第二章 《最凶の天空迷宮編》

第三十六話 賞賛の声を受けて

 ――全ての時が止まったかのような、張り詰めた白い世界を歩く。


 上も下も、右も左もわからない。


 確かに地面を踏みしめているはずなのに、宙に浮いているかのような気さえしてくる。




(マジで、これちゃんと進んでるのか……?)




 不安になり始めた頃、遙か先にぽつんと一つ、入り口にあったものと同じ形の扉が見えた。


 方向感覚が狂って、いつの間にか引き返していたのだろうか?




 最初こそそう思ったが、その扉に向かって歩いて行くうちに、そうでないことに気付いた。


 形は同じだが、僅かに色が異なっていた。


 入ってきた扉は灰色だったが、今回のものは緑褐色だ。


 つまり――




「出口だ……」


「うん。そうみたいだね」




 クレアも力強く頷いてみせる。


 いよいよだ。


 ごくりと唾を飲み込む。




 石扉の前までたどり着くと、一言「開けるよ」と呟く。


 無言で頷くクレアを流し見て、勢いよく石扉を押した。


 両開きの重い扉が音を立てて開き、この白い世界よりも遙かに眩しい光が、開け放たれた視界から差し込んできた。




「……っ」


 


 そのあまりの眩さに、思わず目を細める。


 少しして、ようやく明るさに慣れてきた僕は、信じられない光景を見て、目を大きく見開いた。




 まず目に飛び込んできたのは、真っ青な空。


 空間が湾曲わんきょくしているダンジョン内で、本物とも偽物ともとれない空を何度か見てきたが、今回は正真正銘本物の蒼穹そうきゅう




 そして、青空の下に広がるのは長く続く石畳の道と、いらかを争う建物の群れ。


 久しく見ていなかった、外の景色だ。


 が、それはあくまで日常の景色。驚くには刺激が少なすぎる。




 僕を驚かせたのは――




「――見ろよ! 本当に出てきたぜ!」


「うぉおお、すげぇ! マジで単騎クリアしてんじゃん!」


「《開かずの扉》が、ダンジョン攻略者の出口だって噂、ホントだったんだ!」


「スッゲ~、胸元に《攻略の証》付いてるぜ。俺、生で見んの初めてだ。鳥肌やべぇよ」


「てか横にいる女の子誰? 《攻略の証》付いてないし、一緒のパーティとかじゃなさそう。パーティ組んでたら、エランさんの攻略と同時に《攻略の証》が勝手に付くはずだし」


「じゃあエランくんの付き添い? サポーター? もしかして……彼女!?」


「だろ? だって、聞いた話じゃエランてヤツは、単独でSSクラスのモンスターブッ潰せる逸材いつざいなんだし。サポーターなんざ要らねぇだろ」


「とにかく、攻略おめでとう!」




(え? は? なに? え!?)




 何が何だかわからなくて、半ばパニック状態だった。


 目の前には、たくさんの人、人、人。


 話したことのない多くの人間が、僕の周りに集まって、口々に歓喜と賞賛の声を上げている。




「ちょっ! お、落ち着いてください! 一体これ、どういう状況なんですか!? ていうか、どうして僕の名前を――」




 周りを取り巻く人々の圧に気圧されて、一歩後ずさる。


 すると、真正面にいた青髪の優しそうな青年が、苦笑いを浮かべながら答えた。




「知っているさ。有名人だからね」


「へ? 有名人て……心当たりが皆無なんですが」


「4時間くらい前に、最下層に行っていたっていう《テンペスト》ってパーティが帰ってきてね。その人達が、みんな君の噂を振りまいてたんだ。たった一人で、SSクラスのモンスターを討伐した最強のダンジョン挑戦者がいるって。最初はみんな半信半疑だったんだけど、彼等が嘘を付いている風には見えなくて……」


「それで、試しにダンジョンを攻略した者が帰ってくると言われている《開かずの扉》の前で、噂を信じた人達が集まったってワケ」




 青年の隣にいた金髪の女性が、青年の言葉を引き継いだ。




「ああ、なるほど。それで……こんなに集まったんですか」




 改めて、目の前にいる人達を見まわす。


 おそらく、4,50人はいるだろう。


 その誰もが、尊敬と憧憬しょうけいの眼差しで見つめているのがわかった。




 この人達が全員、僕を見に集まっているとは。


 名声を目当てにダンジョン攻略を目指す人がいる気持ちも、少しわかる気がした。


 と、興奮冷めやらぬ雰囲気を放っている、僕よりいくらか年上の女の子達が、身を乗り出して質問攻めにしてきた。


 


「ねぇねぇ、キミ! 今何歳?」


「じゅ、17です……」


「えぇ~、ウチより年下じゃん! てか、目大きくて丸顔でチョー可愛い!」


「身体もぜんっぜん細いのに、めっちゃ強いとかズルくない?」


「ギャップ萌え~」


「は、はぁ……どうも」




 頬を触ったり手を握ってきたり、やりたい放題の女の子達。


 そのテンションに付いていけず、とりあえず頷くことしかできない。


 あと、ジト目で僕の方を睨んでくるクレアが怖い。




「す、少し落ち着きましょうか」




 必死で女の子達を宥めている内に、視界の端にある人物が映った。


 人だかりの一番奥。


 一際目立つライムグリーンの長髪を持つ、高身長の女の子が見えた。その人物を見た瞬間、ドキリと胸が高鳴るのを感じた。


 


 間違いない。あの子は……




「……エナ?」

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