費して、五層の土壁をカエラナイとの間に展開した。


 刹那、カエラナイは口をすぼめて、水鉄砲のように《猛毒噴射ポイズン・ジェット》の猛毒を放った。


 


 紫色の液体が土壁に当たり、青白い煙を上げる。


 毒の効果によって、土壁の表層が溶けたのだ。




『ぬっ』




 忌々しそうに声を漏らすカエラナイ。


 今を好機と、僕は横に立つエナに指示を飛ばした。




「エナ、頼む!」


「任せて!」




 土壁を解除して、カエラナイまでの道が開けるのと同時。


 エナは水面を蹴って駆けだした。


 足下に広がる波紋を置き去りに、猛速度で肉薄する。




「スキル《超跳躍ハイ・ジャンプ》!」




 エナは一際強く地面を蹴り、空中にいるカエラナイめがけて飛び上がった!


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