第四十五話 共闘開始

 またたき一つの間に周囲に出現した、魚のモンスター達。


 その数、軽く500はいるだろう。




 第三迷宮サード・ダンジョン《トリアース》に落とされて、最初期に戦った跳蜂バンブルビィの大群より尚多い。


 そいつ等が鋭いきばをガチガチと打ち鳴らして、四方八方から一斉に飛びかかってきた。




「エナ、とーめちゃん、空中に飛ぶんだ!」


「え? うん、わかった!」


『きゅっ!』




 エナ達へ指示を飛ばしつつ、自分もクレアを背負ったまま思いっきり空中に飛び上がる。


 飛び上がった僕達へ、魚のモンスター達が食いつこうと肉薄する。




 目と鼻の先に迫ったそいつらには目もくれず、僕は右手を水面に向けた。




「《蒼放電ブルー・リリース》―落雷波紋サンダー・リップルッ!」




 電撃魔法スキル《蒼放電ブルー・リリース》を右手に起動。


 青白い稲妻がパチパチと掌に弾けたと思うと、極太の稲妻が水面めがけてほとばしった。




 雷鳴がとどろくのと同じ速度で、水面に落ちた高電圧の稲妻は水中を伝わる。


 水中に伝播していく電撃は、ことごとく魚のモンスターに襲いかかり、たちまち丸焦げにしてしまった。




(か、間一髪だな)




 着地すると、僕はほっと安堵あんどの息をはく。


 が、安心したのも束の間。




 ザパァアン! 


 背後で水柱が上がり、咄嗟に振り返る。


 振り向いた僕の目に、硬い鱗で覆われた赤い魚のモンスターが映った。


 そいつは尾びれで水を叩き、瞬く間に距離を詰めてきた。




「なっ!?」




 まずい。


 スキルの起動が間に合わない!




 死を覚悟した、その瞬間だった。


 僕とモンスターの間に、エナが割って入る。


 その両手には、《火炎付与フレア・エンチャント》を施した炎を纏う剣――通称、紅炎剣プロミネンス・ソードが握られていて――




赫灼打突クリムゾン・スティンガー!」




 エナの右腕が霞むように動き、く鋭い突きが放たれる。


 剣に絡みつく紅炎こうえんが眩く輝いたかと思うと、一条の熱線と化してモンスターの身体を貫いた。




 炎の突きにやられた魚のモンスターは瞬く間に炎に包まれ、やがて炭化した先からボロボロと崩れた。




「エランくん、大丈夫?」




 剣を腰に戻したエナが、バシャバシャと水を跳ね上げて近寄ってきた。




「うん、お陰様で。相変わらず強いね。助かったよ」


「そんな……私こそ驚いたわ。まさかあのエランくんが、ほんのちょっとの間に、こんな強くなっていたなんて」


「まあ、最下層に追放されてからいろいろあったから」




 はにかみながら答える。


 それからふと、魚のモンスターの群れが出てくる直前に響き渡った声が、脳裏にフラッシュバックした。




 ――『第一階層さいかそうに侵入者を発見。排除する』――




 さっき、確かにそんな声が聞こえた。


 《モノキュリー》に備えられた自動音声システムの類いなんだろうけど、問題はこの第一階層が最下層であると言っていたことだ。




 憶測だが、それはつまり。




(このダンジョンは、この階層しか存在しない。延々と続く、夜の水面みなもしかない……ってことか?)




 だとしたら、ウッズは? 今までこのダンジョン攻略に訪れた人はどこにいるのか?


 360度ぐるりと見まわしても、人の姿はただの一人もない。


 果てしない水平線の先にいるのか、はたまたこの世界にはいないのか?




 だって、まるでこの空間には僕達しか存在しないかのような、寂しさと冷たさで満たされているのだ。




「これから、どうすればいいと思う?」


「どうって、クレアさんの正体を調べるために、謎の人物に会うんでしょう? あとついでに、まだ生きてるならウッズを助けることもするんじゃないの?」


「そうなんだけどさ」




 僕は、背中に背負ったクレアを振り返る。


 ――少し不自然だった。


 まだ、ダンジョンに入って数分しか経っていないというせいでもあるのだろうが、一向に顔色がよくなる気配がない。


 いや、むしろさっきより苦しそうにしているような……




「クレアの体調が良くならないのが気がかりだ。僕だけに話しかけてきた、謎の男なら何か知ってるかも知れない。だから、一刻もはやくそいつを見つけたいんだけど……どこに行けば良いのかな」




 人っ子一人見えない、寂しい空間。


 声の主がどこにいるのかもわからない。そればかりか、本当にここにいるのかすら怪しかった。




「とりあえず、進んでみるしかないんじゃない?」


「そう、だね。……ただ、いくら探しても無駄な気がして、怖いけど」


「そんなことないでしょう? どこかには絶対いるわよ」


「だといいけど……」




 根拠のない不安が、もやのように心臓に纏わり付いてきた――そのときだ。




『無駄だ』




 魚のモンスター達が襲ってくる直前に聞こえた声が、どこからともなく響いてきた。




「え?」




 目を見開いた僕の前に、巨大な水柱が立ち上がる。


 水を割り、現れたそいつは――巨大なカエルのような見た目のモンスターだった。

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